再会と報告
ルカの元に戻るにあたってミシェルが心配していたこと。それは、国民や城の皆にミシェルが行方不明だった理由をどのように説明をするのか、ということだった。ルカとの兄妹疑惑やそれに纏わる話は、当然誰にも公表できるものではない。
(かといって、ずっと隠れているわけにもいきませんし……)
そんな風に頭を悩ませていると、ルカが小さく笑った。
「ミシェルは何も心配しなくて良いよ。すべて私と父上が対処するから」
侍女たちを部屋に入れることなく、ルカは身支度を整える。不慣れな手つきでミシェルが手伝うと、ルカは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。でもやっぱり……皆に嘘を吐かなくてはならないですよね」
シャツのボタンを留めながらミシェルがポツリと漏らす。ルカは困ったように眉を下げると、ミシェルの頭を優しく撫でた。
「そうだね。……ごめん。ミシェルに嘘を吐かせる形になって」
「……!いえ!良いんです。ただ、一生懸命探してくださった方や、心配してくださった方々に申し訳ないなぁって」
昨夜ルカは、ポツリポツリとミシェルがいない間のことを話してくれた。クリスやアラン、何人もの騎士たちがミシェルを探してくれたこと。ルカも執務の後にミシェルを探し回ってくれていたこと。それからディーナやアリソンがミシェルのことをとても心配してくれていたこと――――。
「この城に勤めるものは皆、私やミシェルの幸せを願って探してくれたんだ。だから、ミシェルがいなくなった理由じゃなくて、私たちがこれからどう生きていくか――――幸せになれるかを大事に思ってくれる。私はそう信じているよ」
ルカの腕にすっぽりと包まれ、ミシェルはコクコクと頷いた。
あれほど熱心に働き、皆に声を掛けて回っているルカのことだ。城の皆のことはきっと、誰よりも詳しい。
「そうですね……私も信じます。ルカ様を信じます」
ミシェルがそう言うと、ルカは目を細めて笑った。
「とはいえ、さすがに昨日の今日でミシェルが見つかったと発表をするのは時機が悪い。国民の中に変な勘繰りをする者がいないとも限らないから……。しばらくはこの部屋に身を隠してもらうことになるけど」
そう口にするルカは、至極申し訳なさそうで。ミシェルはニコリと笑いながら、首を横に振った。
「そんなの当たり前です。ルカ様が気にすることはありません!でも……」
ミシェルはそう言うと、ルカの部屋を見回し困ったように笑った。
「この部屋は私一人で過ごすには広いし豪華すぎます。できたら、元の――――私が住まわせていただいていたお部屋にいたいのですが」
この数か月、焼け焦げになった生家に戻っていたためだろうか。随分慣れていたはずの城がミシェルにはそぐわぬように感じられるようになっていた。それはルカの部屋も例外ではなく。おまけに、こんなにも広い部屋に一人でいるのは落ち着かないだろうとミシェルは予想していた。
「ここはもう、私だけの部屋じゃない。ミシェルの部屋でもあるんだよ。それにここは東塔の奥で、人がほとんど来ないから警護がしやすいし。何より私がミシェルに会いに気やすいから」
ルカはそう言ってミシェルの額に口づける。ミシェルの意思を尊重したい気持ちもあるのだろうか。ルカの表情は困ったような複雑な笑顔で。ミシェルは小さく笑いながらルカの手を握った。
「すみません、ワガママを言いました」
「いや、私の方こそすまない。ただ、安心して?ミシェルを一人にはしないから」
「……え?」
すると、タイミングを見計らったかの如く、ルカの部屋の戸が叩かれた。王子の部屋を訪れるにしては性急な、余裕のないノックだ。
「ほら、噂をすれば」
ルカはそう言って笑いながら、ミシェルをぎゅうと抱き締めた。ミシェルが小さく首を傾げる。
(誰なのでしょう?)
けれどその疑問は、すぐに解消された。
「ルカ、良い?開けるわよ?開けるからね!?」
「ちょっと……もう少し待ちましょうよ。お召し替えの最中かもしれないし……」
「ダメよ!もう一秒だって待てないわ!ルカ、開けるわよ!!」
そんな会話が聞こえたかと思うと、バン!と勢いよくルカの部屋の戸が開いた。
「ディーナ……アリソン…………」
久方ぶりに見る親友たちの姿に、ミシェルの瞳に涙が溜まる。
「「ミシェル‼」」
二人はそう言ってミシェルへ駆け寄ると、力いっぱいにミシェルを抱き締めた。
「良かった、ミシェル!無事で本当に良かった」
「バカミシェル!ずっと心配してたんだから!」
ミシェルのシャツに二人分の涙が染み込んでいく。ミシェルはディーナたちを抱き返しながら、チラリとルカを見上げた。
「……二人には昨日のうちに連絡をしておいたんだ。ミシェルのことを心配していたし、荷物や食事のこととか、色々と調整が必要だろう?しばらくはミシェルの側にいてもらおうと思って」
ルカの言葉にミシェルはコクコクと頷いた。
他にも仕事を抱える二人には申し訳ないが、誰かと共にいられることは嬉しいし、とても心強い。
「ありがとうございます、ルカ様」
ミシェルが言うと、ルカは満足気に笑った。
「ルカ様、失礼いたします」
その時、部屋の外からアランの声が聞こえた。いつも飄々として余裕綽々なアランにしては、ひどく落ち着きがない。
ルカは表情を引き締めると、アランに部屋へ入るように命じた。
部屋の外にはアランの他にクリスがいた。二人は険しい表情のまま真っすぐに主の元へ向かうと、ルカの耳にそっと耳打ちをする。
「…………!」
アランの話を聞いてルカは目を丸くすると、小さく息を呑んだ。ミシェルはルカ達三人の様子を固唾を飲んで見守っている。穏やかだった部屋の空気が一変し、張り詰めたような緊張感が充満した。
「それは……確かな情報か?」
「はい。実際にこの目で確認してきました」
「そうか」
ルカは眉間に皺を寄せながら、すぐに前を向いた。
「ミシェル」
「はい」
ディーナ達をそっと引き剥がし、ミシェルは真っすぐにルカを見上げる。
(何が起こったのでしょうか)
そうは思うが、事情を話すだけの余裕が今のルカ達にはないように見える。ミシェルはルカの手を握りながら、そっと微笑んだ。
「大丈夫です……私はここにいます。ここでルカ様をお待ちしてますから」
ルカは穏やかな微笑みを浮かべると、ミシェルの手をギュっと握り返した。
「行ってくる」
そう言ってルカは部屋を後にした。アランとクリスが彼のすぐ後に続く。この間クリスの瞳は一度も、ミシェルを捕えることが無かった。
「……一体何事かしら?」
ディーナが不安げに呟く。アリソンも何も聞かされていないらしく、小さく首を横に振った。
「ただ事じゃなさそうだけど」
「…………ルカ様、大丈夫でしょうか」
「今は心配してても仕方ないし、後で私たちが探りを入れてくるから」
「はい。よろしくお願いします」
ミシェルはそう言ってルカの後姿を思い返すと、祈るように手を合わせた。




