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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道
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微かな手がかり

 ミシェルがいなくなってから、一か月が過ぎた。

 朝、隣にミシェルがいないと気づいてすぐに、彼女の私室や執務室へ直接赴いたが、部屋の様子はいつもと何ら変わりはない。けれどミシェルもトネールも、城のどこにも見当たらなかった。

 すぐに騎士や侍女、クリスたちを呼び寄せ情報を収集する。特にルカの部屋の見張りをしている騎士たちには念入りに話を聞いたが、二人とも、部屋の戸はピクリとも動かず、いつもと違うことはなかったと話していた。

 それからすぐに、小規模な捜索態勢がとられた。規模を大きくできなかったのは、ミシェルが公には王室専属魔女としての身分を持たないからだ。けれど、各地を治める領主たちには遣いを出し、情報があればすぐに集まるように手配してある。

 大規模な捜索ができない代わりに、ルカは毎夜自身でミシェルを探しに出ていた。当然伴をするクリスやアランたちに負担が掛かることは分かっていたが、公務の範囲外だと分かっていても付き合ってくれた。


「ミシェル、大丈夫かな」


 ルカの執務室で悲痛の面持ちを浮かべたアリソンが肩を震わせている。ディーナも方々から寄せられた報告書に目を通しながら、眉を顰めていた。


「誰が一体どうしてミシェルを……」


 すぐに疑いの目を向けられたのは、先日当主を捕えたばかりのあの一族だ。けれど、当主は投獄、残りのものは家臣を含め、裁判までの間厳重な監視下に置かれている。とてもミシェルに手出しできる状況にない。


(きっと、皆も薄々気づいているのだろう)


 ルカはゆっくりとため息を吐きながら、窓の外に見える王都を眺めた。

 ――――恐らくミシェルは誰かに攫われたわけではない。理由は分からないが、自ら城を出て、どこかに姿を隠したのだ。

 そう考えなければ、誰も侵入した形跡のないルカの部屋の説明がつかない。

 以前ルナリザーの第3王子が行方不明となった時も、今回と似たような状況であったが、一国を背負う彼と違ってミシェルは誰かの恨みを買っているとは考えづらい。ルカとの結婚の話は、まだ一部だけが知る秘密だ。当然、粛清された一族以外にも探りを入れたが、有益な情報は得られなかった。


(大体、それなら私と一緒にいる時ではなく、他の時間を狙うはずなんだ)


 ミシェルには軽微な警護しかつけていないし、侍女だって基本的にマロン一人だ。執務中やルカと一緒にいない時など、他にいくらでもチャンスはあった。ミシェルに魔法で返り討ちにあう可能性はあるにせよ、やりようはいくらでもあっただろう。

 それに、ミシェル自らが部屋を出たのであれば、密室を保っていたルカの部屋の鍵の開け閉めも、部屋の高さすらも問題にならない。魔法ならばそんな状況、何とでもできよう。

 そこまで分かっていて、誰もそうと言い出さないのは、皆がルカを気遣っているからだ。

 結婚が嫌で逃げ出したのではないか?気持ちが離れたのではないか?――――そう考えるのは自然なことだ。王族に求婚されてノーと言える人間は中々いない。しかも話が進み始めていたのではなおさらだ。だから姿を消して、全てをなくしてしまいたかった。


(でも、そうじゃない。絶対に違う)


 けれどルカだけは、そのためにミシェルが姿を消したのではないと確信していた。

 ひと月が経った今でも、ミシェルの温もりはルカの中に残っている。

 あの日何度も口にした自身を想う言葉も、涙も、温もりも全部全部本物だった。絶対にそうだと断言出来た。

 本人が望んで身を隠したのであれば、探さない方が良いのかもしれない。そう、思っているものも少なからずいるだろう。クリスなどはミシェルの意思を尊重するべきだと、そう思いながらも、何度も言葉を飲み込んでいるのだとルカには分かっている。


(だが、そんなの無理だ)


 それがミシェルの意思だとしても、どうしてもルカには受け入れることはできなかった。何があっても側にいる。絶対に離さない。生涯を共にし幸せにすると、そう誓ったのだ。


(理由なんて関係ない。絶対に連れ戻す)


 もう一度ため息を吐きながら、ルカは目を伏せた。


「すまないが、皆にはこれからも継続してミシェルの情報を集めてほしい」


 ルカの言葉にアリソンやアラン、クリスが頷く。けれど、ディーナは気づかわし気にルカを見上げながら、瞳を曇らせた。


「それはもちろん、私たちもミシェルが心配ですもの。けれどルカ様……私たちは、ルカ様のお身体も心配です」


 緊張をしているのだろう。ディーナの声は小刻みに震えていたが、言葉に迷いはなかった。


「いや、私は大丈夫だ」


 ルカはそう言って笑うが、ディーナはフルフルと首を横に振った。


「……クリス達は交代で休みを取っていますが、ルカ様は違います。毎夜毎夜、忙しい公務の後に王都に出て、馬を走らせていてはお身体がもちません。私……私は!もしも、ミシェルが戻って来た時に、ルカ様が体調を崩されていたら、絶対に悲しむと思うんです」


 クリス達とは違って、貴族でもない臣下の娘が主君に異を唱えるのは勇気がいっただろう。下手をすれば、政務官としての職を失ったり、先日の一族のように罰せられる可能性もあるのだ。けれど、親友のミシェルのために、それからその恋人のルカのために、ディーナは声を震わせている。


(ミシェル……)


 彼女がどんな理由で城を出たのかはわからない。けれどきっと、もしもルカが身体を壊せば、ミシェルは悲しむだろう。苦しむだろう。泣いてしまうかもしれない。そんな風に思えた。


(しかし)


 ルカの心に一瞬だけ、彼が身体を壊せば戻って来てくれるだろうか等と、愚かな考えが浮かぶ。


(ダメだな。そんな顔のミシェルは見たくない)


 ミシェルに会いたい。一刻も早く、自分の元に戻ってきてほしい。

 けれど今この瞬間も、いつだって、ミシェルには笑っていてほしいとルカは願う。


「ありがとう、ディーナ」


 ルカはディーナの頭をポンと叩くと、先ほどよりも穏やかな笑みを浮かべた。ディーナは俯きながら、そっと涙を流す。


「ディーナの言う通りだ。私は少し、やり方を見直さなければならないな」


 人探しをするのに、夜の闇は当然向いていない。昼間は家臣が必死でミシェルを探してくれていると分かっている。それでもルカは、自身で動かずにいられなかった。結果としてそれが、その疲れが、正常な判断力を奪うのだとしても、止められなかった。


「そうですよ。もう少し私たちを頼ってください」


 アランが深々と頭を下げながら、ニコリと笑みを浮かべた。


「ルカ様はご自身で何でも抱えすぎです。もっと私たちを使って下さい。そのための家臣、そのための側近です。私やクリス、アリソンやディーナはあなたの目であり腕です。どうしてもご自分でやられたいことのために、そのための時間を作るために、私たちはいくらでも動きます」


 ルカはそっと天を仰ぎながら目を瞑った。

 頭がくらくらするし、目が霞む。連日馬に乗っているせいで足も強張っていて、棒のようだった。

 ずっと気を張って、疲れに気づかないようにしていた。心の痛みも無視して、がむしゃらに動き続けてきた。

 けれど、本当はずっと、誰かに弱音を吐きたかったのかもしれない。寄りかかる場所が欲しかったのかもしれない。そう気づくことができた。


「ありがとう。……頼む」


 そう言ってルカは目頭を押さえた。

 ひとまず今夜は休息を取った方が良い。それが最善手のように思えた。

 うつらうつらする意識を何とか保ちながら、ルカがゆっくりと息を吐く。すると、視界の端に侍女頭のサリバンが映った。


「どうした、サリバン?」


 彼女がこういった場に現れることは珍しい。基本的にはサリバンは統括者の立場であり、他にも持ち場があるため、ルカの執務中に姿を見せることは殆どないからだ。


「お話し中に申し訳ございません。しかし、どうしても早くお耳に入れたいことがございまして」


 ひどく困惑したようなサリバンの様子に、ルカは身を乗り出した。


「まさか、ミシェルのことで何かわかったのか!?」


 ドクンと高鳴る心臓を抑えながら、ルカは必死で心を落ち着かせた。


(落ち着け、落ち着け……)


 サリバンは躊躇いつつも小さく頷く。ルカが大きく息を呑むのと、サリバンの後ろからミシェル付きの侍女であったマロンが出てくるのは同時だった。


「マロン」


 ルカは思わずマロンの元に駆け寄る。

 マロンには、ミシェルがいなくなった朝に話を聞いていた。とはいえ、喋ることのできないマロンには『ミシェルを見たか』『行方を知っているか』といった、イエスかノーで答えられるような質問しか出来ていない。当然、マロンからあの日得られた答えはノーだった。


「何か思い出したのか?」


 ルカが尋ねると、マロンは困ったような表情を浮かべながらも、小さく頷いた。

 この1か月間、真っ暗だったルカの視界に、一筋の光が差し込む。そんな心地がした。

 クリスやディーナ達もマロンの側に駆け寄ると、身を屈めマロンの瞳を覗き込んだ。


「……!~~~~~~~~!」


 マロンは必死に口を動かすが、言葉は相変わらず、声になって出て来てはくれない。


「申し訳ございません。私もまだ、この子が何を知っているのか、思い出したのか、はっきりと分かったわけではないのです」


 そう言ってサリバンは、床に額を擦りつけんばかりの勢いで頭を下げた。


「マロンは必死な面持ちで、ミシェル様の名前を書いた紙を見せてきたのです。何か知っているのは間違いないようなのですが、この子にはまだ、それを他人に知らせるだけの術がない――――私たちはマロンに読み書きを教えては来ませんでしたから」


 サリバンは本当に申し訳なく思っているのだろう。アランが急いで頭を上げさせていた。

 この国の識字率はある程度高い水準にあるが、マロンは幼いころから城で働き、学校にも通っていない。喋ることすらできないマロンに文字を教えることは難しい上、侍女の中には通いの人間も多い。勤務時間外にマロンの面倒をみてやろうという人間はいなかったのだろう。

 それに、マロンは侍女としての仕事は優秀にこなせていたし、必要とされるコミュニケーションをある程度取れていた。今回のようなことがなければ、読み書きの必要性すら認識しなくて良かったのかもしれない。


「…………実は、ミシェル様のお部屋に、マロンとミシェル様の名前を書いた紙がありました。何枚も何枚も……。きっとミシェル様がマロンに読み書きを教えて下さっていたんです」


 サリバンの言葉に、マロンは涙を瞳一杯にためながらゆっくりと頷く。

 ルカは思わず言葉を失った。


(ミシェル……)


 目の前の小さな少女にミシェルの笑顔が重なる。

 今頃どうしているだろうか。元気にしているだろうか。笑っているだろうか。会いたい気持ちが募っていく。


「ルカ様、私がマロンに読み書きを教えます」


 その時、ディーナの声がルカを現実へと引き戻した。マロンの手を取り、真っすぐにルカを見上げながら、ディーナは大きく深呼吸をする。


「マロンの持っている情報が、すぐにミシェルに繋がるかは分かりません。けれど、私はその可能性に賭けたいです」


 クリスやアラン、アリソンは顔を見合わせ、コクリと頷いている。ルカは真っすぐにマロンを見つめながら、そっと膝を折った。


「マロン……頼む。ミシェルについて、君の知っていることを教えてほしい。そのために、頑張ってもらえるだろうか?」


 マロンは大きな瞳を震わせながら、コクコクと何度も頷いた。ルカは穏やかに微笑みながら、拳をギュっと握る。

 ようやく見つけた、小さく微かなミシェルへの手がかり。けれど、ルカにとっては大きな希望だった。


(ミシェル……絶対に見つけだす)


 決意を新たに、ルカは窓の外に輝く美しい太陽を見上げたのだった。

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