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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
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最初の一歩

「さて、それでは出発しましょう」



 ミシェルはそう言って、玄関口に置いてあった大きなリュックサックを背負った。



「荷物はそれだけですか? 」


「はい、これだけです」



 中に入っているのは、着替えと祖母から受け継いだ魔術書。それから申し訳程度の実用品だけだった。



「荷物は私が持ちますから、もう少し持って行ってはどうですか? ほら、寝室のオルゴールとか、幼い頃から大事にしていたぬいぐるみとか……」



 クリスがそう尋ねるも、ミシェルは首を横に振った。



「良いのです。私にはこれで十分。これから少しずつ、自分の目で見て色んなものを買い足していきたいなぁって」


「……それもそうですね! 街についたらたくさん……たくさん買い物に出掛けましょう! 」



 クリスはそう言って、ミシェル以上に嬉しそうに笑っていた。


 街までは存外距離があるらしく、ミシェルはクリスが乗って来た馬に乗ることになった。

 名残惜しそうに何度も家の方を振り返るクリスを横目に、ミシェルが笑う。けれど当のミシェルは、一度も後ろを振り返りはしない。後悔や未練は全てあの家に置いてきていた。



「ところでクリス? すっごく今さらなんですが、私が急にお家にお邪魔しても大丈夫なのですか? 」



 クリスの両親とは懇意にしているものの、今回の件について、事前になんの相談もしていない。クリスがミシェルからの手紙を両親に見せる時間だってなかったはずだ。

 尋ねながら、ミシェルの心臓が少しだけ騒めいた。



「前からお伝えしていたはずですよ。あなたが外の世界に出るときは、私がお手伝いすると。それに、私だけじゃありません。父も、母も、あなたが外に出るその時を、ずっと待っていたのです」



 そう言ってクリスは、力強く笑った。

 人嫌いで厳格な祖母が唯一受け入れていた外の人間が、クリスと、その両親だった。物資の調達や外の情報なども、クリスの両親を通じて行っていたらしい。ミシェルがそうと気づいたのは、当の祖母が亡くなった後のことだったのだが。



「クリスのご両親には、昔から本当に良くしていただきました。まるで本当の娘みたいに可愛がってくださって」



 ミシェルはトネールを撫でながら、静かに目を瞑った。

 二人は親のいないミシェルの、父と母のような存在だった。

 数日おきに家を訪れては、洋服やアクセサリー、本等を差し入れ、ミシェルの話し相手になってくれた。森の中に暮らす、小さな少女に接するにしては、あまりにも丁重に、温かく接してくれたのである。



「うーーん、私にはミシェルが『妹』だと困るんですけどね」



 クリスはそう言って困ったように笑う。ミシェルは首を傾げながら、トネールを撫で続けた。

 森の中は木漏れ日で明るかった。けれど、少しずつ、少しずつだが、正面に見える光が大きくなっていく。ミシェルにはあれが森の出口なのだと分かった。



(きっと、クリスやソフィアには当たり前の光景なんでしょうね)



 けれど、ミシェルにとっては違う。

 ミシェルは穏やかに微笑むと、馬からスルリと滑り降りた。思わぬことに、クリスが目を丸くする。



「ミシェル? 」


「あの……最初の一歩は自分の足で踏み出しても良いでしょうか?」



 そう言ってミシェルはクリスの隣に並び立った。

 全身が心臓になってしまったかのように、ドキドキと鳴り響いている。期待と興奮、それから緊張感で、ミシェルの瞳がキラキラと揺れ動いていた。



「もちろん。大事な一歩ですからね」



 クリスは嬉しそうに微笑みながら、ミシェルの手をぎゅっと握った。

 気づけば二人は森の出口まで辿り着いていた。ここから一歩を踏み出せば、太陽を遮るものは何もない。これまで知らなかった光景、経験がミシェルを待っているのだろう。



(おばあ様……)



 ミシェルはゆっくりと目を瞑った。

 既にこの世にいない祖母は、今頃怒っているだろうか。嘆いているだろうか。それはミシェルには定かではない。

 それでも、祖母への贖罪の念以上に、例えようのない高揚感と希望でミシェルの胸は満たされている。



「行ってきます」



 そう言ってミシェルは森の中の小さな小さな世界に別れを告げながら、最初の一歩を踏み出した。

 真っすぐに降り注ぐ太陽の光は眩しく、それから温かい。



「ようこそ、ミシェル。ここがあなたの生きる、新しい世界です」


「はい! 」



 ミシェルは満面の笑みを浮かべながら、大きく息を吸い込んだのだった。

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