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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
森を出た魔女、王都に生きる
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You Are My…

 それは静かな夜だった。星の瞬きさえも自然と聴こえてくるような、静かで神秘的な夜だ。


(いや、違うな)


 ルカは思わず小さく笑った。

 先程から聞こえる不規則な音は、彼自身の心臓から鳴るものだ。柄にもなく緊張しているらしい。

 これまでのルカは、どんなことにも物怖じしなかった。

 初めて馬に乗った時も。12歳で初めての公務に挑んだ時も。大臣や他国の要人との対談の場でも。ルカは緊張や恐怖といったものを抱いたことは無かった。大抵のことは上手くいったし、面白みが全くない。自分の進むべき道を迷うということも無かった。


『ルカはどれが欲しい?』


 幼いある日、王である父がルカに尋ねたことがあった。それは菓子だったか、おもちゃの類だったのか。色や形や印象含め、ルカは思い出すことができない。けれど、やり取りだけは妙に頭に残っていた。


『どれを選んでもいいよ。好きなものを選んでごらん』


 父はそう言って、ルカに優しく微笑んだ。

 けれどルカは首を横に振った。


『いらない』


 父だけでなく、周りの大人が皆首を傾げる。


『興味がないし……、選ばれなかったものを作った人がかわいそうでしょう?」


 幼いルカはそう言った。こう言っておけば大人は感心するか、それ以上に無理強いしないことを知っていたからだ。

 けれど、父だけは違った。


『もう少し時間を上げるから、選んでみたらどうだい?』


 どうして父がそんなことを言うのか、当時のルカには理解ができなかった。

 けれどその後、ルカは気づいた。王子である彼には、自分自身で何かを選択するという機会が極端に少ないのだ。

 着るものも食べるものも、交友関係も仕事すらも。何もかもが予め与えられ、不自由することがない。それは満ち足りているようで、とても空虚な毎日だった。

 人並に何かを楽しみたいと思うのに、それすらもままならない日々。自身には感情が欠落しているのではないか。そんなことすら考えた。

 そんな時に現れたのがミシェルだった。

 ルカにとってミシェルは真逆の存在だ。悩んだり迷ったり、すぐに何かを決めることはないし、元々感情豊かなのに、それを抑圧されたような、そんな片鱗が残っている。

 けれど、今ミシェルが手にしているものは全て、彼女自身が選び取ったものだ。

 生き方も、仕事も、何から何まで。ミシェルは過去や今の自分と向き合い、周りの手を借りて色んな道を模索していく。ルカの欠けた部分を全て持っている存在。そんな風に見えた。

 けれど、ミシェルと触れ合っていく中で、ルカは気づいた。

 欠落しているかのように思えていた何かはずっと、ルカ自身の中にあったのだ。見えないように、気づかないで済むように。偽りの強さと、それを本物に見せる能力を盾に、それらを自身という影に隠していた。


(一国の王子としては、元の自分の方が正しい在り方なのかもしれない)


 迷いなく誰かを導いていく。それは人の上に立つものとして、必要な能力だ。

 けれど、ルカは今の自分が好きだった。

 自分だけではない、誰かの言葉を頼りに生きていく。それはとても温かく心強い。一人では見えなかった別の道も見えてくる、そんな余裕すら得られるほどに。

 その時、ルカの部屋のドアが鳴った。コンコンコン、と遠慮がちなその音に、思わず笑みが漏れる。

 ルカは自らドアを開けると、来訪者を出迎えた。


「あっ、あの……遅くなってすみません」


 ミシェルはそう言ってはにかむ様に笑う。ほんのり紅い頬も、躊躇いがちに逸らされた瞳も、緊張に揺れる華奢な身体も、全てが可愛らしく愛おしい。すぐにでも抱きしめたい衝動を抑えながら、ルカは視線をミシェルの後ろへとやる。すると、視線に気づいたのだろう。ペコリ、と茶色の髪が揺れた。


(クリス……)


 ルカの私室にミシェルが来るのは、今夜が初めてではない。だからクリスは今、道案内のためにミシェルに付き従っているわけではないのだろう。


「手間を掛けさせたな」

「いえ。私自身のためですから」


 ルカの言葉に、クリスは淡々と答える。


(クリス自身のため、か)


 困ったように笑いながら、ルカは小さく頭を下げた。

 ずっと前から慈しみ、守ってきた愛しい少女への想いにケジメをつけ、ルカへと託すために、クリスは今ここにいる。

 以前のルカならば、簡単に譲ることができただろう。寧ろ選ぶことすらしなかったはずだ。


(悪いな、クリス)


 他の何を譲ることができたとしても、ミシェルだけは譲ることができない。

 ルカはミシェルの手を握ると、改めてクリスに向き直った。


「クリス……」


 ミシェルが躊躇いがちに、幼馴染の名を呼ぶ。するとクリスは一瞬顔を伏せ、それから満面の笑みを浮かべた。


「ではルカ様、ミシェル……また明日」

「……!はい。おやすみなさい」


 これは終わりでも始まりでもない。クリスとの関係はこれからも、変わることなく続いていく。そんなことを感じながら、ミシェルとルカはクリスの後姿を見送った。



「綺麗な星空ですね」


 バルコニーに二人きり、身を寄せ合いながら、ミシェルが漏らす。


(ミシェルの方が、ずっと綺麗だ)


 頭に浮かぶのは小説にでも出てくるような、歯の浮きそうなセリフばかりだ。けれど、それが本心なのだからどうしようもない。気の利いた会話もできないまま、ルカはミシェルを後ろからぎゅっと抱きすくめていた。

 どんな風に、どんな言葉に変えれば、ミシェルにこの想いを伝えられるだろうか。この数か月、何度も何度も想い描き、夢に見た瞬間だ。けれど、いざとなったら、思うように体は動いてくれないもので。


(こうしているだけで……先ほど、頷いてくれただけで胸が一杯だと言ったら、人は私を笑うのだろうな)


 昼間のやり取りを思い返しながら、ルカは自虐的に笑う。

 新たな関係へ進む了承を得たとしても、まだルカの気持ちはきちんと伝えられていない。そのために研修最終日にわざわざミシェルを呼び出したのだ。

 腕に力を込めると、ミシェルはウットリと笑いながら、ルカに身体を預けた。


「私、王都に来る少し前……あの星をこの手にできたらなんて、そんな大それたことを考えたことがあるんです」


 ミシェルは懐かしそうに笑いながら、じっと自身の手のひらを見つめていた。


「そんな魔法、ないんですけどね。でも、もしもこの手の中に星があれば、勇気が出そうだなぁって」


 ルカはミシェルの話を黙って聞きながら、目を細めた。


(そうだな……ミシェル)


 この手の中には今、何よりも輝く、ルカだけの星があるのだ。

 ルカはミシェルと向かい合うと、額にそっと唇を寄せる。途端に頬を染めるミシェルの手をとり、そのまま跪いた。


「私には夜空に輝く星は贈れない。けれど――――」


 そう言ってルカは、重なり合った二人の手を開いて見せた。


「これをミシェルに。私の気持ちだ」


 ミシェルの手のひらの中には、朱とも橙とも金とも取れない絶妙な美しい色合いに光り輝く石があった。周りに散りばめられた白く小さな宝石が、放たれた光の粒子のようであり、ミシェルの心を奪う。


「……っ!まるで太陽みたい…………!綺麗」


 うっとりと瞳を輝かせながら、ミシェルは笑った。ルカは思わず目を細める。


(この笑顔を見たかったんだ)


 ミシェルはルカにとっての太陽だ。だから、その想いを形にしたかった。

 ルカは身を起こすと、ミシェルの手の中にある太陽をそっと手に取った。いつでも身に着けられるよう、指輪に設えられた宝石は、ルカの手によってミシェルの指にすっぽりと収まる。

 ルカが笑うと、ミシェルは瞳を潤ませ笑っていた。


「これ……私が戴いても良いのでしょうか」


 指輪を愛し気に見つめながらミシェルが尋ねる。ルカが頷くと、ミシェルの瞳から涙が零れた。


「嬉しい……嬉しいですっ。なんだか、ルカ様がいつでも一緒にいてくれるような、そんな気がして」


 ルカはミシェルを抱き寄せながら、頬を寄せる。これまでに感じたことのない幸福感。与えているようで与えられている。それはルカの心を温かく満たした。

 額に、頬に、瞼に唇を寄せながら、ルカは笑う。ミシェルは擽ったそうに身を捩りながら、ルカを抱き返すと、眩しそうに目を細めて笑った。


「ルカ様……私にとってルカ様は太陽なんです」

「……!」


 ミシェルの言葉に、ルカは言葉を失った。

 まるでルカの気持ちとシンクロするかのような、ミシェルの言葉。それはあまりにも意外で、そしてあまりにも嬉しかった。


「ルカ様がいつも、私に勇気をくださってるんです。私、ルカ様が――――」


 けれど、ミシェルの言葉は続かなかった。唇が重なり、吐息が色づく。まるで言葉を交わすように、甘やかに手のひらを重ね合わせ、身を寄せ合う。互いの知らぬ箇所等一つもないよう、僅かな隙間すらも埋めていくように、手を伸ばし、熱を分け合った。


(欲しい)


 それはルカが初めて得た感情――激情だった。身を焦がすような熱に突き動かされながら、ルカは目を瞑った。



よく考えると、次話から始まる1章分ぐらいは異世界恋愛話なので、ジャンル戻し…戻し……

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