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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王都に戻った魔女、幸せの意味を知る
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ブライズメイド

 脱獄犯が出たことにより、ルカはしばらくの間事後対応に追われることになった。せっかくミシェルが帰って来たというのに、自室へ早く帰ることも叶わない。日々ピリピリしていくルカに、アランやクリスは気を揉んだ。

 けれど、意外なことにそれは悪いことばかりでもなかった。


「ミシェル、式は半年後に決まったよ」

「……!半年後ですか」


 美しく花々が咲き誇る庭園にミシェルとルカが寄り添って座る。周りにはクリスやアランを初め、侍女や政務官が数名控えていた。

 本来ならばミシェルが見つかったことを公表するのは、もう少し先の予定だった。けれど、あの男の脱獄があったことから、混乱に乗じる形で早めに公表することにしたのだ。

 行方不明の理由は表向き、ミシェルは記憶喪失になっていたから、ということになっている。世話をしていた住人がルカの婚約発表を聞き、『もしかしたら……』とミシェルを城へ連れてきたところ、記憶が戻った――――という塩梅だ。

 ミシェルが見つかったことだけを単独で発表していたら、疑念を抱くものやそれをぶつけてくる人間がいたかもしれない。けれど、あの男の脱獄を同時に発表をしたため、ミシェルが行方知らずであった理由は目立たず、脱獄犯が出た不安を和らげる目出度いニュースとして、好意的に受け入れられた。

 おかげで、ミシェルが城の皆から姿を隠す期間も最小限で済んだし、こうして大っぴらに結婚の準備を進めることができるようになったのだ。


「半年後とは……少し早すぎるのでは?本来王族の結婚式は時間をかけて準備をするものでしょう?」


 そう尋ねたのはクリスだ。腕に抱えた大きな本に目を走らせながら首を傾げている。


「本来ならそうなんだろう。けれど、私からすればこれでも遅すぎるぐらいだ」


 ルカはそう言ってミシェルに微笑みかけた。けれどミシェルは気まずそうに視線を逸らしながら、苦し気に眉間に皺を寄せる。思わぬ反応に、ルカは首を傾げた。


「すみません。私がいなくなったりしたから」

「ミシェル……」


 美しい紫色の瞳が不安に揺れている。ルカはミシェルの手を取り首を横に振った。


「それは違うよ。私はこの半年の間にもミシェルとの結婚のためにできる準備を進めていたんだ。だから、どちらにしても結婚式は同じぐらいの時期になったと思う。それに」


 ルカはミシェルを抱き寄せながらそっと頭を撫でた。まるで太陽に包まれたかのような穏やかな温もりに自然唇が綻ぶ。ルカはウットリと目を閉じながら腕に力を込めた。


「私が一日でも早くミシェルと結婚したいだけだよ。本当に楽しみで待ちきれないんだ」


 ルカの言葉にミシェルは頬を染めると、やがて嬉しそうに微笑んだ。


「はい……!私も楽しみです!ルカ様と結婚できること」


 幸せそうに笑いあう主人やミシェルの様子に、側に控えていた皆も嬉しそうに微笑んだ。


「ミシェルのウェディングドレス姿はさぞ美しいだろうな。ドレスを選ぶのが楽しみだ。他にもティアラや花、サムシング・フォー……色々と選ばないと」


 ルカはそう言って指折り数える。ミシェルが首を傾げていると、侍女のサリバンがすっと前に躍り出た。


「ルカ様はお忙しいですし、花嫁衣装や式に必要なものは私どもがお手伝いしながら選んでいただきますのでご安心を。必ずやご満足いただける式に致します」


 サリバンの言葉に、ミシェルはほっと胸を撫でおろした。ミシェルにとって初めての結婚式。どんなものを選べばいいのか、どんな風に振る舞えば良いのか、色々と不安に思っていたのだろう。

 けれどルカは小さく首を横に振った。


「サリバン、気持ちは嬉しいが力添えは不要だ」

「……!と、申しますと?」

「ミシェルと結婚するための準備だ。できる限り私が一緒に選んでいきたい」


 そっとミシェルの手を握りながら、ルカは笑う。すると、サリバンの側に控えていた侍女たちがほぅとため息を吐いた。


「羨ましい……私の夫は全部全部!私任せだったのに」

「うちの姉もそんなこと言ってた!男はそういうのどうでも良いもんだ、って」

(そういうものなのか?)


 ルカにとってミシェルとの結婚式は、一生に一度、心から大切に思う人と未来を誓うための大切な場だ。式の当日だけでなく、その過程だって同様に大切だとルカは思う。だから、どんなに些細な事であってもミシェルと一緒に大事に選んでいきたいし、その日々を心に刻みつけたい。

 ルカが首を傾げていると、サリバンが侍女たちへ鋭い視線を向ける。蛇に睨まれたカエルの如く侍女たちは口を噤みつつも、ミシェルへと羨望の眼差しを向けていた。 


「承知しました。では、スケジュールに無理が出た際は私共を御頼り下さい」

「あぁ。ミシェルもそれで良いね?」

「はい!よろしくお願いいたします」


 そう言ってミシェルは、サリバンに向けて深々と頭を下げた。ふふ、と嬉しそうに笑うミシェルはやはり、誰よりも美しく、誰よりも愛おしい。


(今日の仕事はこれが最後、という話だったな)


 ルカにとってはミシェルとの結婚話は仕事でも何でもないのだが、アランやサリバンたちにとっては仕事の一環だ。

 本当はミシェルと二人きりで進められれば良いのだが、国を挙げての公式行事のため、そうもいかない。


(早くミシェルと二人きりになりたい)


 心の中でポツリと本音を漏らしながら、ルカは小さくため息を吐いた。


「そうだ!ブライズメイドはディーナとアリソンの二人で決まりでしょうか?何かと手伝いを頼まないといけないでしょうし、もしも決まりなら、二人には私から知らせておきたいのですが」


 ふと見ると、アランがミシェルへそう問いかけていた。


「ブライズ、メイド……?」


 ミシェルは首を傾げながらアランとルカを交互に見つめている。ルカは小さく笑いながら、ミシェルの頭を撫でた。


「ブライズメイドというのは、簡単に言うと介添え人のことだよ。花嫁に嫉妬した悪魔の視線を逸らすために、花嫁と同じ格好をした女性を側に置くようにした、っていうのが目的らしいんだけど。実際は式の準備やサポートを担ってもらうことが多いから、花嫁の親友から選ばれるんだ」

「親友ですか……」


 説明を聞いた後、ミシェルは小さな声でポツリと呟く。ルカが首を傾げていると、ミシェルはハッとしながら笑みを浮かべた。


「そう、ですね………それだと、ディーナとアリソンにお願いするのが一番だと思います」

「ミシェル?どうかなさいましたか?二人の他に、誰か目ぼしい方が」


 そう尋ねたのはクリスだった。首を傾げながらミシェルに微笑みかける。


「あ……あの」


 ミシェルはルカとクリス、それからトネールを交互に見つめながら、小さく首を横に振った。


「いえ、なんでもありません。ディーナとアリソンに頼んでいただけますか?私からも改めてお願いしますので」

「承知しました。二人ともきっと喜びますよ」


 アランの言葉に、ミシェルは嬉しそうに笑って見せた。

 けれどその笑顔の奥。ルカにはミシェルが何を考えているのか、何となくわかった。


(ミシェルはきっと、クリスとトネールを親友として、介添人に指定したいんだ)


 けれど先程耳にした、ブライズメイドの元々の目的や役割、それからディーナやアリソンのことを思えば、それらを口にするのは憚られるのだろう。

 クリスは男だし、トネールに至っては猫で、人間ですらない。けれどミシェルにとって二人は、掛け替えの無い存在で親友なのだろう。ルカはそう推測した。


(できる限りミシェルの希望を叶えてあげたいけれど)


 世間がどう捉えるか分からないし、そもそもブライズメイドの伝統や知識をルカも十分には持っていない。誰かを説き伏せたり、検討を進めるだけの材料が現状揃っていないのだ。

 ふと見ると、ミシェルはこちらを見上げながら、幸せそうに笑っていた。優しくて温かい、ミシェルの心からの笑顔だ。


「帰ろうか、ミシェル」

「はい!」


 式まではまだまだ時間があるし、全てを一度に決めることは難しい。


(それに、今日は久々に、ミシェルとゆっくり過ごせるのだから)


 そう結論付けて、ルカは微笑みながらミシェルの手を引いた。

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