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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道
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父親

 王が話しをするのを、ミシェルとルカは黙って聞いていた。いつの間にか二人の手は互いを支え合うように固く結ばれている。途中ルカが小刻みに震えるのを、ミシェルは戸惑いながら見守っていた。


「二人には私たち大人の都合で、辛い想いや悲しい想いをたくさんさせた。本当にすまなかった」


 王はそう言って深々と頭を下げた。ミシェルはルカをチラリと見ながら、フルフルと首を横に振った。

 彼の言うように、辛い想いや悲しい想いが無かったわけではない。心を持たぬよう育てられた幼少期は、それなりに苦しかった。

 けれど、王の苦しみはそれの比ではなかっただろう。今回語られていない、それから先の十数年間、彼は一人孤独に耐え、必死に王を務めてきたのだ。


(でも)


 ルカが王の話を聞いて、どのように考えているのかはミシェルには分からない。

 王や両親を恨んだだろうか。ミシェルの母親が彼の母を死に至らしめたと疑うだろうか。ミシェルへの想いが揺らぎはしなかっただろうか。


(ルカ様……)


 王の悲しみに触れたミシェルの心は、彼に同調するかのように強く軋む。

 けれど、それと同じかそれ以上に、ルカと共に生きられること、彼を愛していいということがミシェルにとっては嬉しくて堪らなかった。


「ようやく本当のことが聞けました」


 ルカはポツリとそう漏らした。顔は俯いていて、どんな表情をしているのか分からない。けれどルカの手のひらは温かく、しっかりとミシェルへ繋がれていた。


「ずっと不思議でした。父上がご自分のことを決して王と言わないこと、どこか私と距離があること――――いろんなことが腑に落ちました」


 王はルカの言葉に微笑みながら、小さく頷いた。


「このことは誰にも言うつもりはなかったんだ。アーサーにも、ルカにも、生涯隠し通すつもりでいたよ。……けれど、ルカがミシェルと結婚したいと――――たとえ血を分けた妹であっても添い遂げたいと言ってきたとき、君たちには話さなければならないと……そう思ったんだよ」


 ミシェルは目頭が熱くなった。

 ルカはきっと、ミシェルがいなくなった手がかりがアーサーにあることを何らかの形で知ったのだろう。そして彼から話を聞きだし、一人で王に直談判したのだ。


「けれど、私が全てを話したことで、君たちを余計に傷つけたかもしれない。私はそうも思うんだ」


 ミシェルの心臓がドキッと跳ねた。ルカが傷つき、自分を責めること。ミシェルにはそれが一番恐ろしかった。

 そっとルカの様子を窺うと、彼は至極穏やかな笑顔でミシェルを見た。


「私は――――嬉しかったです」


 ルカの言葉に王が目を丸くする。王を真っすぐに見据えたルカはミシェルの手を握り返しながら目を瞑った。


「自分のこと……両親や父上のことを知ることができて。聴いていて辛い部分もありました。けれど」


 ルカがゆっくりと瞳を開けると同時に涙が彼の頬を伝った。


「私にとっては、ミシェルが側にいないことの方が辛かった。だから――――すみません、父上。私は今とても……とても嬉しいのです」


 ルカはそう言って幸せそうに笑う。

 ミシェルは思わず目を瞑った。両目から大粒の涙が流れ出す。ずっと堪えていた感情が一気に溢れ出すようだった。

 ルカも同じ気持ちでいてくれた。たとえ二人が兄妹であったとしても側にいたいと言ってくれた時、とても嬉しかった。けれど今、誰に遠慮することなく胸を張って共に生きていけること、また触れ合えることが本当に嬉しい。


「良かった……そう思ってくれるなら、私も救われるよ」


 王はそう言って優しく微笑んだ。これまで見た彼の笑顔の中で、一番嬉しそうに見える。


(けれど)


 ミシェルには分かった。きっと王は母親を――――マリアを失った頃からずっと、心の底から笑うことができなくなっているのだろう。まるで心を持たぬよう生きてきた昔の自分を見ているようで、ミシェルの心が小さく軋んだ。


「私はこれまで、王にもなれなければ、君たちの父親にすらなれなかった。……実は一度だけ、ミシェルの様子を見に行ったことがあるんだ。アーサーと一緒にね」


 思いがけない王の言葉に、ミシェルは身体を強張らせた。


(王様があの森に?)


 必死に記憶を辿ってみるが、どうにもそれと思しきものは見当たらない。ミシェルは眉間に皺を寄せ、唇を小さく尖らせた。


「ミシェルはとても小さかったからね。覚えてなくても無理はないよ。それに私は、幼い君とまともに話すことすらできなかったんだ。あまりにも申し訳なくてね」


 そう言って王は小さく笑った。懐かしそうに、けれど寂しそうに笑うその表情を、ミシェルはじっと見つめる。


(笑って欲しいな)


 そんなことを切に願う。ミシェルには母親の――――マリアの気持ちが何となくわかる気がした。


「……そんな私がこんなことを思うのは烏滸がましいのかもしれない。けれど、もしも許されるなら」


 ミシェルとルカを交互に見つめながら、王は躊躇いがちに口を開いた。

 ルカはチラリとミシェルに目を遣ると、またしっかりと手を繋ぎなおす。王は何を望むのだろうか。ミシェルの鼓動が少し速くなった。

 王は何度か深呼吸を繰り返すと、再び真っすぐにミシェル達を見つめた。


「私を……君たちの――――二人の父親にしてもらえないだろうか?」


 王の声は震えていた。心の底から絞り出したかのような小さく掠れた声。けれど、ミシェルの耳にはハッキリと、彼の願いが聞こえた。

 気づけばミシェルは、王の元へ駆け寄っていた。躊躇いは残しつつも、ミシェルはそっと王へと手を伸ばす。王は驚きに目を見開くと、瞳一杯に涙を溜めた。


「お父、さん……」


 一度口にしてしまえば、唇は驚くほど流暢に想いを紡いでいく。


「お父さんっ……!」


 ミシェルは父親をギュッと抱き締めると、声を上げて泣いた。ややして聴こえ始める低い嗚咽。それはしばらくの間止むことが無かった。

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