研修最終日
翌日迎えた研修最終日。
この日は研修とは名ばかりで、研修生たちの配属先の発表や、慰労パーティーが催されることになっていた。
本当ならば、既に実務を行っているミシェルやクリス、ディーナは参加する必要が無い。けれど、クリスが頼み込んだ結果、三人は今日まで研修に残ることを許されたのだ。
「皆さん何だかソワソワしていますね」
アリソンを含め、研修生たちは皆、予め決められた席に並んで座っている。ミシェル達は会場の後方にある空いたスペースに三人、並んで立っていた。
「そりゃぁそうよ!どこに配属されるかって、今後を考えたら滅茶苦茶大事だもの」
ディーナはそう言って、穏やかに微笑みながら、研修生たちを見ていた。その眼差しはどこか羨望に満ちている。ミシェルが首を傾げると、ディーナはふふ、と小さく笑った。
「やりたいことは色々あるし、こうして女の私が政務官として働かせてもらってるだけで、奇跡みたいなことなんだけどさ……できたら私、最近できたばかりの福祉部局で働きたいなぁって思ってて」
ミシェルにだけ聞こえるような小声でディーナが漏らす。
(ディーナ……)
ディーナは今、総務部局で働いている。主にルカの指令を受けて動くことが多いようだが、人事に関することや試験の統括、内部の仕組みづくりや書類の整理等々、その仕事は実に多岐にわたっている。いわば城の何でも屋と呼ばれる部署らしい。
(私から見れば、ディーナは今でも十分活き活きと、能力を活かしてるように見えてましたが)
どうやらディーナには別に思う所があるらしい。ミシェルは黙ってディーナを見つめ返した。
「今、王都は平和よ。ルカさまや王様の配慮がしっかりと行き渡ってる。だけど地方では困ってる人とか、自分の力ではどうにも生きていけない人ってたくさんいるんだよね。……肌の色だけで偏見持たれて、仕事にも付けない、なんて人もいるし。だから、そういう人たちを助けられる仕組みが作りたいなぁって思うの。……もちろん、そもそもの国の仕組みを変えなきゃいけないし、今すぐには無理かもしれないんだけどね」
ディーナはそう言って、真っすぐに前を向く。その瞳はあまりにも美しく、輝いて見えた。
「ディーナなら絶対にできますよ」
まるで呪文を唱えるように口にしながら、ミシェルはディーナの手を握った。
(届けばいいな)
そう思うと、自然笑みが零れる。
「ありがとう」
ディーナはニコリと笑いながら、ミシェルの手を握り返した。
その時、静かだったホールが一気に色めき立った。何事かと目を凝らすと、ホールを颯爽と闊歩する美しい人影が見える。金の髪の毛に紫色の神秘的な瞳、美しい白いマントに身を包んだ、美しい男性だ。
「ルカ様だっ」
「ルカ様が御出ましに……」
ルカの顔を知っていたらしい研修生達の何人かが、ヒソヒソと声を上げる。
(ルカ様……)
胸に仕舞った手紙をギュゥと抱きしめながら、ミシェルがルカを見つめた。すると、視線に気づいたのだろうか。ルカはチラリとミシェルの方を振り返ると、花が綻ぶような艶やかな笑みを浮かべた。
ミシェルの頬はその途端、鮮やかな紅色へと染まっていく。けれどそれは、彼の流れ弾に当たった他の女性陣も同じなようで。
「チッ、罪作りな王子め」
隣でクリスが忌々し気にそう呟くのが聞こえた。
ルカはそのまま、ホールの中央へ向かって進んでいく。後ろにはアランが付き従っていた。
「ルカ様、どうしたのでしょうね?」
ミシェルが尋ねると、ディーナはそっと首を傾げた。
研修の講師陣と礼を交わしてから、ルカはホールの中央、研修生たちの前に躍り出た。先程まではヒソヒソと会話するだけの余裕があった研修生たちも、今はしんと静まり返り、ルカを見つめている。ミシェルも一緒になってゴクリと唾を呑んだ。
「皆、今日まで研修ご苦労だった。休みが明けてからは各々、新しい配属先で働いてもらうことになる。今日までの経験を活かして、頑張ってほしい」
ルカがそう言って研修生たちに微笑みかけた。侍女採用の女性たちだけでなく、騎士や政務官として採用された男性たちまでもがウットリとルカを見上げている。クリスだけがフンと鼻を鳴らしながら、『今頃来るなんていいとこどり』だとか、『捻りがない』などと小声で漏らしていた。
「ドルベル達から研修の様子については報告を受けていた。特に貴族制度の廃止についてという課題を出した時等、これまでの伝統や形にとらわれない自由な発想に驚いた」
クリスを宥めている内にも、ルカは言葉を続ける。
(……!アリソンと仲良くなったあの研修)
研修に顔を出さずとも、ルカは研修生たちを見守っていたらしい。思わぬことにミシェルとディーナが顔を見合わせて笑う。クリスは唇を尖らせながら、黙って主を見つめていた。
「これから私は、この国を変えていきたい。そのためには、これまでの伝統にとらわれない、君たちの働きがとても重要になる。私だけでは見えない何かを、君たちの手で示してほしい。それを伝えたくて、今日ここに来た」
ルカは会場にいる一人一人の顔を見ているようだった。つい先ほどまでは何処か浮ついた様子の残っていた研修生たちの顔つきが変わっていく。瞳はキラキラと輝きに満ちた希望と、野心に燃えていた。
(あの日の私と同じ……)
ミシェルは、自身が王室専属魔女として採用された日のことを思い出していた。初めて誰かの役に立ちたいと……強くなりたいと心から願った日だ。きっとディーナも同じなのだろう。目を瞑り、懐かしそうに微笑んでいた。
「それではこれから、君たちの配属先を発表します。名前を呼んだらルカ様の前へ出てください」
次いでドルベルからそんなアナウンスがなされた。
緊張した面持ちの研修生たちが次々に名を呼ばれていく。その一人一人に、ルカが一言を添えて、配属先の書かれた書状を渡していた。
希望通りの配属先に喜ぶもの、落胆の色を見せるもの、感情を表に見せないもの、反応は様々だ。
「ミシェル!次、アリソンの番よ」
ディーナがそっとミシェルに耳打ちをする。アリソンは緊張した面持ちでルカの前に立つと、目を瞑って深呼吸した。
「悪かったな……決めつけるようなことを言って」
ポツリとルカが漏らした。思わぬことにアリソンが顔を上げる。その表情はアリソンの知るルカとは違い、至極優しいものだった。
「おまえが本当に国のことを思って志願したこと、よくわかった。これからも頑張ってほしい」
「ルカ…………」
アリソンの瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。
(アリソン……良かった!本当に良かったですね!)
ミシェルの眉間も思わず熱くなる。
アリソンは袖でゴシゴシと涙を拭ってから力強く微笑むと、ルカから書状を受け取った。
「アリソン・スペンサー――――総務部局」
ルカの背後でアランが配属先を読み上げる。アリソンは力強く頷き、一礼をすると、クルリと踵を返した。
「……っ!アリソンとディーナ、同じ配属先ですね!」
ミシェルが小声でそう囁く。ディーナもコクコク頷きながら、興奮したように口を両手で押さえていた。
それから先も滞りなく研修生たちが呼ばれていく。用意された椅子に座った最後の一人が名前を呼ばれ、研修生達が思わず安堵のため息を漏らす。
(これで終わりですね!)
ミシェルもクリスやディーナとホッと顔を見合わせた。
けれどその時、予期せぬことが起こった。
「次、クリス!クリス・ブックリンカー前へ」
アランが真っすぐこちらを見据えながら、クリスの名を呼んだ。
研修生たちがチラリと後ろを振り返る。皆、クリスたちが既に実務に就いていることは知っているので、一様に驚いた表情を浮かべていた。
研修生たちと同様、戸惑いを抱えているようだが、こういう時のクリスの順応は早い。キリリと身を正し、前へと進んでいった。
「一体どういうことなのでしょう?」
「分からないわ。私たちは既に配属先が決まっているのに」
声を潜めつつ、ミシェルとディーナが顔を見合わせた。途端にドキドキと心臓が鳴り始め、身体はソワソワと落ち着きを失う。
(さっきの皆の気持ちが痛いほど分かりました)
ルカの前へと躍り出たクリスを見ながら、ミシェルはギュっと目を瞑った。
「…………異動でしょうか?」
クリスがポツリとそう尋ねる。けれどルカは首を横に振った。
「いや。私にはクリスが必要だ。改めて君にお願いしたい。側近として、これからも私を助けてほしい」
ルカがそう言って笑うと、クリスはプイと顔を背けた。心なしか顔が紅くなっている。ややしてクリスはルカから書状を受け取ると、恭しく頭を下げてその場を辞した。
「次、ディーナ・マーティン」
ディーナはビクリと身体を震わせてから、おずおずと中央へ向かっていった。途中すれ違ったクリスがポンと肩を叩き、彼女の緊張を和らげる。その甲斐あって覚悟が決まったのだろうか。ディーナは真っすぐに前を向いた。
ルカが穏やかに微笑みながら、ディーナを迎える。ミシェルはディーナと一緒になって、大きく一度、深呼吸をした。
「……ディーナにはミシェルの教育や女性初の政務官として、普通とは異なる形の苦労を掛けたと思う」
「いえ……そんな」
思わぬルカの言葉に、ディーナが首を横に振る。ルカは小さく微笑みながら、書状をディーナの前へと差し出した。
「これから更に苦労を掛けることを、許してほしい。最近できたばかりの部署だ。ディーナの力で、より良い部署を……国を目指してほしい」
「え……」
「ディーナ・マーティン――――福祉部局」
「……っ!」
その瞬間、ミシェルとディーナが声にならない悲鳴を上げた。ディーナは口を押え、目を潤ませながら、書状を受け取る。
(届いた……届きました…………!)
ミシェルは涙を拭いながら微笑む。心がポカポカと温かかった。
けれど、こんなにも早くディーナの想いが届いたのは、先程のミシェルの呪文が効いたからでも何でもない。その想いを受け取る人がいたからだ。
きっとディーナは、これまでも上役や研修のどこかで、その想いを伝えてきたのだろう。それが実ったことが、ミシェルはとても嬉しかった。
「……!」
気づけばルカはまっすぐにミシェルを見つめていた。優しく穏やかな美しい笑顔が、ミシェルの心をざわつかせる。吸い寄せられるように前へ進むと、ルカは嬉しそうに目を細めた。
「ミシェル」
ルカが小声でミシェルの名を呼ぶ。それだけでミシェルの心は温かく満たされた。真っすぐにルカを見上げ、力強く微笑む。
「自信を付けることができただろうか?」
「……!」
そっと囁くようにルカが尋ねる。
母親のこと等関係ないと胸を張れる自分になること。それがルカとの約束だった。その日が来るまで待つとルカは約束してくれた。
ミシェルからすれば、まだまだ知識は不足しているし、至らない点は多い。自信だって十分だとは言い難い。
(でも)
ミシェルは力強く頷きながら、ルカから書状を受け取る。
ルカは満足そうに笑いながら、そっとミシェルの耳元に唇を寄せた。
「次は二人で……父に王太子妃の裁可を貰いに行こう」
それはすぐ真後ろに控えるアランにも聴き取れぬほどの小声だった。ミシェルは思わず顔を上げ頬を染めると、ルカを見つめ返す。
聞き間違いではないか。そんなミシェルの考えは一瞬で打ち砕かれた。
ルカがあまりにも幸せそうに微笑んでいたからだ。
(ルカ様)
受け取った書状がキラキラと輝いて見える。ミシェルはもう一度力強く微笑むと、皆と同じようにクルリと踵を返したのだった。




