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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道
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王の話③【戻りたい】

 それから少女は、私の元を頻繁に訪れるようになった。普段背伸びをして王の真似事をしているせいか、自然体で過ごせる彼女の側はとても居心地が良い。彼女が散歩に出るという時間帯を聞き出し、そこに私の休憩時間を合わせて会うようにしていた。

 少女はマリアという名前で、私よりも2歳年下だという。


「マリアは普段どこで何をしているの?」


 ある日私はそう尋ねた。

 こんなにも自由に王城の周りを動き回れる上、これほど時間に余裕のある従者を私は知らない。とはいえマリアにそれを咎めるつもりはなかったのだが。


「ん~~?なんだろう……色々?」


 マリアは持参した茶菓子を頬張りながら首を傾げた。


「色々って?」

「なんか……農家行ってみたり、どっかの川に行ったり、薬作ったり、話聞いたり、とか?」


 マリアの話は取り留めなくて、私は一緒になって首を傾げた。色々質問してみるが、どうやらマリアは感覚的に物事を捕えることが多いらしい。本人にも自分が何をしているのか、よく分かっていないようなので、マリアが実際に何をしているのか、その時はあまり見えてこなかった。


「ねぇ、そのお菓子はどうしたの?」

「あぁ、これ?なんか、さっき話聞いてきた子が要らないって言うから貰って来た。誰が作ってるか知らないけどさ、美味しいんだよね~~!」


 そう言ってマリアは、自分が抱えていた菓子の一つを私へと押し付けた。ニカッと屈託なく笑うマリアに、私は苦笑を漏らした。

 本来ならば毒見の済んでいないものを口にすべきではないのだろう。けれど、私はマリアと一緒に菓子を頬張った。


「ねぇヘリオスは?何してる人なの?」


 今度はマリアの方が私に尋ねてきた。


(う~~~~ん、どうしたものかな)


 私はまた、苦笑を漏らした。

 元々は、名前を教えた時に気づくかと思っていた。私は即位したばかりだったし、マリアが城で働いているのは間違いないようだから、流石に王の名前ぐらい知っているだろうと。けれど、きっとマリアにとって王が誰だとか、そういったことはどうでも良いらしい。


(私が王だと、教えるべきなのかもしれない。けれど……)


 マリアに知られれば、この居心地よい時間が失われるかもしれない。それが私は怖かった。

 王ではなく、ただの‟ヘリオス”として過ごせるこの時間は、いつしか私にとってかけがえのないものになっていたから。


「私も……色々かな。仕事の大変は判子を押すことだけれど」

「へぇ~~~~そうなんだ?ここの人たちって皆あれこれ動いている印象だけど、そういう人もいるのね」


 マリアはそう言って朗らかに笑った。


「さて、と。今日はもう行かなきゃ」


 そう言ってマリアは立ち上がると、スカートを叩いた。


「珍しいね。今日はどうしたの?」

「ん~~?何かね、今日は今からお偉いさんに呼ばれるんだってさ。私にはよくわかんないけど」


 私はマリアと一緒に立ち上がると、小さく微笑んだ。一抹の寂しさを覚える私とは違って、マリアは何のためらいもなく踵を返す。その事実が私の心を小さく軋ませた。


「じゃぁ、またね」


 マリアはそう言って大きく手を振った。私は手を振り返しながら、自分でもよく分からない感情を持て余して、しばらくその場を動けなかった。

 その日の夕方、私はセレーネに呼ばれて彼女の元に向かった。アーサーによると、私と会わせたい人がいるらしい。セレーネがそんなことを望むのは初めてで、私は不思議に感じていた。

 セレーネは妊娠中期に差し掛かろうとしていた。一時は寝ても覚めても涙を流し、起き上がることすら困難だった彼女が、今はどうにか元気を取り戻しつつある。一説では、私が口利きをした王室専属魔女の薬がよく効いているのではないか、という声も上がっていたが、魔女には間接的に仕事を頼むだけで顔を合わせたことがないし、真相はよく分からない。


「陛下、お待ちしておりました」


 部屋に着くと、王妃や彼女の侍女たちが迎え入れてくれた。まるで頑なな氷のような表情ばかりだったセレーネも、最近は私に向けて柔らかい笑顔を向けてくれる。ゲオルギオスのことを想えば彼女に対して恋慕の情を抱くわけにはいかないが、少しでも良い関係でいたいと私は思っていた。


「遅くなってすまなかったね」


 私はそう言って微笑むと、彼女の向かいに腰掛けた。

 元々細身だし、ドレスの上からではよく分からないが、セレーネのお腹は少しずつ大きくなっているし、身体は丸みを帯びている。毎夜同じ寝室を利用しているものの、会話も無ければ別々に眠る私からすれば、こういった場の方が彼女について知ることが多かった。


「いえ。……今日はお礼が申し上げたかったのです」

「お礼?」


 私が首を傾げると、セレーネは侍女に耳打ちをした。侍女は心得顔を浮かべ、静々と隣の部屋へ向かう。


「はい。陛下……私に王室専属魔女を向かわせるよう口添えいただいたこと、ありがとうございました」


 セレーネはそう言って深々と頭を下げた。


「セッ、セレーネ!頭を上げてください」


 私は焦った。あの誇り高く美しいセレーネが、こんな風に頭を下げる所を想像ができなかったからだ。けれどセレーネは私の言葉に首を横に振り、しばらく頭を下げていた。


「正直、私はこのままダメなのではないかと、何度もそう思いました。死んだように毎日を生きるしかないと。けれど……あの子が来てくれてから、私の悩みやプライド等どうでも良くなりました。毎日が楽しくて」


 セレーネがこんな笑顔を見せるのを、私は初めて見た。ゲオルギオスと一緒にいる時のセレーネを私は知らない。けれど、きっとこんな風に笑っていたのだろうと、そう思えた。


「いや、私は口利きをしただけだから」


 人を使う人間として恥ずかしいことだけれど、私は件の王室専属魔女に会ったことすらなかったし、最初に彼女を紹介してほしいと私に頼んで来たのはセレーネの侍女だ。何も頭を下げられることは無いと思った。


「そうですね……けれど、ありがとうございます」


 そう言ってセレーネはニコリと微笑んだ。私も思わず微笑み返した。


「今日は魔女を……彼女をここに呼んだのです。あの子からも、陛下とお会いしたことがないとお聞きしたので。きっとあの子はこれから、陛下のお役に立つと思います。あっ、ちょうど戻ってきましたね」


 セレーネが侍女の消えた方に視線を遣る。つられて私もそちらを向いた。けれど、その時私を待っていたのは思わぬ光景だった。


「あっ…………!」


 大きく瞳を見開き、思わず声を漏らす。今、こちらに向かって来ているのは、紅の髪の毛が美しい少女。バルコニーで出会った不思議な娘、マリアだった。


(何故初めから気づかなかったのだろう)


 魔女であれば、普通の人間ではありえない、空中散歩にも一応説明がつくし、マリアが話していた仕事の内容だって、全部自分が指示したことだ。それは、如何に自分が現場やそこで働く人々を知らないのかを如実に表していた。

 マリアは少しだけ驚いたような表情を浮かべたが、まるで何事もないかのように侍女の後に続いた。そして、私やセレーネの側まで辿り着くと、普段の彼女からは想像できないほどに、深々と頭を下げる。


「マリア、自己紹介を」


 セレーネが促すと、マリアはゆっくりと顔を上げ、穏やかに微笑んだ。


「お初にお目にかかります。マリア・ウィリアムズと申します」


 マリアはそう言ってもう一度深々と頭を下げた。あまりのことに私は言葉を失う。


(お初にお目にかかります、か……)


 まるで他人にするかのような慇懃な話口調に態度。私は王であり、周りにはセレーネや侍女たちが控えている。当然、マリアの振る舞いこそがこの場では正解なのだろう。けれど、私はあまりにもショックだった。


(もう二度と、マリアとあんな風に過ごせないのだろうか)


 私の身分を知られてしまった。王だとそう認識されてしまったからには、これまでのようには接してもらえないのかもしれない。私の元を訪れてはくれないかもしれない。そう思うと、あまりにも心が痛んだ。


(でも……)


 マリアは私だけでなく、セレーネの心をも救ってくれた。ゲオルギオスとの約束を守らねばと思いつつ、何もできなかった私やセレーネにとって彼女は希望の光だ。その事実は何があっても変わりはしない。


「初めまして。これまでずっと、この国のために働いてくれてありがとう……マリア」


 心からの感謝を込めて、私はそう言った。マリアはしばらく佇んでいたが、ややして困ったように笑った。まるで最後を思わせるような、そんな笑顔に見えて、私は目頭が熱くなった。


「これからも誠心誠意、務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」


 マリアの言葉にセレーネは満足そうに笑っていた。私は複雑な心境のまま、その場を辞した。



(風が冷たい)


 一人膝を抱えながら、私は夜空を見上げていた。

 いつもならばとっくに寝室へ戻っている時間だ。けれど、あれこれと理由を付けて、私は自室へ留まっている。

 あれほど温かかったバルコニーは今や、冷やりとした無機質な場所へと変貌を遂げていて。私は自虐的に笑いながら、涙を流した。

 私がもっと王として優秀だったなら、マリアとは違う出会い方ができたのだろうか。こんな想いを持て余さずに済んだだろうか。


「……戻りたいな」


 彼女と初めて出会ったあの時に。そうすればまた、マリアは私に笑いかけてくれるだろうか。いつものように屈託のない笑顔で、接してくれるだろうか。そんなことを考えながら、私は膝に顔を埋める。


「戻れないの?」


 すると、すぐ隣からそんな声が聞こえた。思わず顔を上げると、そこにはマリアが座っていた。いつものように無邪気で人懐っこい、マリアの笑顔だ。


「あ……あ…………」


 私は言葉が出なかった。そんな私を、マリアは不思議そうに見つめながら、楽しそうに笑っている。


「変なヘリオス。どうしちゃったの?」


 クスクスと声を上げてマリアが笑う。あまりにも可愛くて、愛しくて。


(この腕に抱き締められたらいいのに)


 それがどこから来る感情なのか、その時の私にはもう分かっていたけれど。必死に首を横に振りながら、私は笑った。


「もうここには来てくれないと思っていた」

「え?どうして?」


 私の言葉に、マリアはすぐそう応えた。どうして私がそんなことを言ったのか、全く理解できていないらしい。大きな瞳がくりくりと動いている。


「……接しづらいかなって。私が王だと分かって」


 小さくため息を吐きながら、私はマリアを覗き見た。けれどマリアはキョトンと目を丸くしたかと思うと、満面の笑みを浮かべる。


「え~~?だって王様は王様、ヘリオスはヘリオスでしょ?」


 私は言葉を失った。マリアにとっては何の気もない言葉だったのだろう。けれどそれは、その時私が一番欲していた言葉だった。

 気づけば私は屈託なく笑い続けるマリアを、力いっぱい抱きしめていた。

過去編はあと2話(……だと良いなぁ)

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