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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道
56/98

意地っ張りな魔女の本心

 コンコンコン、と音を立てて戸を叩く。

 もしかすると友人たちのところに出掛けているかもしれない。そんなことを考えていたが、杞憂だった。ガチャリと音を立てて鍵が開く。いつもは魔法で開けているようだが、来訪者が誰か分かったのだろう。おのずから出迎えてくれた。


「ルカ様」

「うん……入っても良いか?」


 ルカが尋ねると、ミシェルはコクリと頷く。どことなくだが、いつもより元気がない。


(やはりあの男のせいか)


 先刻の忌々しいやり取りを思い出しながら、ルカはミシェルの後に続いた。侍女のマロンは既に下がっているらしく、部屋にはトネールしかいない。


「今日はルカ様は忙しいとお聞きしてました。クリスも打ち合わせの途中で急用があると、騎士の方に呼ばれて行ってしまいましたし」


 茶の用意をしてくれながら、ミシェルが言う。

 クリスの急用とは、当然例の男の処分に掛かることだ。いくら不敬罪が公に認められているとはいえ、要人一人を処分するということは国の存亡にかかわる大ごとだ。きちんと手順を踏み、然るべき対応を行わなければならない。


(長期戦になるが、初動は大事だ)


 アラン一人の手にそれらを委ねるわけにはいかなかった。


「すまなかった。私の用事でクリスを呼び立てて。本当だったら、今日は一日ミシェルと打ち合わせの予定だったのに」

「いえ、私は良いのです。ルカ様に何かあったのではないか……そう心配しておりました。無事な姿を拝見できて、良かったです」


 ミシェルはそう言って、ルカの前にティーカップを置く。ふわりと漂う優しい香りに唇が綻んだ。


「私は平気だよ。ミシェルは……大丈夫か?」


 あの男がミシェルに何を言ったのか、クリスに尋ねるだけの時間はなかった。見る限り怪我等させられている様子はないが、やはりいつもより元気はなかった。

 ミシェルはハッとしたように顔を上げると、困ったように笑いながらトネールを撫でた。


「はい。ただ、偉い方が執務室に聞き耳を立てていただけなのです」

「……そうか」


 ルカはミシェルを見つめながら目を細める。


「実はね、ミシェル……」

「あのっ、私のことはお気になさらないでください」

「………え?」


 唐突に言葉を遮られ、ルカは目を丸くする。これまでには無かったことだ。

 見ると、ミシェルはそっとルカから顔を背けている。辛うじて見える頬は紅く染まっていた。


「ルカ様に縁談が……私よりも相応しい方と結婚のお話があると、クリスから聞いています。ずっと以前からお話があってたって。これ以上断り続けるのは、そろそろ難しいだろうって。――国のためにも貴族と王族の結びつきを強くするのは大事だって、私にも理解できます」

「ミシェル……」

「ですから、私は2番目でも3番目でも!状況が整ったその時に、ルカ様の奥さんの一人にしていただけたら、それで良いのです。いいえ……奥さんじゃなくても。ルカ様の側に居られたら、それだけで幸せですから。だから」


 心の中で、自分自身に舌打ちをする。

 ちっとも、大丈夫じゃなかった。

 ルカは立ち上がり、ミシェルを抱き寄せる。小さな身体が小刻みに震えていた。宥めるように強く、優しく抱き寄せると、ルカの胸元がじわりと温かくなった。

 こんなことならば、もっと早くに手を打つべきだった。ミシェルに想いを打ち明ける前にあの男と話を付ければ良かった。クリスやアリソン達に、余計な話を伝えないようにとくぎを刺しておけばよかった。ミシェル自身にもっと、これからの二人について話をすればよかった――――。色んな後悔がルカの胸に押し寄せる。


(けれど)


 自身の想いが揺ぎ無いことも、どれほどミシェルを想っているかも、ルカは伝えてきたつもりだった。


(伝わっていなかったのだろうか?)


 その疑念が、他のどの後悔よりも、大きくルカを苦しめる。

 そっと上向かせると、ミシェルの美しい紫色の瞳には涙が溜まり、眉を苦し気に顰めていた。ギザギザに引き結んだ唇は嗚咽を堪えているらしい。

 ルカは困ったように笑いながら、涙に濡れた唇を優しく塞ぐ。


(すべて、私に吐き出してほしい)


 不安も、悲しみも、思っていること全てをルカにぶつけてほしい。そんな想いを込めて、ルカは何度も何度も唇を重ねる。

 酸素を求めてミシェルの口が大きく開く。優しく、激しく。与えるように、奪うように口づけながら、ルカはミシェルを抱き締めた。

 先ほどまで眠っていたらしいトネールが、咎めるような表情で足元からルカを見上げている。けれど、そんなことはどうでも良かった。


「ルカ、様……」

「うん」


 どれぐらいそうしていただろう。ルカがミシェルの目尻に残った涙を拭ってやる。擽ったそうに目を瞑ったミシェルはあまりに可愛い。ルカは思わずもう一度唇を重ねた。


「あの……」

「私はね、ミシェル。生涯、ミシェル以外を妻にするつもりはないよ」


 ミシェルの瞳をまっすぐに見つめながら、ルカは言った。


「でっ、でも!」

「もう、随分前に決心したことだよ。これから先、何があっても、私はミシェル以外を妻にするつもりはない」


 揺れ動く紫色の瞳は、まるでミシェルの心を表しているようで。ルカは額を重ねながら、ミシェルをギュっと抱き寄せた。


「国のことを考えて、というならば父――王だって母亡きあとに独身を貫くべきではなかったはずだ。けれど、再婚を良しとしなかったのはきっと……父は王族という存在そのものに、思う所があるのだと思う。それは私も同じだ」


 幼いころから誰にも打ち明けたことのなかった心の内を言葉にするのは、中々に困難を伴う。けれど、その相手がミシェルであることがルカは嬉しかった。彼の理想、人生を掛けての目標を伝えるには時間が掛かるだろう。それでも。


(ミシェルならばきっと、受け止めてくれる)


 そんな確信がルカを強くした。


「それに、ミシェルは良いの?」

「……え?」


 けれど、当然それだけが理由じゃない。もっともっと重要なことをミシェルには理解してもらう必要があった。


「他に妃を持つということは、私がミシェル以外に触れるということなんだよ?」


 真剣な表情でミシェルを見つめながら、ルカは深呼吸をした。ミシェルは眉間に皺を寄せながら、ルカをそっと見上げる。


「こうして抱きしめることも、口づけることも、抱くことも――――ミシェルは私が他の女にして良いと思ってるの?」

「そ、れは……だって、ルカ様はたくさんの方に愛されていて、ルカ様に愛されたい方はたくさんいらっしゃって――――ルカ様はどなたに触れることも許されていて、それなのに私がそれを嫌だなんて……」


 ルカは困ったように笑いながら、ミシェルの頭を撫でた。

 素直なようで案外意地っ張りなミシェルのことだ。本当はどんな答えが返ってくるか分かっていた。現に身体は小刻みに震えているし、折角おさまっていたはずの涙が目尻に浮かび上がってきている。


「もしも……ミシェルが他の男に触れられたら、私は嫌だよ。嫌だし、絶対に許さない。職権乱用だと言われても何でも、その男を断罪して、それからミシェルを他の誰にも見えないところに隠す。もう二度と私以外が触れられないようにする」


 顔を見せないように頬擦りをしながら、ルカはそっと漏らした。

 本気だった。恐らくミシェルが今のルカを見たら身が竦むかもしれない。そんな顔をしていた。


「それに、ミシェル以外の女に触れるなんて、私が嫌だ。絶対に、頼まれたってごめんだよ。それなのに、ミシェルは本当に良いの?良いと思っているの?」


 ミシェルの中に、身分という大きな壁があることは分かっている。けれど、そんなものは取り払って欲しかった。本心を聞かせてほしい。祈るような気持ちのまま、ルカはミシェルを抱き締める。


「良いのでしょうか?」


 ポツリ。辛うじて聞こえるほどの声で、ミシェルが漏らす。


「うん?」


 ルカはミシェルを撫でてやりながら、そっと先を促した。しばらく迷っているようだったが、ミシェルは意を決したように声を絞り出す。


「嫌って言っても……ルカ様が他の方に触れてほしくない。私以外に妻を持ってほしくないなんて――――そんなワガママを言っても、許していただけますか?」


 ルカは目を細めながら笑うと、何度も何度も頷いた。肩口が温かい液体で湿っている。溢れ出す愛しさに胸を震わせながら、ルカはミシェルと向かい合う。

 小さな小さなミシェルの私室。そこから見える星空は、いつもの数分の一の大きさだ。けれどそれは、あまりにも美しく愛おしい。


(愛してるよ、ミシェル)


 心の中でそう呟きながら、ルカはそっとミシェルに口づけたのだった。

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