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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道
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王の話①【二人の王子】

 前国王――――祖父には二人の息子がいた。二人は祖父のカリスマ性と才能を受け継いだ素晴らしい王子だった。

 けれど不幸なことに、二人は若くしてこの世を去った。

 このため、次期国王候補として育てられたのが彼ら二人の子どもたちだった。

 祖父の第二王子の子であった私と、それから第一王子の子。――――彼は名をゲオルギオスといった。

 私たちは同い年で、一緒に育てられたこともあり、とても仲が良かった。何処に行くにも、何をするにも二人一緒だった。

 ゲオルギオスは祖父や父親の血を色濃く継いでいて、とても利発だった。剣を握らせても、筆を握らせても、とにかく何をするにも秀でていてね。私なんかはとてもじゃないけど歯が立たなかった。誰もが彼こそが次の王だと信じて疑わなかったよ。私自身、彼に臣下として仕えられることを楽しみにしていたし、誇らしく思っていた。

 けれど、そんなある日のこと。私たちが18歳の時だ。二人そろって祖父に呼ばれた。

 その頃には祖父は随分弱っていてね。あぁ、ついにゲオルギオスが後継者に指名されるのだと、そう思っていたんだ。

 けれど、私たちに告げられたのは思わぬ内容だった。


「ルナリザーの王女と結婚するのはヘリオス――――おまえだ」


 その時私たちは言葉を失ったよ。

 ゲオルギオスとルナリザーの王女との婚約は、もう何年も前から決まっていたことだった。彼が王となる、それを見越して早くに結ばれた婚約だった。それなのに。


「け、けれどおじい様!ゲオルギオスとセレーネは……」

「話は以上だ」


 祖父は取り付く島もなかった。ゲオルギオスは青ざめているように私には見えたよ。

 すぐに婚約者の変更がルナリザーに通知された。当然ルナリザーとの縁談は国同士の結びつきを強めるために組まれている。つまりそれは、ゲオルギオスではなく、私が王太子となったことを内外に示していた。


「しっかりやれよ、ヘリオス!」


 けれどゲオルギオスはそう言って笑った。


(無理だ……私が王になれるわけがない)


 私は困惑したよ。ずっとずっと、ゲオルギオスが次の王だと思っていた。私には彼のような知能や運動能力もなければ、判断力も、カリスマ性もなかったのだから。

 やがて隣国の王女、セレーネがやって来た。

 セレーネは月のように美しく、気高い女性でね。あまりの美しさに、私の側に控えていたアーサー等は我を忘れて見惚れていたよ。


「ようこそ、セレーネ様」


 私は精一杯の笑顔で彼女を出迎えた。けれど、セレーネはひどく傷ついた表情のままでね。私たちは結局、結婚式の行われる日まで一言も会話を交わすことがなかった。

 だけど、私は――――私だけは知っていたんだ。ゲオルギオスとセレーネが何年も前から心を通わせていたこと。二人が互いに愛し合っていたことを。


(祖父が……祖父が亡くなってしまえば、ゲオルギオスに王位を渡すことができる。セレーネだって、ゲオルギオスと結婚することが)


 私とセレーネは夫婦になった。けれど、実際は会話をすることも無ければ身体を重ねることも無い。そんな中でも、セレーネが国から連れてきた侍女やアーサー達側近を含め、周りからは夫婦に見えるよう細心の注意を払ったよ。

 それからしばらくして、祖父が亡くなった。

 国中が悲しみに包まれた。名君と謳われた祖父を亡くして、これから国がどうなっていくのか、皆が心配していた。

 けれど私だけは違った。

 きっとゲオルギオスが立派に国を治めてくれる。セレーネも彼と結婚して、皆が幸せになれる。そう信じていたから。

 けれど、現実は残酷だった。

 ゲオルギオスは若くして病に侵されていた。まだ治療法のない、不治の病だ。

 私がそれを知ったのは、彼の命の灯が消えようとしている、そんな時だった。


「一体いつから!?どうして……どうして私に言ってくれなかったんだ!?」


 私は泣いた。何も話してくれなかったゲオルギオスに。それから知ろうともしなかった己の愚かさに。神はいつも、この世界から失ってはならない素晴らしい人から先に連れて行ってしまう。


(どうせなら、私を病にすればよかったのに……!)


 私はこの世の不条理が腹立たしくて堪らなかった。


「ヘリオス……すまなかった」


 ゲオルギオスはそう言って涙を流した。病など……今まさに命が尽きようとしているなどと思えない程、美しい顔だった。私は首を横に振った。どうしても信じられなかった。どうしても受け入れたくなかった。


「すまなかっただなんて言わないでくれ!まだ終わってない!全部全部これからだ!この国の王は私ではない……ゲオルギオス、君だ!絶対に治る!治って君がこの国を治めるんだ!」


 けれどゲオルギオスは弱弱しく首を横に振った。彼の笑顔が私に現実を突きつけた。


(何か……何かないのか!?ゲオルギオスが治る方法は……何か!)


 考えても、考えても答えは出ない。

 祖父はきっと、ゲオルギオスの病を知っていたのだろう。知っていて、王が立て続けに亡くなることを避けたかった。だから、私を次の王に指名したのだ。


「ゲオルギオス、君がこの国の王だ!祖父が――――誰が何とそう言おうと、私にとって君こそがこの国の王だ!」


 ゲオルギオスはしばらく黙っていた。部屋には私とゲオルギオス、それからセレーネの3人きりだった。

 セレーネは彼の病を知らなかったんだろうね。私以上に取り乱していて、気の毒なほどに涙を流していた。


「…………ヘリオス、頼みがある」


 そう言ってゲオルギオスは手を伸ばした。私はゲオルギオスの手を握り返しながら、黙って彼を見つめた。


「セレーネのこと……。ずっと、申し訳ないと思っていた。彼女は君の妻なのに……どうしても、諦めきれなかった。セレーネを愛しているんだ」

「そんなこと、とっくの昔に知ってる!何も気にしなくて良い!だから……だから!」


 どうか未来を否定しないでほしい。そう思っているのに、私の瞳からは涙が止まらなかった。


「ヘリオス、聞いてくれ。セレーネは今、俺との子を身籠っている」


 ゲオルギオスは穏やかに目を瞑ったままそう言った。私は思わずセレーネの方を振り返った。けれど泣き崩れた彼女の表情は見えない。俄かには信じられないことだった。


「俺を王だと、そう言ってくれるのなら……この子を王の子として育ててほしい」


 そう言ってゲオルギオスはセレーネを見つめる。あまりにも優しく愛情に満ちた、美しい表情だった。


(ゲオルギオス……)


 本当はすぐにでも頷いてやるべきなのだろう。安心させてやるべきなのだろう。

 けれどそれは、ゲオルギオスの最期を認めることのようで。私はただただ俯くことしかできなかった。

 やはり私は王などではない。たった一人の、大事な人の願いすらも引き受けることのできない私には、王たる資格などない。そう思った。

 けれどゲオルギオスは、私に向かって優しく微笑む。まるで疑いなど1ミリもないような、そんな表情で彼は笑う。

 それからゲオルギオスはセレーネを見つめながら、静かに涙を流した。


「セレーネ……君を愛している。俺のことは忘れて、どうか幸せになってほしい」


 その時、泣き崩れていたセレーネが顔を上げた。


「……私があなたを忘れる!?そんなの無理よ!絶対に忘れられるわけないでしょう!?」


 彼女は大きな瞳に涙をいっぱい溜めて、ゲオルギオスに駆け寄ると、力いっぱい彼を抱きしめた。

 ゲオルギオスは瞳を丸くしたけれど、すぐにセレーネを抱き返した。


「……うん。本当はそうだと良いなって思ってた」


 困ったように笑いながら、ゲオルギオスは幸せそうだった。本当にこの世の幸せを凝縮したかのように、晴れやかな表情だった。


「約束したもの!私達はずっと一緒よ!絶対に離れないわ」

「――――そうだねセレーネ。ありがとう。……けれど、どうか約束してほしい。お腹の子のこと……」


 セレーネはしばらく涙を流しながら唇を震わせていた。けれど、ようやく決心がついたのだろう。やがてコクリと力強く頷いた。

 ゲオルギオスは安心したように笑うと、ゆっくりと目を瞑った。


「ヘリオス――――頼んだぞ」

 

 それがゲオルギオスの最後の言葉だった。

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