恋バナ!
「突然ですがミシェル!」
「はっ……はい」
「ミシェルは……どうやったら赤ちゃんができるか知ってる?」
「赤ちゃん……ですか?」
夕食と湯浴みを終えた三人は、広々としたアリソンの部屋にいた。各々パジャマに身を包み、クッションを抱えて座っている。
「直球だなぁ」
そう言ってディーナが片眉を上げる。
「しょうがないでしょうっ!何から話せば良いか分かんないしっ!そんなこと言うならディーナ変わってくれるの?」
「それは勘弁!このままお願いします」
興奮したように捲し立てるアリソンに、ディーナがペコリと頭を下げた。二人のやり取りを眺めながら、ミシェルは首を傾げる。
(二人は一体何を揉めているのでしょう?)
そんなことを考えていると、ミシェルの隣でトネールが大きな欠伸をした。既に深夜と呼べる時刻である。
(今日の研修もハードでしたからねぇ)
ミシェルも一緒になって大きく口を開けた。
「と、いうわけでミシェル!知ってるの?知らないの?どっち?」
気づけばミシェルの間近に、アリソンとディーナが迫っていた。二人の瞳は、何やらギラギラと輝いている。
(ふたりとも、圧が凄いです)
ミシェルは両手を広げて二人を宥めながら、苦笑いを浮かべた。
「えっと、……正直考えたことがありませんでした。クリスの街にいたときに、何人か赤ちゃんを見たことはありますが、あんまりマジマジと見たことはありませんし。何だか私には遠い存在で」
そう言ってミシェルは、ウトウトと舟を漕ぐトネールを撫でた。
社会から隔絶されていたミシェルにとって、赤ちゃんと触れ合う機会は殆どなかった。同年代のクリスや、祖母達大人が彼女の全てだし、書物はすべての知識を与えてくれるわけではない。人が成長していく過程を知識として知っていても、赤ちゃんというのが、どんな存在なのかも、どうやって生まれてくるのかもよく分からないのだ。
「母親と赤ちゃんの結びつきが大きいらしいことは分かるんですが、物心がついた時には私には母がいませんでしたし……。そんな風に考えると、私は鳥か何かから、祖母の元に運ばれてきたと考えるとしっくりくるなぁなんて」
ふと顔を上げると、ディーナとアリソンが悲し気に表情を歪ませていた。
(どっ、どうしたのでしょう?)
先ほどまでの雰囲気とはまるで異なる二人に、ミシェルは目を丸くする。すっかり眠ってしまったトネールを布団へ移してやりながら、ミシェルはそっと身を乗り出した。
「あの、お二人とも……」
「なんか……ごめんね。辛いこと思い出させたよね」
「え?」
ディーナがミシェルを撫でながら、ぎゅぅと抱きしめる。ミシェルは何が何だか分からないまま、ディーナを抱き返した。
(辛いこと?………あっ、母親がいないことでしょうか?)
ミシェルとしては辛いことなど何もないのだが、傍から見るとそう感じるのだろうか。ミシェルはひっそりと首を傾げた。
「あの、私は何も辛くないですよ?祖母もクリスもいましたし、今はこうしてディーナ達と一緒にいられますから」
今にも泣きだしそうな勢いのディーナに向かって、ミシェルは言う。けれどディーナはふるふると首を横に振った。
「ごめんなさい、ミシェル。どう切り出したらいいか分からなくて、私……。それもこれも、ルカがムッツリスケベなのが悪いんだけど」
そう口にしたのはアリソンだった。最後の方は辛うじて聞き取れるほどの小声で、腹立たし気に言葉を紡いでいる。
「ムッツリ?」
ミシェルが聞き返すと、アリソンはムスッと唇を尖らせた。
アリソンはしばらく、何事かを考え込んでいるようだったが、ややしてミシェルに向き直ると、大きく息を吸い込んだ。
「……ミシェルはさ、ルカとその…………キスしたことある?」
「えぇ!?」
先程までとはあまりにも違う質問内容に、ミシェルはパッと頬を染める。
(な、なにを言い出すかと思えば……!)
ディーナにも想定外の質問だったらしく、クルリとアリソンの方を振り返ると、ほんのりと頬を染めていた。
「私は、あるよ。幼馴染の……婚約者と。初めてキスされたときはスッゴクびっくりして……だけど、嬉しかった」
アリソンはそう言って、愛し気に自身の唇を撫でる。ミシェルの心臓はドキドキと高鳴った。
「ミシェルはどうだった?嬉しかった?それ以外にも何か感じた?」
まるで記憶の扉を叩くようにして、アリソンが畳みかける。
(どっ、どうしてそんなことを……)
未だ戸惑いはぬぐえないものの、アリソンの表情は真剣そのものだ。
気恥ずかしさを感じながらも、ミシェルはそっと目を瞑ると、自分の記憶と向き合った。
「私は……すごくドキドキしました。嬉しくて、恥ずかしくて、それから全身が熱くて。自分が自分じゃ無くなったみたいで怖くもなって。でも、もっと触れていたい……そんな感覚でし、た」
顔から火が出そうだった。誰かに打ち明けるにはあまりにも恥ずかしく、拙い説明。けれど、アリソンやディーナなら受け止めてくれる。そんな気がしていた。
「……あのね、ミシェル。多分なんだけど、私たちの身体はさ、誰かを好きになると、その人に触れたいって思うように造られてるの」
アリソンはそう言って微笑むと、ミシェルの隣へと腰掛ける。ようやくミシェルを開放したディーナも、アリソンの反対側へと座った。
「身体が熱くなるのもそう。触れ合ってたらね、互いをもっともっと知りたくなるの。ギュッてしてるだけじゃ足りなくなっちゃう。そんな時にどうしたら良いのかってことを、私たちは生まれる前から身体に刻み込まれてるんだと思う。まるで魔法みたいにね」
何故だかミシェルの身体はほんのりと熱を帯びていた。普段は存在を感じない身体の一部が疼くような感覚に、ミシェルは身を捩る。それはルカと触れ合っているときに感じた熱と、とても良く似ていた。
「アリソンは……その…………」
ミシェルが躊躇いがちに尋ねる。ディーナも興味津々でアリソンを覗き込んでいた。
「うん。キスだけじゃ足りなくなっちゃった。普段何考えてるか全然分からない奴なのにさ、触れ合ってると何だか安心するんだよね。想われてる気がして、それが何だか嬉しくて。…………なーーんて、まだ一回しかしてないんだけど」
照れたように頭を掻きながら、アリソンが笑う。普段のあどけない表情ではなく、どこか大人なびたアリソンのその表情は、ミシェル達を惹きつけた。
「ミシェルもこれからさ、ルカとそういう局面を迎える日が来ると思う。多分滅茶苦茶ビックリするし、痛いし、ヤバいくらい恥ずかしいんだけど!でも、その分すっごく嬉しいと思うから」
「アリソン……ディーナ…………」
ミシェルは二人を抱き寄せながら、目を細めた。
(二人は私のこと、心配してくれてたんですね……)
今日の昼、ルカからの手紙が届いて以降の二人の様子を思い返しながら、ミシェルは笑う。
ミシェルがそうであったように、アリソンもきっと、自身の恋人とのことを話すのは気恥ずかしかっただろう。けれど、ミシェルが傷つかないように、事前に心構えができるように、とても気を揉んでくれているのだと、良く分かった。
(アリソンの言う局面というのが明日……来るのでしょうか?)
たった一行に込められたルカの想いを、ミシェルにはまだ読み取ることができない。けれど、ミシェル自身のルカへの想いは十分に大きなものだ。
(まだ十分に自信があるとは言い難いけど)
ルカが好きで、ずっと側にいたい。その気持ちは揺ぎ無いものへと変わっていた。
「良かったらもっと、教えてもらえませんか?その……話せる範囲で構わないので」
チラリとアリソンを見上げながらミシェルが言う。アリソンは恥ずかしそうに頬を染めながらも、コクリと頷いた。
「っていうかアリソンの相手……幼馴染って言ってたけど、もしかして」
「……!」
そう言ってディーナがニヤリと笑う。アリソンはビクッと身体を震わせながら真っ赤に頬を染めた。
「そうかそうかぁ~~アラン様ねぇ。意外だったなぁ~~~~!ふふふふっ」
ディーナの瞳は揶揄するようにキラキラと輝いている。ミシェルも一緒になってクスクスと小さく笑った。
アリソンはしばらく頬を膨らませていたが、やがてニカッと笑うと、ミシェルとディーナを抱き寄せた。
「こうなったら今夜はとことん恋バナするわよ!特にディーナ!覚悟してよねっ」
アリソンの言葉に三人は顔を見合わせると、声を上げて笑った。
女同士の話題は尽きることがなく。空が朝日を浴びて白むまでずっと、アリソンの部屋から笑い声が絶えることは無かった。




