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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道
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幸せの絶対条件

 久方ぶりに訪れるルカの部屋は、最後に見た時とちっとも変わっていなかった。

 父の計らいでミシェルは今、誰にも知られることなくこの部屋に身を隠している。

 ルカは婚約発表の途中でクリスに影武者を頼んで抜け出してきたような状態なので、あれこれとすることがあるらしい。何度も何度も「もう絶対にいなくならないように」とミシェルに念押ししてから、名残惜しそうに部屋を出ていった。


(何だかとても長い一日でした……)


 大きなため息を吐きながら、ミシェルはそっとトネールを撫でる。

 数時間前までミシェルはルカと兄妹だと信じていた。叶わぬ想いを胸に、ルカが別の誰かとの婚約を発表するのを見守ろうと歯を食いしばった。

 けれど、ルカが婚約を発表した相手は他でもないミシェル自身で。再会した彼は、たとえ二人が兄妹だとしても、夫婦として一緒にいたいと言ってくれた。


(それだって夢みたいに嬉しかったのに)


 王が語る過去は、ミシェルとルカが兄妹ではないことを示す。

 誰に遠慮することなくルカと一緒にいられる。また触れることができる。それは本当に夢のようだった。

 それに今日、ミシェルは生まれて初めて親の温もりを感じることができた。王――――父が一人で抱えてきた過去はとても悲しいものだったが、これからはミシェルも、ルカだってついているのだ。少しずつでも父の力になれたら良いとミシェルは思う。

 ミシェルはもう一度大きなため息を吐いた。疲労感がどっと身体を襲う。ソファに身体を預けると、途端に眠気が襲ってきた。


(ダメ……ルカ様を待たないと)


 そう思うのに、瞼がひどく重い。ミシェルはウトウトと舟を漕ぎながら、窓からそっとトネールが外に飛び出す様子を眺めていた。


 どれぐらいの時間が経ったのだろう。唇に柔らかく温かい感触を感じる。心地よい浮遊感と肌を覆う温もり、頬を擽る熱にミシェルの唇は綻んだ。それらが誰から与えられる幸福なのか、半年の時が経っていてもミシェルにはハッキリわかる。ゆっくり眼を開けると、すぐ目の前にルカの笑顔があった。


「起こしてごめん」


 そう言ってルカはコツンと額を重ね合わせる。ミシェルは小さく首を振りながらルカを見上げた。美しい紫色の瞳に陶器のような肌。思わず手を伸ばすと、ルカはそっと頬擦りをした。


(ルカ様)


 話したいことが一杯ある。聞きたいことだって。

 けれど、それより何よりミシェルはルカに触れたかった。

 戻ってきたことを――――すぐ側にいることを実感したい。そして、これから先もずっと一緒にいることのできる喜びを噛みしめたかった。

 つい先ほどまでもう二度と、ルカに触れることも会うことすら許されない――――そう諦めていたというのに。ミシェルの心は、手のひらは、唇は、全身がルカを求めている。人間という生き物は貪欲だとミシェルは心の中で笑った。

 唇が蕩けるように甘い。満たされるそばから、心が身体が互いを渇望する。縋るように抱き締めあいながら、ミシェルはそっと涙を流した。


「ミシェルだ……本当にミシェルが帰って来た」


 まるで母に甘える幼子のように、ルカはミシェルを抱き締める。ミシェルはルカの髪をそっと撫でながら目を瞑った。


「ルカ様……ごめんなさい。突然いなくなってしまって」

「……うん。正直堪えた」


 ルカは困ったように笑いながら、ミシェルの瞼に口づけを落とした。ルカが触れる度にミシェルの心臓がキュッと疼く。それは、気持ちが良いけれど、同時にもどかしい感覚だ。



「でも、私は信じていたよ」

「え?」


 ルカはミシェルの頬を優しく撫でながら、目を細めた。


「ミシェルは私を想ってくれているって。いなくなったのには、絶対に理由があるんだって」


 まるで泣き出しそうな表情のルカに、ミシェルの心臓が軋んだ。

 きっとミシェルが想像していたよりずっと、ルカは苦しんでいたのだろう。見えない何かを信じることは相当に難しい。その苦悩を誰にも打ち明けることもできないまま、それでも必死にミシェルを探してくれた。


「理由が分かってから……私たちが兄妹って聞いた時、ルカ様は迷いませんでしたか?」


 それはミシェルがずっと疑問に思っていたことだ。

 アーサーから自身の出自を聞いた時、ミシェルは『ルカを解放せねば』と思った。二人が結ばれることは許されないこと。そうだと分かっていても、側にいればきっと互いを求めたくなるし、幸せにはなれない。だから、ルカにはミシェルから解放されて、幸せになって欲しかった。

 けれど、ルカは二人が兄妹だと聞かされてなお、ミシェルを迎えに来た。夫婦として共に生きたいと言ってくれた。

 ミシェルだって心の奥底で、もしもそれが叶うならと願っていた。ルカが事実を知って傷つくことや、王室の未来を思えば、打ち明けることすらできなかったけれど、本当は二人で生きる未来を諦めたくはなかった。


「私はね、一瞬だって迷わなかったよ」


 ルカは小さく笑いながら、満面の笑みを浮かべた。その表情はあまりにも美しく、愛おしい。心臓がドキドキと高鳴る。会話の合間に触れ合う二人の唇が、段々と熱を帯びてきた。


「ミシェルと一緒にいることが私の幸せの絶対条件だから」


 それは婚約発表の最中にもルカが口にした言葉だ。ミシェルがいなければルカは幸せにはなれない。それはどんな愛の言葉よりも甘美で重い。


「責任……重大ですね」

「うん、そうだよ。でも、安心して?ミシェルのことは、私が絶対に幸せにするから」


 ギュッと抱きしめ合いながら、二人はクスクスと声を上げて笑う。


(もう十分、幸せですよ)


 心の中でそっと、ミシェルはルカに囁きかける。

 こうしてルカの元に戻ってこれた。これから先も一緒に居られる。それだけでミシェルは十分幸せだ。これ以上を望むなんて、罰が当たるかもしれない。そう思っているのは本当だ。


「……だけどね」


 チクリとした鋭い痛みと共に、ミシェルの首筋に華が咲く。熱く疼く、小さな華だ。それはまるで、身体と心を侵食するかのようにじわじわと根を伸ばし、ミシェルを枯渇させた。


「私たちが兄妹じゃなくて良かったと――――心の底からそう思ってるよ」


 ルカの言葉に、ミシェルは満面の笑みを浮かべた。

 頬を撫でる手のひらが、名を呼ぶ唇が、身体を抱き締める腕が――――からだ全部で互いの存在を感じられる。愛し合える。その幸せはこの上ないものだ。

 たとえ二人が本当に兄妹であったとしても、共に生きていくという結論は同じだった。けれど、そこから先にミシェル達に与えられた未来は随分と違うものだ。


「ミシェル――――私と結婚して?もう二度と離さないから。もう二度と……何があっても私から離れないで。絶対に幸せにする。二人でたくさん笑おう。悲しみや苦しみは二人で分け合おう。そうして皺くちゃのおじいちゃん、おばあちゃんになるまで生きていきたい」


 城を離れてからもずっと、ミシェルの左手薬指に輝いていた指輪にルカがそっと口づける。涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、ミシェルは笑った。


「はい……!もう、絶対に離れません。私もルカ様と一緒に生きていきたいです」


 ミシェルを見下ろすルカの瞳は、優しくて温かい。けれどそれと同じかそれ以上に、欲を孕んでいた。ルカの心と身体はミシェルを求める。だけどそれは、ミシェルだって同じだ。きつく身体を抱きしめ合いながら、二人の唇が性急に重なった。

 太陽は既に地平線の向こう側に沈み、夜空には月と星々が輝く。けれどこの半年間ずっと明けなかった二人の夜は今、ようやく終止符が打たれたのだった。

ようやくここまで来ました!長い間お付き合いいただいてありがとうございました……と、言いたいところなのですがまだ続きがありまして、次話から新章が始まります。

恐らく次が最後の章になるかと思いますので、お付き合いいただける方はどうぞ、よろしくお願いいたします。

★励みになりますので、もしも感想等々いただけましたら幸いです。気が向かれましたら……(*- -)(*_ _)ペコリ

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