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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道
55/98

まるで魔法にでも掛かったかのように

(まったく、不愉快なことだ)


 ルカは眉間に深い皺を刻みながら、大きなため息を吐いた。

 ミシェルとの仕事を言いつけているクリスだけでなく、本来ならば今、自身の側にいるはずのアランもいない。目の前にいる大嫌いな男に、人払いを強いられたからだ。

 本来ならばルカの方が身分が上であり、この男の言うことを聞く必要など全くない。


(しかし)


 忌々しいことではあるが、ルカもこの男に用事があった。


「いかがですかな?我が自慢の娘の肖像は」


 男はうすら寒い笑みを浮かべ、揉み手をしながらルカへと近づいてくる。纏わりつくように香るオーデコロンの匂いが鬱陶しい。ルカは腕で鼻を覆いながら、蠅を追い払うかのように目を細めた。


「……前にも言ったはずだ。おまえの娘に興味はない」


 一流の画家に描かせたのであろう絵姿を机に投げ捨てて、ルカはため息を吐いた。娘に罪がないことは分かっている。けれど、親である目の前の男の欲としつこさには相当辟易していた。


「なぁんてことを仰るのです?ルカ様……あなた様のためにわざわざ作った娘でございますよ?」


 そんなことを猫なで声で言いながら、男が笑う。


(気色が悪い)


 剥き出しになった歯茎が、ニヤニヤと細められた瞳が、明け透けな本心が。この男の全てがルカには受け入れがたかった。


「それはそれは。骨折り損のくたびれ儲けだったな」


 ルカはクッと喉を鳴らして笑いながら、侮蔑の瞳を男へ向けた。

 この男には三十代前半の息子が三人、それとは別にルカよりも一歳ほど年下の娘が一人いる。既に子を産めなくなっていた本妻とは別の女――妾に産ませた子だという。このことをきっかけに、男と本妻との仲は冷え切ったらしいが、それは自業自得と言うものだ。少なくともルカにはそうとしか思えなかった。


「いえいえ。それを言うなら私だけではございません。スペンサーの奴も私と同じでございましょう。内心腸が煮えくり返っているはずですよ」

「ふっ……ハハッ」


 今度こそルカは声を上げて笑った。不愉快で愉快だった。目尻に涙が浮かび上がる。


(本当に愚かな男だ)


 腹を抱えるルカを尻目に、男は顔を真っ赤に染めながら、眉間に皺を寄せた。


「なっ、何が可笑しいのです」

「あぁ、失礼。言っておくが、スペンサーにはお前のような野心はない。あの一族は忠実に、国のために尽くしてくれている。お前とは違うよ」

「違うわけがなかろう!あそこだって、家と同じように、ルカ様と似合いの年頃の娘をわざわざ作った!幼馴染になれるよう仕込みまでして!私よりもよっぽど欲深いでしょうに!」


 この国のナンバー2と話しているとは思えないほど不遜な態度で男は捲し立てる。

 本当は、外に控えているアランや騎士たちを呼んでしまえば、この男を追い出すことも断ずることも簡単だ。

 けれど、この男はこれでも軍のトップに君臨している。体制の整っていない今、いきなりこの男を追い出すことは国の混乱に繋がりかねない。それはルカの本意ではなかった。だから今は笑って許すフリをする。


(しかし、無知とはあまりに哀れだ)


 ルカはふぅ、と呼吸を整えてから、椅子から立ち上がった。


「お前が知らぬのも無理はないが、スペンサー家の長女――アリソンは既に私の腹心、アランと婚約しているんだぞ?」

「なっ、なんだと⁉」


 男はルカに襲い掛からん勢いで声を上げた。恐らくは部屋の外にも漏れ聞こえているのだろう。緊張感が執務室の外に漂うのをルカは感じていた。


「主君たる私の婚約話が進んでいないというのに、家臣の婚約発表はできないと、両家がここまでひた隠しにしてきたのだ。けれど、アランとアリソンの婚約は幼いころから決まっていたこと。両家は国の繁栄のために、家臣同士の結びつきを強化したいと心から望んでくれたのだ」


 ルカ自身も、つい先日アランから知らされた事実だ。打ち明けられた際は、もっと早くに話してほしかったような、申し訳ないような。何とも絶妙な気分にさせられたものだが、今となってはありがたい。


(少なくとも、この男にとっては大きな打撃となっている)


 そう思ってチラリと男に目を遣ると、まだ闘志が残っているらしい。メラメラと瞳を燃やしながら、ニヤリと口角を上げた。


「ぶ、ブックリンカーはどうなのだ!?あいつの息子だってあなた様より年下のはずだ!本当は娘を欲しがっていたに違いない!」


 男は勝ち誇ったように笑みを浮かべる。ルカは呆れたように笑いながら、男の正面に立った。


「アーサーと父は旧知の仲です。もしもクリスが女だったら、私との婚約話が出ていた可能性は否めません」

「そうだろう!それ見たことか!欲深いのは私だけではない!それなのに」

「けれど、アーサーはクリス以外に子を望みませんでした。あの男にも国を手にしようなどという野心はない。ただただ、父に尽くしてくれているだけだ。あなたが隣国や商人に擦り寄り、何事かを画策しているその時にも、御三家は王家のために働いてくれているのですよ」


 決してこの男は国のトップにも、そのすぐ下にもいるわけではない。ルカは暗にそう示す。

 クルリと身を翻し、ルカは執務室のドアを指さした。唇だけは弧を描き、瞳は冷たい。いい加減こんな茶番は終わらせたかった。


「これ以上は双方時間の無駄です。お帰りはあちらからどうぞ。もう二度と、私の時間を奪わないでいただきたい」


 ルカがそう口にすると同時に執務室の戸が開く。外には表面上は笑顔を取り繕った、彼の腹心たちが立ち並ぶ。

 男はクッと歯噛みしながら、けれど踏ん張るように足に力を込めた。まだ諦めていないらしい。


「あぁ、そういえば先ほど城で随分と貧相な魔女を見ましたよ。弱弱しくて大した華もない、どうとでもしてやれそうな娘でしたが」


 ピクリ。

 ルカが片眉を上げて、男を振り返る。望んだとおりの反応が返って来たことが嬉しくてたまらないのだろう。男はニヤリと口角を上げた。


「えぇ、えぇ!平民上がりのあんな娘、国民があなたの妃と認めるわけがございますまい。それに私の力を持ってすれば排除することは実に簡単でしょう!……しかし、そうですね。ルカ様が一言、私の娘との婚姻を承諾してくだされば、私は手を引きましょう。あの娘は側室の一人にでもなさればいい。国民も私も、そのぐらいは許しましょうぞ」


 ハハハ、と高笑いを上げた男をルカは許すことができなかった。剣を抜き、男の首筋に突きつけ、眉間に皺を寄せる。すかさず懐に手を伸ばす男を、駆け寄ったアランが取り押さえると、男は大きく舌打ちをした。未だことの重大性に気づいていないらしい。


「子どもだからと侮っていただいては困る。これでも私はこの国の王子でね」


 ルカは冷ややかな声で吐き捨てると、床に這いつくばった男を睨みつけた。


「あ……あぁ…………」


 つい先程まで、不遜でどこか余裕に満ちていた男の顔から見る見るうちに生気が抜けていく。

 どうせこの王子は自身を断罪することも、一族を追放することもできやしない。男はそうタカを括っていた。先程まではそのはずだった。ルカの表情からは男を許してくれるだけの余裕が窺えた。彼の婚約者になると噂された魔女の話題を出す、その時までは。


「まだお前に変わる人間を用意できていないし、制度も整えている最中ではある。けれど致し方ないな。これ以上は看過できそうにない」


 地べたを這う醜い男を見下ろすルカは、あまりにも美しかった。その紫の瞳に燃えるような怒りを宿して、ルカは笑う。アランはゾクゾクと背筋を震わせながら、配下の騎士たちに指示を出した。

 ルカも王も慈悲深い。命を取ることは無くとも、この男が再び日の目を見ることは無いだろう。男はガタガタと歯を鳴らしながら眉間に皺を寄せる。後悔してもしきれなかった。必死に詫びるその声は、ルカには届いていないらしい。

 まるで魔法にでも掛かったかのように、呆気なく男の命運は尽きた。

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