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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王都に戻った魔女、幸せの意味を知る
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仕事と私事と信頼の眼差し

 ルカの心配に反し、それからしばらくは穏やかな日々が続いた。

 日中ミシェルの執務時間にはクリスが身辺警護をしてくれるし、それ以外の時間はルカがずっと側にいてくれる。脱獄犯の一味が国内で見つかることも無ければ、大きな事件が起きるでもない。


「安心しました。おかげで仕事が捗ります」


 ミシェルは山積みになった書類に目を通しながら胸を撫でおろした。

 ミシェルが行方不明になってからも、王室専属魔女は補充されることが無かったし、割り当てられた仕事がストップすることはなかった。


「気の毒に……ルカ様もミシェルがいない間ぐらい、王室専属魔女の仕事をストップすべきだったのです!私がそう進言しても、聞く耳を持ってくれなくて」


 クリスはそう言って唇を尖らせる。けれどミシェルは首を横に振った。

 ルカが王室専属魔女の仕事をそのままにしたこと。それは、彼がミシェルの帰還を信じていたからに他ならない。だから一切仕事を減らさなかったし、新たに採用を考えることもなかった。そう思うだけで幸せだし、自然と力が湧いてくるのだ。


「このぐらいヘッチャラですよ!不在にしていた間の分まで、これから頑張ります」

「……そうですね。それでこそミシェルです」


 クリスは優しい笑みを浮かべながら手元の本をパタンと閉じた。


「私にできることがあれば何なりと仰ってくださいね。きっと力になりますから!…………と、そういえば」


 何事か思い出したのだろうか。クリスはそう言って天井を仰いだ。


「どうかしましたか?」

「すみませんミシェル。ルカ様にお伝えせねばならないことがあるのを忘れていました。忙しい中申し訳ないのですが、一緒に付いてきていただけますか?」


 そう言って至極申し訳なさそうに頭を下げるクリスに、ミシェルは首を傾げた。

 忙しくともクリスに付き添う時間ぐらい十二分に捻出できる。

 けれど、クリスは元々ルカの側近だ。ルカのところに行くために、ミシェルが付き添う理由はないように思えた。


(あっ……護衛ができるように、ってことですかね?)


 考えを巡らせている内に、ミシェルはようやくクリスの意図に行きつく。

 先日護衛の任について以降、クリスはミシェルの側を離れることがない。どんなに短い時間であっても、夕方ルカに引き渡すまでの間はずっと側にいてくれるのだ。


(本当に、ありがたいことですけれど)


 ミシェルはニコリと笑いながら、ドンと胸を叩いた。


「少しぐらいクリスがいなくたって大丈夫ですよ。私には構わず、ルカ様のところに行ってきてください」


 けれどクリスは大きく首を横に振った。


「ミシェル……私がこれから行くのはルカ様の所ですよ?もしもミシェルを一緒に連れて行かず、一人にしたなんて知れたら、どうなると思います?」

「あぁ~~……」


 ミシェルの脳裏に、不機嫌な笑みを浮かべながら、クリスに苦言を呈すルカの姿が浮かび上がる。ミシェルに対しては常に優しく穏やかなルカも、クリスに対しては若干あたりが強い。気を許しているから、ということもあるが、それだけが理由でないことをミシェルも知っていた。

 自然、ミシェルは苦笑いを浮かべる。クリスはそんなミシェルの顔を覗き込みながら、そっと手を差し出した。


「そういうわけです。行きましょう」

「はい」


 ミシェルはクリスの手を取ると、自身の執務室を後にした。




 ミシェルの執務室とルカの執務室は目と鼻の先にある。通いなれた道を行きながら、ミシェルの心は高揚した。


(お仕事の時間にルカ様にお会いするのは久しぶりです)


 そう思うと、自然笑顔が溢れた。

 せっかく再会を果たしたのだ。ミシェルだって、できる限りの時間をルカと一緒に過ごしたい。

 けれど、この半年の間に滞ったのはミシェルの仕事だけではない。夜中に城の外へ出るための時間を作ったり、ミシェルの絡む案件を後回しにしたことで、大幅ではないにせよ、ルカの仕事にも支障が生じていたのだ。

 それにルカは今、結婚やその準備に向けて色んな調整していると話していた。ミシェルと過ごすための時間を必死で作ってくれていることも知っている。それなのに勤務時間まで会いたい等と言えば、罰が当たるだろう。

 ルカの執務室の扉の前で、ミシェルはそっと苦笑を漏らした。


「失礼します」


 開きゆくドアの隙間から、ルカの部屋を覗き込む。少しでも早くルカに会いたい。その一心だった。

 すると、部屋の真ん中、文机のところにルカとアラン、それからもう一人、別の誰かの影が見えた。若い女性の影だ。


(ディーナかアリソンでしょうか?)


 けれど、ミシェルの予想に反して、それは二人のうちのどちらでもなかった。

 長い豊かなブロンドに、柔和な女性らしい雰囲気。侍女たちが着ている制服とは別の衣を身に纏ったその女性は、ミシェルがこれまで見たことのない人物だ。


(研修の時にお会いした政務官達の中にはいなかった方ですね……)


 女性の政務官は極端に人数が少ないし、その分目に付く。いればきっと、ミシェルも覚えていただろう。


(私のいない間に中途で採用されたのでしょうか)


 仲良さげにルカと会話を交わす女性を眺めながら、ミシェルはそんなことを思った。


「ルカ様、少し宜しいですか」

「あぁ、クリスか」


 声を掛けられるまで気づいていなかったのだろう。ルカはそう言いながら、チラリとこちらを見た。クリスの陰からミシェルがひょこりと顔を出す。するとルカは大きく目を見開き、満面の笑みを浮かべた。


「……ミシェル!来てくれたんだな」


 そう言ってルカは立ち上がると、こちらに駆け寄った。


「えっ、えっと……」


 頭に思い浮かぶのは何故か、普段口にしないような他人行儀の挨拶や『仕事の邪魔をしてすまない』といった類の言葉だ。上手く微笑むことすらできずにいると、クリスが鼻を鳴らしながら笑った。


「来てくれた……って、連れてこなかったらあなた、文句言ってたでしょう?だから忙しい中無理を言って付いてきてもらったのです」

「い、いえ。私はそんな……」


 そう言ってミシェルはそっと、クリスの陰に身を隠す。瞳は先ほどから、ブロンドの女性に釘付けになったままだ。


「クリスにしては良い気づかいだな。……おいで、ミシェル。会いたかったよ」


 ルカがそう言ってミシェルに微笑みかける。けれどミシェルはペコリと小さく頭を下げながら、曖昧に笑った。


(私、変です……)


 手を引かれ、ソファに誘導されながらも、ミシェルは顔を上げることができない。

 脳裏には先ほど目にした、優し気な女性の笑顔と、ルカの表情がこびり付いている。それはディーナやアリソンに向けられる笑顔や態度とは違う。


(まるで、私に笑いかけているみたい)


 そんな風にミシェルには感じられた。


「ジェーン、ミシェルにお茶の準備を」

「承知しました、ルカ様」


 ルカが声を掛けると、女性――――ジェーンは奥の間へ消えていった。恐らく、この部屋にもう何度も足を運んでいるのだろう。戸惑ったり躊躇ったりする様子はなく、テキパキと給仕をしているのが窺える。


(って!私ったら何考えてるんでしょう。そんなの当たり前ですよね……)


 彼女が侍女として採用されたのか、はたまた政務官として採用されたのか。それがいつの事なのか、ミシェルは何も知らない。けれど、ルカの側近くで働くことを許されているのだ。相当優秀な人材なのだろう。


「ルカ様、先程国境の領主から来た報告なのですが――――」


 隣ではクリスとルカ、それからアランが声を潜めて話している。機密性の高い内容のように思えるが、ミシェルにはすぐに理解が及ばない。

 そうこうしている間にティーセットが運ばれてくる。三人は声のトーンをそのままに、眉間に皺を寄せていた。声を潜めているのはあくまで外からの盗聴対策であって、ジェーンに聞かせても問題ないようだ。


「なるほどな。あちらは、その一点に集中して兵を置きたいというわけか」

「はい。あの男の一派はあの辺の地理に疎いですし、そちらの方が効率的だと。もちろん、他のポイントにもある程度は兵を配置するとのことでしたが」


 地図を広げ真剣な表情を浮かべているルカを、ミシェルはそっと見つめた。


(こういう時、私では力になれないのがもどかしいです)


 膝の上に載せたトネールを撫でながら、ミシェルは唇を尖らせる。するとルカがちらりと顔を上げた。ドキッと胸を高鳴らせながらミシェルがルカを見つめる。けれどルカの瞳に映るのは彼女ではなかった。ルカはジェーンを手招きしながら、不敵な笑みを浮かべた。


「ジェーン、おまえはどう思う?」

「……!そうですね」


 ドクン、と音を立ててミシェルの心臓が大きく揺れる。目の前でなされているはずの会話が酷く遠く、別の世界のもののように感じられた。

 ルカに意見を求められて誇らしげに微笑むジェーン。ルカは彼女を満足げに見つめる。

 ジェーンに向けられた眼差しは、王室専属魔女としてのミシェルに向けられる信頼と同等のもののように見える。


(違う……それなら、ディーナやアリソンに対してだって同じなはずだもの)


 ギシギシと音を立ててミシェルの胸が軋む。

 ルカの眼差しの奥には、信頼だけでない何かがある。これまでミシェルだけに向けられてきた何か。それが存在している――――そんな風にミシェルには感じられた。

 ティーカップの中で、紅茶がゆらゆらと揺れる。そんな様子をじっと見つめながら、ミシェルは眉間に皺を寄せた。

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