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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道
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Be prepared

 それから半刻ほど経った後、ルカは侍女たちを部屋へ招き入れた。


「私、部屋に戻ります」


 そう訴えるミシェルをベッドに押しとどめ、ルカは侍女たちに着替えを持ってこさせる。


「ミシェルへ贈ろうと思って、そのままになっていた服があるから」


 先に着替えを済ませながら、ルカはそう言って笑う。


(そっ、そういうことではなく~~~~~~)


 侍女たちは皆、落ち着き払った表情でベッドサイドに控えている。辛うじて下着は身に着けているものの、ミシェルとしては恥ずかしくてたまらない。


「あの、自分で着替えられますから」

「そういうわけには参りません。私たちの仕事ですから」


 見覚えのない侍女がそう言って、じっとミシェルを見つめる。どうにも説得は難しそうな様子だ。ミシェルは諦めて、渋々ベッドから這い出した。


「失礼いたします」


 途端に数人の侍女がミシェルを取り囲み、身なりを整えていく。研修を共にしたメンバーがここに居ないのが不幸中の幸いだった。


(皆さんは慣れているのかもしれませんが……)


 これまでもルカが誰かと朝を迎える度、侍女たちはこうして相手の世話をしていたのかもしれない。今朝のことも、ルカから事前に話を聞いていたのだろう。

 けれどミシェルにとっては、誰かと朝を迎えるのも初めてな上、着替えを手伝ってもらうのだって初めての経験だった。


「思った通り、よく似合ってるな」


 ルカはそんなミシェルの様子を、満足そうに見つめている。


(毎回こんな調子じゃ、さすがに困りますね)


 思わず視線を逸らしながら、ミシェルは唇を尖らせた。

 次がいつ来るかは分からない。けれど、ミシェルは心の中でため息を漏らした。

 着替えや身支度が終わると、侍女たちはそのまま朝食の準備へと取り掛かる。


「では、そろそろ」


 ミシェルはそう言って、ルカに向かって深々と頭を下げる。

 昨夜ディーナに預けたままの、トネールのことが心配だった。手厚く世話は受けているだろうが、寂しがっているかもしれない。

 けれど、ルカはミシェルの手を引くと、ギュッと抱きすくめた。


「朝食ぐらい付き合ってくれても良いだろう?」


 甘えるようにルカが囁く。ミシェルの心臓が大きく跳ねた。


(ルカ様、普段とのギャップが……!しかし、どうして色っぽく感じるのでしょう)


 いつも自信に満ち溢れ、完全無欠の王子である普段のルカからは想像に難いセリフだ。けれどそれは、一部の人間にしか見せることのない、ルカの本質なのだろう。心を許してくれること、他の人の知らないルカに出会えることは、素直に嬉しいと思う。

 とはいえ、まるで愛を囁くかのような声音は、ようやく落ち着きを取り戻したばかりの心臓に毒だ。

 幸い今、侍女たちは外していて、部屋には二人きりだった。ミシェルはほっと胸を撫でおろす。


「でも私、トネールを迎えに行かないと」


 その場を動けぬままにミシェルがそう漏らすと、ルカは更に拘束を強めた。


「トネールのことは迎えに行かせるから。……私も久しぶりの休みなんだ。本当は朝食だけと言わず、ずっと側にいてほしい」


 背中越しに伝わるルカの心臓の音は、とても速い。ミシェルのそれとシンクロして、身体中に心地よく響き渡っている。


(良いのでしょうか)


 本当はミシェルだってルカの側にいたい。それを他人がどう思うのか、そもそも許されることなのか。それはミシェルには分からない。


(でも)


 誰かがどう思うかよりも、ルカの気持ちが大事だった。


「はい、ルカ様」


 自身を抱くルカの腕を抱き締めながら、ミシェルは目を細めた。頭上でルカが幸せそうに笑うのがわかった。



「これからしばらく、忙しくなるな」


 優雅に食事をしながら、ルカが言う。

 二人が一緒に食卓を囲むのは数回目だが、毎回惚れ惚れするほど美しく食事を摂るルカに、ミシェルは緊張しっぱなしだ。クリス達に習いながら、少しずつ食事マナーを学んではいるものの、いつ大きな粗相をやらかすのではないかと、気が気ではない。


(ルカ様はそんなこと、気になさらないかもしれませんが)


 ミシェルの隣では、侍女に連れてこられたトネールが、いと優雅にミルクを飲んでいる。けれどそれでも、侍女たちが瞳を光らせているのがわかった。


(私の行動が、ルカ様の悪評に繋がりかねませんものね)


 たとえ正妃でないにしても、ルカと関係を持ったことがあるというだけで、これから人のミシェルを見る目は変わる。アリソンが事前にそう教えてくれていた。


(頑張らなくては)


 キリリと気を引き締めながら、ミシェルはルカに向き直った。


「そうですね……。研修の間止まっていたお仕事や、魔女の実態調査、他にも色々頑張らないと。なんて、私なんかよりずっと、ルカ様の方がお忙しいのですけど」


 ルカは一瞬キョトンと瞳を丸くしたが、すぐにクスクスと声を上げて笑い出した。


(へ?私、何か変なことを言ったのでしょうか……?)


 思わぬことに愕然としながら、ミシェルがフォークを取り落とす。すると、ルカはハッとしたように口を隠しながら、穏やかな笑みを浮かべた。


「笑ったりしてすまなかった。あまりにもミシェルが可愛いから」


 そう言ってルカはそっと目を拭う。ミシェルと、側に控えていた侍女たちの頬がパッと紅く染まった。


「確かに仕事の方も忙しくなるんだが、そうじゃなくて。……ミシェルとの結婚に向けて、色々と用意することがあるなぁと思ったんだ」


 ミシェルの心臓はまた、大きく跳ねた。左手の薬指に光る指輪が存在感を増す。『結婚』と、そうルカに言葉にされるのは初めてで、どう反応すべきか分からない。


「……っと、用意とは?」


 本当はもっと、他に聞きようがあるのだろう。けれど、今のミシェルにはこれが精いっぱいだ。


(だって、『結婚』なんて言葉にするの、恐れ多くて)


 侍女が持ってきた代わりのカトラリーを受け取りながら、ミシェルはそっと俯いた。


「うん。式の時期や衣装、ブーケや小物、参列者やブライズメイド……選ばなければいけないものが沢山あるし、その前に父や重鎮たちへの根回しをしなければならない」


 昨日ルカの言っていた、『裁可』というのが根回しに当たる部分なのだろう。よくは分からないものの、ミシェルはコクリと小さく頷く。ルカは満足げに微笑みながら、話を続けた。


「王族の結婚は国家行事だ。私のほかに王族は父しかいないし、数十年ぶりの式。きっと大掛かりなものになるだろう。ミシェルには色々と負担を掛けることになると思う」


 申し訳なさそうなルカの物言いに、ミシェルは首を横に振った。


(負担ではありませんが……本当に私で良いのでしょうか?)


 妃を迎えるにあたって、ミシェルが最初の一人で良いのかは大きな疑問だ。数十年ぶりのおめでたい場になるならば、相手もそれ相応の大物の方が良いに決まっている。ミシェルでは、力不足だろう。


「だけど」

「だけど?」


 ミシェルが首を傾げると、ルカは小さく笑いながらウットリと目を細めた。


「だけど私は……楽しみで仕方がないんだ」


 そう言ってルカは、あまりにも幸せそうに笑う。ミシェルは言葉を失いながら、思わず頬を両手で覆った。


(そ、そんな風に言われてしまったら)


 最早ミシェルには、コクコクと頷くしか道はない。ルカは満足げにミシェルを見つめていた。

 普段よりも数段豪華な朝食が、殆ど手つかずのまま皿に残っている。


(で、でも)


 ミシェルは胸がいっぱいで、これ以上口にできる気がしなかった。

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