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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道
58/98

First and Last...

 広く静かな城の中をルカは闊歩していた。後ろにはアランとクリスが付き従う。ふと窓の外を見ると、雲一つない真っ黒な空に星と月が輝いていた。


(随分と遅くなってしまった)


 今夜ぐらいは早く仕事を切り上げようと思っても、相手のある場合はそうもいかない。どうでも良い相手なら調整も簡単だが、今夜の相手は今後の王室の在り方を見直すにあたって重要人物だった。


(私は急ぎ過ぎているだろうか)


 ここ1年で随分と多くのことを手掛けてきた。ルカが公務に携わるようになった数年間を凝縮したような、そんな日々。けれど、何一つ後悔はなかった。


(早くミシェルに会いたい)


 前はもう少しだけ、ゆとりのある仕事の仕方をしていたように思う。というのも、それまではまだ自分の目指すべき国の在り方が見えていなかったからだ。

 本当ならばもっと父である王と、それらを共有するべきなのだろう。けれど、何時からか、二人の間には大きな溝が生まれていた。

 お互いはれ物に触れるように、必要以上に接触しようとはしない。食事すら一緒に摂ることは無ければ、仕事でも滅多なことでは会わない。


(だからこそ、あの時……父上がミシェルと会いたいと言った時は意外だった)


 もう1年近く前、ルナリザーへの会談に発つ前に王から呼び出されたとき、ルカは随分驚いた。王室専属魔女を公募すると言い出したときもそうだ。ルカは手紙でその旨を知らされたのだが、王の意図が分からずに、随分ヤキモキしたものだ。


(けれど、そのおかげでミシェルと出会えた)


 もしも王の思い付きが無ければ、もしもあの時、ミシェルがまだ森に居たなら――二人は出会うことすらなかっただろう。ほんの少し、何かが小さくズレるだけで、人の運命など大きく変わってしまう。


(父上には感謝しなければ)


 今後は少しずつ、開いてしまった父子の溝を埋める努力をしていきたい。そんな風にルカは思う。


「遅くなってすまない、ミシェル」


 ルカはそう言って、広間へと続くドアを開けた。


「ルカ様!」


 鈴のような音色で呼ばれる自身の名前。それと同時に飛び込んでくる光景はあまりにも美しく神々しい。

 白いレースのあしらわれた裾の長いワンピースに綺麗に纏め上げられた金色の髪の毛。その姿はまるでウエディングドレスを着た花嫁のようだ。


(今でこれなら、本番は堪えきれるだろうか)


 まるでバージンロードの先に立つ新郎のような気分で、ルカは目を細めた。


「ちょっと~~!私たちもいるんですけど」


 そう言ってミシェルを抱き寄せたのはアリソンだった。ニヤリと歯を見せて笑う幼馴染にルカは顔を顰めた。トネールを抱えたディーナも隣で苦笑を浮かべながらこちらを見ている。


「こらこら、王子に向かってまたそんな口を……」


 振り返ると、アランが眉間に皺を寄せながら腕組みをしていた。その表情は一見呆れているように見える。けれど最近、ルカはその背後にアリソンに対する歪んだ愛情を見て取れるようになっていた。


「そんなの今更っ、私たちの仲でしょう?それに、声掛けなかったらルカの奴、いつまでもミシェルしか見えてなかったわよ、きっと」


 アリソンはまるで見せびらかすようにミシェルをギュっと抱きしめて見せる。浴びせられた言葉よりも、そちらの事実の方が余程気に障った。

 ルカは部屋の中ほどまで進み、アリソンからミシェルを奪い取ると、すっぽりと腕の中に収める。


(実際、アリソンの言う通り、声を掛けられなかったら二人の存在に気づかなかったかもしれないな)


 心の中で小さく笑いながら、ルカはミシェルの髪に顔を埋めた。


「さぁ、予定より遅くなってしまったのです。早く始めましょう」


 そう口にしたのはクリスだった。こんなにも可憐なミシェルの姿に反応しないのは意外だが、最近はようやく気持ちが落ち着いてきたのだろうか。場を仕切るように手を叩いた。

 すると、マロンを初めとした侍女が現れ、美味しそうな湯気の立つ豪華な料理をテーブルへと並べ始める。生まれてからこの方、殆どの食事をコース形式で用意されるルカには大皿料理を目にするなど、殆ど経験のないことだ。皆で食卓を囲みたいという、ミシェルたっての希望だった。

 それと並行して、ルカがミシェルを席へエスコートする。この部屋に集まった他のメンバー、アリソンにディーナ、アランとクリスも同様に自身の席へと移動した。

 全員が席に着くのを見計らって、予め用意されていたグラスに飲み物が注がれる。フツフツと湧き上がるキラキラした泡が美しく、ミシェルがうっとりと眺めていた。


「それでは改めて。ミシェル、15歳のお誕生日、おめでとう」


 ルカが口にするとともに、皆が笑みを浮かべ、盃を掲げた。


「ありがとうございます、皆さん」


 その瞬間、ミシェルの笑顔が弾けた。



『誕生日プレゼント、何が欲しい?』


 それはアーサーがミシェルに会いに来た日、ルカが尋ねたことだ。当然事前にミシェルの誕生日は把握していたし、プレゼントだって自分で用意している。

 けれど、アーサーに会った時のミシェルの笑顔を見た時、何となくそれ以上に必要なものがあるのではないか、そんな風に感じたのだ。


『……もしもワガママを言えるならば、ルカ様と皆――――クリスやディーナ、アリソンやアランと一緒に過ごしたい、です』


 どこか儚げな、普段よりも小さな声でミシェルは言った。

 もしかすると、ルカに反対されると思ったのだろうか。二人きりで過ごしたい、と。

 けれど、ルカにとってはミシェルの願いの方が大事だった。その場で快諾し、すぐに当日の采配に当たった。


(喜んでもらえて良かった)


 あの日とは異なり、今のミシェルは何の憂いもなく、楽しそうに笑っているように見える。ルカは胸を撫でおろしながら、そっと目を細めた。



「今夜は、ありがとうございました」


 先程までの賑やかさとは一転、王都の喧騒も城の住人たちの息遣いすらも聴こえないルカの部屋で、ミシェルがペコリと頭を下げた。

 最近ディーナに預けられることの多いトネールは、今夜は既に眠っていて、ルカの部屋のソファで眠っている。


「良い誕生日になっただろうか?」


 ルカはミシェルを力強く抱き締めながら、耳元に唇を寄せる。ふわりと漂うミシェルの香りはあまりにも甘やかでルカを惑わせる。

 ミシェルは揺れる瞳でルカを見上げながら、唇を震わせていたが、やがてニコリと微笑むと、ポスッと音を立てて顔を埋めた。


「はい!生まれて一番、素敵な誕生日でした!大好きな人たちに囲まれて、いっぱいいっぱいおめでとうって言ってもらえて。こんなに、生まれてきてよかったって思えたのは初めてです」


 顔が見えないのがもどかしい。優しくミシェルの頭を撫でながら、ルカがそっと顎を掬い上げる。けれどミシェルは、小さく首を横に振ると、ルカを力強く抱きしめた。


(ミシェル?)


 泣いているのだろうか。ほんの少しだけルカの胸元が湿っていた。


「ミシェルの父上と母上には感謝しなければいけないな。二人がいなければ、ミシェルには出会えなかった。産んでくれて――――ミシェルが生まれてきてくれて、私は本当に嬉しい」

「ルカ、様……」


 両手で顔を上向けると、ミシェルの大きな瞳一杯に涙が溜まっていた。

 これまで何度も、ミシェルの泣き顔を見てきた。音は強いのに脆いところがある娘だ。そんな風にして感情を吐露するところも、全てが愛おしいと思っていた。

 けれど、こんなにも悲し気な、今にも叫びだしそうな顔は見たことが無かった。


「ミシェル?」


 どうした?と続くはずの唇はそっと、ミシェルから塞がれた。彼女から口づけをされるのは初めてのことで、ルカは戸惑う。涙に泣きぬれた唇は塩辛く、けれど愛おしい。

 ルカはミシェルを抱き締めながら、そっと涙を拭った。けれどそれは、止め処なく流れ落ち、ミシェルの頬とルカの指を濡らす。

 ミシェルはまるで、ルカを求めるかのように強く、何度も唇を吸った。


(頭がクラクラする)


 心臓が穏やかに、けれども激しく鼓動を刻む。

 可愛くて、何よりも大切で。温かくてずっと触れていたくて。息も忘れるほどに、ひたすら愛する。


「ルカ様、好きです。大好きです。ずっと、ずっと」


 大粒の涙が月の光に照らされて、キラキラと光っている。ルカを抱き締めるミシェルの腕は震えていて弱弱しい。けれど言葉だけは、あまりにも力強く、凛としていた。

 まるで言霊、呪文を唱えるかのように何度も何度も、ミシェルが繰り返しルカへの愛を口にする。愛する人から贈られた、初めての愛の言葉だ。

 それがあまりにも嬉しくて。ずっと聴いていたくて。全身で愛情を伝えながら、何度も何度もミシェルを抱き締め、笑う。

 愛している。そう伝え、小さな身体を力いっぱい抱き締め、幸せな気持ちで眠る。

 けれど次の朝――――ルカの隣にミシェルはいなかった。

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