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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道
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青天の霹靂

『ミシェルちゃん、君は――――現国王の娘なんだ』


 アーサーからそう切り出されたのは何か月前のことだろう。

 木漏れ日に瞼を擽られながら、ミシェルは目を覚ました。腕の中にはトネールの温もり。けれど、城にいたころの上等な寝具とは真逆の薄い毛布のためか、身体はブルりと震えてしまう。

 ミシェルはまだ眠ったままのトネールを撫でながら目を瞑った。毛布に顔を埋めてみても、そこにはミシェルとトネールの匂いしかない。


(そんなの、当然のことなのに)


 自虐的に笑いながら、ミシェルは枕に顔を埋めた。

 城を後にしてからしばらくの間、ミシェルは色んな街を渡り歩いていた。貯めてあった給金で宿を借り、誰に気づかれることも無く、ひっそりと暮らす。

 アーサーからは色んな提案を受けた。

 彼の屋敷で匿うことも、別の土地に家を用意することも。あのまま城に残り、ルカには真実を告げないまま円満に破断にするための道も提案された。けれど、ミシェルは首を縦に振らなかった。

 本当はすぐに祖母と暮らした森に戻れれば良かったのだが、ルカが指示したのだろう。森の入り口には騎士が配置されていた。

 家に辿り着ける人間をミシェルとクリスに限定する魔法を掛けているとはいえ、森そのものの存在を消すことはできない。その結果、警備が緩むまでの間、ミシェルはトネールと共に国中を旅してまわった。

 ルカと国王の治めるこの国は、どこもかしこも美しかった。ミシェルの想像以上だった。

 街ごとに人々の暮らしぶりは異なっているし、ディーナの言うように皆が豊かというわけではなかった。けれど、皆が王家を敬愛し、尊敬している。それが肌で感じ取れた。


(さて、今日も頑張らなければ)


 鏡を覗き込みながら、ミシェルは微笑む。

 長かった金色の髪の毛は肩の辺りで切りそろえられ、魔法で黒く染めてある。ルカと揃いの紫色の瞳も、この国では一般的な青色に変えていた。

 ミシェルを直接知る者は殆どいないため、こうすれば捜索の騎士たちに気づかれることはない。実際、街で何度も擦れ違ってきたが、一度も声を掛けられることは無かった。

 一日の始まりは、森で薬草を集めることから始まる。決まって採取するものと、それ以外のもの。その両方をカゴに入れ、家に戻る。

 家に戻ってからは、取って来た薬草を調合をする。決まって採取するものは、街で売るための一般的な薬に。それ以外は別の目的のために用いられる。


『すまなかった、ミシェルちゃん。本当はもっと早くに伝えるべきだったのに』


 薬を練りながら木霊するのは、アーサーの言葉だ。けれど、ミシェルはその度に首を横に振る。


『私が王様の娘だなんて……信じられません。何かの間違いでは?』


 そう尋ねた時、アーサーは心底困った表情で首を横に振った。


『そう思うのも無理はない。数ある臣下の中でも、この事実を知っているのは私だけだ。ミシェルちゃんを護ってほしい――――そのために王は、私を今の領地へ向かわせた。任を受けていなければ、私だって知らなかったかもしれない』


 あの日、ミシェルは淡々とアーサーの話を受け入れた。投げかけた否定の言葉も、質問も、本当は不必要だった。アーサーの話が本当ならば、今まで疑問に思っていた全てが腑に落ちるからだ。

 こんな辺鄙な森の中、ミシェルが何一つ不自由なく暮らせてきたことも。王都で働いていたというアーサーが、あの土地の領主になったことも。祖母の教えも、王と謁見した時に感じたことも。何もかも全てが。

 ミシェルは、売り物ではない方の薬を小瓶に移し、そっと太陽の光にあてる。先程、一口試してみたが、どうやらこれも失敗作のようだ。


(お母さん……)


 今ならミシェルにも、母親の気持ちが少しだけ分かる気がした。

 アーサーは王と母が愛し合っていたのかも、どうして結ばれたのかも、何故離れ離れになったのかも、何も知らないらしい。

 けれど母は出産の最中、『人の心を変える魔法を』とうわ言のように繰り返していたという。それを話すときの祖母はいつも不機嫌で、まるで極悪人のような口ぶりで母を扱っていたのだけれど。


(私も同じだから)


 ミシェルは棚に並んだ失敗作の薬瓶を眺めながら、そっと笑った。


「さて、今日も行きましょうか、トネール」


 昼過ぎになると、出来上がった売り物用の薬を持って街に出る。

 アーサーの領地では顔が割れているため、薬を卸すのは隣町や付近の街にしていた。

 昨日は近場で済ませたため、今日は足を伸ばしてみることにする。少し遠方だがアーサーの領地よりも少しだけ大きく、余所者にも寛大なところが特徴の街だ。日帰りが可能な距離だが、もしも遅くなってしまっても宿が充実しているため、困ることは無い。

 ミシェルはトネールを連れ、颯爽と森を後にした。


 

「今日も全部売れてよかったですね、エイダン」


 肩に乗った黒猫を撫でながら、ミシェルは笑う。

 二人きりの時以外は,ミシェルはトネールのことを”エイダン”と呼んでいた。毛色も金のままでは目立つため,ミシェルと揃いの黒に染めてある。


「さて,これからどうしましょうね?」


 今日は問屋との交渉もスムーズに終わり,まだ日が高い。ゆっくり歩いて帰っても,十分に自宅に帰れる時間だ。


(でも)


 周りを見れば,仲睦まじい様子の恋人や,ミシェルと同じ年頃の娘たちが楽し気に笑いあっている。

 城を出てからというもの,ミシェルの話し相手はトネールだけだった。薬を卸すときにいくらか会話をするぐらいで,あとは殆ど声を発することすらない。

 当然,ルカや城の皆がミシェルを忘れていないであろう今,深く人と関わるわけにはいかない。

 けれど,昔のように森の中に籠って生活する気もミシェルにはなかった。そんなことになっては,ここまで導いてくれたクリスやディーナ達,それからルカに申し訳が立たない。これから先の何十年を,死んだように暮らしてはいけないと思っていた。


「もう少し,街を見ていきましょうか」


 あてもなく歩きながら、ミシェルがそう呟いた。そのときだった。

 少し先に,大きな人だかりができている。町の掲示板がある辺りだ。


「……なんでしょう?」


 引き寄せられるように,ミシェルは人だかりへと近づいていく。


「ほぅ!これは目出度いね」


 町人のそんな声が耳をとらえた。集まった人々はやはり,掲示板を見に来ていたらしい。顔を上げてほほ笑むもの,町人同士で顔を見合わせて会話をするものが殆どだが,何やら歓喜のムードに包まれている。


(どれどれ?)


 何やらいい知らせがあるのだろうか。

 小さな期待を胸に、ミシェルはそっと掲示板を見上げた。


「えっ!?」


 けれど,掲示されたその内容を見て,ミシェルは一瞬で言葉を失う。


「う……そ…………」


 動悸が激しく,うまく呼吸ができない。トネールが心配そうにミシェルの頬に擦り寄る。けれど、周囲から音が、色が、全てが消えうせたような感覚がした。

 そこには、この国の王子――――ルカが明後日、王都で婚約を発表する、と。そう書かれていた。

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