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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道
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王の子

(ここは……城のどの辺りになるのでしょう)


 ルカに連れられ、ミシェルは久方ぶりとなる城の中にいた。とはいえ、広場にはまだ人も多く、正面の入口を使えるような状況ではない。このため、ミシェルたちはルカが使ったという秘密の入り口から城へと入った。

 王家のものだけが知るというその通用口は、どこかジメジメしていてカビ臭い。


「滑りやすいから足元に気をつけて」


ミシェルの手を引きルカが優しく微笑む。


「ありがとうございます」


 微笑み返しながら、ミシェルはルカの手を握り返した。

どうやらルカは供もつけず、一人で広場に下りたらしい。本来一国の王子が警備すらつけず、あんな群衆の中に降り立っていいはずがない。おまけにルカは今日、行方不明の娘との婚約や王政の廃止を発表したのだ。


(危ない目に合ったかもしれないのに)


 そんなことを思うと、申し訳なさでミシェルの胸は張り裂けそうだった。

 幸いなことに、広場では誰もミシェルにもルカにも気づいていなかった。寧ろ、二人はその場にいないかのような雰囲気さえ漂っていて。


(もしかしたら……誰かが魔法を使ったのでしょうか?)


 あの場でミシェル以外の魔力は感じなかった。けれど俄かには信じがたい状況だ。


(でも、一体誰が)


 耳元でトネールが大きな欠伸をこぼす。


(まさか……)


 ミシェルはフルフルと首を横に振りながら、先を急いだ。

 どのぐらい歩いただろうか、通路の出口へ着いたらしい。ルカがドアを開けると、まばゆい光が差し込んできた。


「ミシェル、こっちへ」

「あっ、はい」


 ルカに誘われてミシェルはさらに先へと進む。

 通路の先は城の一室に繋がっていた。ルカの部屋よりも広いが、どこか質素で寂しい雰囲気の部屋だ。


「ここは……」


 ミシェルが辺りを見渡しながらひっそりと息をのむ。


「どうやら、本当にルカの言う通りになったようだね」


 その時、背後からルカではない男性の声が響いた。低くしっとりと響く、あまり聞き慣れない声だ。けれどミシェルには、それが誰の声かすぐに分かった。


「あぁ、そのままで。ここには今、私たち3人しかいないのだから」


 振り返り、跪こうとしたところですぐに静止される。


(そのまま、と言われましても)


 困惑を隠せぬままチラリと顔を上げると、穏やかで優しげな笑顔がミシェルを見つめていた。


「久しぶりだね、ミシェル。いや……おかえり、と言うべきかな」


 そう口にしたのは、この国の王――――ミシェルとルカの父親だった。


「あの……お久しぶり、です」


 なんと言えばいいのか考えあぐねた末、出てきたのはそんな言葉だった。王は微笑みながら、今度はルカに向き直った。


「ルカにも随分と苦労を掛けた。正直、今日この場で本当にミシェルを見つけてくるとは思っていなかったけれど」


 ルカはコクリと頷いてから、ミシェルの手をギュッと繋ぎ直した。


「父上、約束です。もしも私がミシェルを見つける事が出来たら、結婚を許していただけると。そう約束しました」


 ルカの声は心なしか震えていた。ミシェルを包み込む大きな掌がひんやりと冷たい。


「もちろん。私は喜んで祝福するよ」


 王は困惑するでも悲しむ様子もなく、ただ穏やかに微笑んでいる。ルカはホッとしたように胸を撫で下ろした。


「で……でも!」


 気づけばミシェルは声を上げていた。ルカも王も驚いたようにミシェルを見つめる。


(どうしよう……王様は認めてくださったけれど)


 本当にこのままで良いのだろうか。許されていいものだろうか。そんな疑問がずっと、ミシェルの頭の中を支配していた。

ドキドキと心臓がうるさく鳴り響く中、何度も深呼吸を繰り返す。ルカにはミシェルの気持ちが分かっているのだろう。ただ黙ってミシェルを見守ってくれている。


「わ……私は――――――あなたの娘なのだと聞きました。クリスの父親、アーサーから」


 グッと眉間に皺を寄せミシェルが俯く。


 あれから半年が経った今でも、ミシェルが国王の娘であるとは未だに信じる事ができなかった。できれば間違いであってほしい。そんな気持ちを胸に、ミシェルはルカの手を握る。


「――――そうだよ。君は……ミシェルは私と、マリアとの間にできた子だ」


 王は感慨深げに言葉を紡ぐ。

 けれど一方のミシェルはまるで、希望を打ち砕かれたかのような心地だった。


(ほ、本当に……)


 呼吸が上手くできない。目の前が真っ暗になる心地がした。


「ミシェル!」


 ガクリと崩れ落ちそうになるミシェルをルカが支え、心配そうに顔を覗き込む。


「ルカ、ミシェルを長椅子に」

「あぁ」


 王に促され、ルカはミシェルを長椅子へと座らせた。


「すみません……この期に及んで私」


 愚かだとは分かっている。けれどミシェルは、ルカと兄妹であることを、どうしても受け入れたくなかった。

 ルカは悲し気に笑いながら首を横に振る。ギュッと抱き寄せられた身体が悲しく軋んだ。


「ルカ、ミシェルの隣に座りなさい」


 王はそう言ってミシェルの反対側の長椅子に座った。ルカも少し逡巡してから、ミシェルの隣へと腰掛ける。


「父上――――私にはずっと、疑問に思っている事がありました」


 ルカは躊躇いがちに言葉を選ぶ。その瞳には戸惑いの他に、何か別の感情が見え隠れしている。


「うん、そうだね。ミシェルが見つかったら……私もすべてを君たちに打ち明けようと、そう思っていたよ」


 そう言って王はゆっくりと目を瞑った。ミシェルの隣で、ルカがゆっくりと深呼吸をする。


(ルカ様……)


 いつもとは少し異なるルカの様子。けれどミシェルはただ、黙って見守ることしかできない。

 やがて決心がついたらしい。ルカが徐に口を開いた。


「私は……本当に王の子なのでしょうか?」


 思わぬ言葉に、ミシェルは思わず息を呑む。ミシェルの足元で、トネールがブルりと身体を震わせた。

 ルカは真っすぐに王を見据え、唇を真一文字に引き結んでいる。

 王は大きく息を吸い込んでから、ルカに向き直った。


「ルカ……君は紛れもなく王の子だ」

「……………」

「けれど君は、私の子ではない」

「えっ!?」


 ミシェルは思わず身を乗り出し、声を上げていた。けれどルカは動揺することなく、真っすぐに王を見つめ続けている。


(ど、どういうこと!?)


 たった今発せられたばかりの王の言葉の意味が理解できず、ミシェルは戸惑うことしかできない。


「というよりも、私が王ではない――――というのが正しいかな」


 王はそう言って穏やかに笑うが、ミシェルの頭は混乱するばかりだ。


(ますます意味が分かりません)


 目の前に座っているのは、紛れもなく王その人のはずだ。謁見の間で顔を合わせたのも、先ほど国民の前でルカの婚約を発表したのも、間違いなく同一人物であるのに。

 ルカと王を見比べながら、ミシェルは眉間に皺を寄せた。


「……どういうことか、話してくださいますね?」


 ミシェルの手を握りしめながら、ルカが問う。王はミシェルとルカを交互に見つめながら、やがて大きく頷いた。


「あぁ。もちろんだよ」


 懐かしげに目を細めて微笑む王を、ミシェルとルカは固唾を飲んで見守った。

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