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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道
52/98

サリバンとの交渉

 次の朝、早速ルカはサリバンへミシェルの処遇を掛け合ってくれた。


「ルカ様、そうは仰いますけど――――」


 眼鏡をクイと上げながら、サリバンは眉間に皺を寄せる。ミシェルはソファに腰掛け、固唾を飲んでルカを見守っていた。


「ミシェルは元々、身の回りのことは全て自分でやっていたんだ。いきなり私や王に対するように侍女を付けては息苦しいだろう」


 そう言うルカも、侍女から上着を受け取ると、自分で羽織って着替えている。ボタンを留めようと追いすがる侍女を退けながら浮かべる冷たい視線は、ミシェルに対するものとは正反対だ。


「正直、私だって時に鬱陶しく思うぐらいだ。おまえだって、ある日急に他人に世話を焼かれたら困るだろう」


 ルカはミシェルの隣に腰掛けながら、そっとサリバンを見上げる。言葉に詰まったサリバンは、悔し気に下を向いた。


(マダム・サリバン……)


 研修の時の凛と自信に満ち溢れた様子に、就業後にミシェルと語らう活き活きした様子。普段とは正反対の萎れた様子のサリバンに、ミシェルの心は痛んだ。

 ルカの言う通り、サリバンは彼に婚約者ができることを本当に喜んでいたのだろう。そして、ミシェルを守り世話することや、立派な妃に仕立て上げることに大きな意味を見出していた。そう、彼女の表情が物語っていた。

 ミシェルがそっと、ルカの手を握る。すると、意図に気づいたのだろう。ルカは小さくため息を吐きながら、穏やかに笑った。


「とはいえ、全く何もないのでは私も心許ない」


 ミシェルの髪に口付けを落としながら、ルカは言う。サリバンは期待に満ちた瞳で振り向きながら、まじまじとルカを見つめた。


「侍女の人数は最低限で……そうだな。一人専任を付けて、あとは必要な時だけに留めてほしい。今のように入れ代わり立ち代わりやって来てはミシェルも心が休まらない。それから、おまえからの講義は週1回、就業時間中に設定しよう。そうすれば双方負担は減るし、より効率が良いだろう?」


 一応は尋ね口調で話しているものの、これ以上ルカは譲る気はないらしい。言葉には一切の迷いがなかった。


「――承知しました」


 サリバンは深々と頭を下げながら、困ったように笑った。満足気に微笑むルカに、ミシェルはそっと顔を上げる。


「あの、私に付けていただく侍女の方なのですが」


 ミシェルが切り出すと、ルカとサリバンが身を乗り出す。昨夜ルカと二人で、ミシェルの今後の処遇について話をしている際にも、そこまで細かい話はしていなかったため、興味があるのだろう。


「誰かお気に召すものがおりましたか?」


 メモ帳を片手にサリバンが尋ねる。ミシェルはコクリと頷くと、スクッと立ち上がった。


「はい!マロンを私の選任にしていただきたいのです」


 そう言ってミシェルは、目の前で朝食の準備に勤しむマロンをギュっと抱き寄せた。


「……!」

「マロンを……で、ございますか?」

「はい!是非!」


 目を丸くするルカとサリバンに、ミシェルは満面の笑みを浮かべる。当のマロンは感情の読み取れない表情のまま、真っすぐに前を見つめていた。

 マロンというのは、未だ齢十歳の侍女見習いだ。元々は彼女の母親が侍女として城で働いていたのだが、三年前に病で亡くなってしまった。

 他に身寄りのない彼女は、本来ならば孤児院に送られるはずだったのだが、ルカの父親――王の進言で、侍女見習いとして働きながら、今も城に留まっている。


「ですがミシェル様、マロンは、その」

「私はマロンが良いのです。マロンは侍女としてのキャリアも長く、不足はありません。それに、先程ルカ様が仰っていただいたように、もしも手が必要な時には他の方にもお手伝いしていただきます。ですから、どうかお願いします」


 ミシェルの瞳は真剣そのもので。ルカがくくっ、と喉を鳴らしながら腰を上げた。


「私からも頼む。ミシェルの希望はできる限り汲んでほしい。大事な大事な私の花嫁なんだ」


 ルカはそう言ってミシェルを手招きすると、ぎゅっと抱き寄せた。ミシェルから解放されたマロンは、小首を傾げると、そのままパタパタと仕事に戻っていく。

 サリバンは大きなため息を吐きながら、マロンの去って行った方を見つめた。


「お二人がそう仰るのであれば、当面はそのように致しましょう。ですが、もしも私が必要だと判断した場合は、別のものに変更するか、追加で侍女をお付けしますので、そのつもりで」

「はい、それで構いません」


 ミシェルはコクコク頷きながら、ニコリと笑った。


「ところでサリバン。私の方も侍女を減らしてほしいのだが」


 ふと思い出したようにルカが切り出す。サリバンはブンブン首を横に振ると、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「ルカ様の場合はどうせ、放っておいても侍女は減っていきます。今年の新採が何時までもつことか……。それに、今や王族はあなたと王のお二人ですから、これ以上侍女を減らされては女の働き口が減ってしまいます。王家の体面を保つためにも、これまで通り人を入れさせていただきます」


 きっぱりとそう言い放つサリバンに、ミシェルの唇は自然綻ぶ。ルカに物事をハッキリ言える人間は限られているが、サリバンもそのうちの一人らしい。

 予め答えは予想がついていたのだろう。ルカは小さく笑いながら、「分かってるよ」と口にした。


「まぁ、今年は例年よりも新人侍女たちのアプローチが熱いのは確かでしょうけどね。何せ、自分たちの同期が婚約者候補になっているのですから」


 サリバンはそう言って、悪戯っぽく笑う。


(なっ……!)


 普段は真面目一辺倒のサリバンの意外な一面に、ミシェルは目を丸くする。

 ルカは困ったように頭を掻きながら、ミシェルを抱きしめなおした。


「まったく迷惑なことだ。私はミシェル以外に興味はないというのに……サリバン、おまえの教育がぬるいんじゃないのか?」

「いいえ。そもそも毎年のことですから、どうしようも有りませんわ。まぁ、こうして毎朝、ミシェル様への溺愛ぶりでもお見せになっていれば、その内諦めるでしょう」

「ははっ。そういうことだ」


 ニヤリと口角を上げて、ルカがそっと視線を上げる。すると、朝食の準備に勤しむ振りをしていた新人侍女たちが、恥ずかしそうに顔を背けながら、パタパタと足早にその場を後にしていく。


(い、居たたまれません……)


 本来ならば羞恥プレイと呼ぶべき状況のように思えるが、寧ろこれが王族の普通なのだろうか。湯気が出そうな程頬を紅く染めながら、ミシェルはルカに体重を預けた。

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