魔女と規制と黄昏時
それから先も研修はつつがなく進んでいった。
研修の中には既に実務に携わっているミシェル達には不要なものも多い。そういう時は、講師たちに相談をして職場へと戻る。
元々、王室専属魔女のポストは十年以上空白だったので、ミシェルには未だ、ルーティーンワークと呼べるような安定した仕事があるわけではない。けれど、ディーナ達も研修を抜けるという時に、タイミング良くルカからの呼び出しがかかった。
「一時期よりは弱まっているが、国の魔法に対する規制は強い」
ルカの執務室にはミシェルやアラン、クリスが揃う。
(規制……)
クリスの領土や城で暮らす中で、ミシェルは規制というものを感じたことがなかった。けれど、それはこの国では現に存在しているものらしい。ミシェルは以前、ディーナからそう聞いたことがあった。
「そうですね。その昔、魔女というだけで断罪されていた国に合わせる形で、かなり強い規制が規せられたとか……」
「そっ、そうなのですか!?」
外に出たとはいえ、やはりミシェルは未だに世情に疎い。それにディーナから歴史は習ってきたものの、魔女への断罪の部分は気を使われたのかもしれない。ミシェルは一度も聞いたことが無かった。
「魔女を恐れるが故の対応だそうで……ひどい話です」
「……断罪はよその国の話だ。とはいえ、魔女を怖がる国民は一定数いる」
「あの、何故なのでしょう?」
ミシェルが尋ねると、ルカに代わってアランが身を乗り出した。
「自分たちと違うから、得たいが知れないと思うのでしょうね。話せばそれは誤解だと分かるはずなのですが。そもそも魔女の絶対数も少ないですから」
「…………その、魔女の絶対数も国は正確に把握できていないのが実情だ」
そう言ってルカは眉間に皺を寄せる。トネールは話に飽きたのだろうか、ミシェルの肩からソファへと飛び移った。
「理由はいろいろあるが、第一に魔女であると分かるのに時間が掛かる。魔女の子が魔女とは限らないし、一般家庭からも稀に魔女が生まれる。それに、生まれてすぐに魔法が使えるものはそういないと聞くからな」
ルカの言葉に、ミシェルはコクリと頷く。ミシェルが初めて魔法を使ったのは2歳の時だと祖母から聞いたことがあった。そこは個人差があるのだろう。
「第二に魔女であることを報告する義務はないし、隠して普通の人間として生きているものが多い」
「一般家庭に生まれた魔女だと、どうやって魔法を教えればよいかも分かりませんしね。見た目では分かりませんから、魔法が使えることを隠すように、親が指示するようです」
そこはアランが先ほど言っていた通り、魔女を怖がる人々がいることに繋がるのだろう。何とも複雑な気分だが、ミシェルは再び頷いた。
「けれど、私はそれではいけないと思う。特定の誰かにとって生きづらい世の中であってはいけない。ミシェルと出会って気づいたことだが、魔女だからこそできること、より効率よくこなせることがたくさんある。それに、魔女に限ったことではないが、せっかく持って生まれた能力はしっかりと生かすべきだ。……あとは、治安的な観点からもよろしくない」
「治安的な観点?」
必死に頭を回転させるものの、ミシェルだけでは答えに行きつくことができない。
(ディーナが何に付けても教養は必要だと言っていたのはこういうことなのでしょうか)
こういう時、自身の至らなさを呪わずにはいられない。唇を引き結びながらミシェルが小さく唸った。
「己の能力を知ること、それに関する知識を得ることは重要だ。その能力が毒にも薬にもなるなら尚更……。教育を受けていない魔女というのは、分別のない幼子がナイフを持ち歩いていることに等しいと私は思っている」
「な、なるほど」
ようやくミシェルにも、ルカの言わんとしたいことが分かった。ゴクリと唾を呑み込みつつ、ミシェルはそっと目を伏せる。
「あの、以前魔女試験の際に、受験者の方が攻撃魔法は禁忌だと仰ってました……それは何故でしょうか?」
ミシェルは学校というものに行ったことがないので、その辺の決まりや仕組みはよく分からない。けれど、普通の魔女たちがミシェルの知っている攻撃魔法を習うことがないことは確かなようだった。
「他国の状況を鑑み、かつての王――私の曽祖父が攻撃魔法を禁忌とした。どんなに危険な能力でも、その使い方を知らなければ問題ない。当時はそう考えたらしい。けれど、私は違う考えだ」
ミシェルは試験の時ことを思い返す。習っていないから、禁忌だからと躊躇う魔女たちに、ルカは厳しい言葉を浴びせていた。けれど、ミシェルもルカと同意見だった。
「だから、まずは国民の意識を変えること、それから国が、魔女たちについて常に把握ができるように体制を整えたい。その上で教育の見直しや、禁忌魔法についても見直していく。他にも色々、顕在化していない問題や見直せることがあると思う。――――だから、魔女としてのミシェルが必要だ」
「……っ、はい」
拳を握りしめながら、ミシェルは力強く答えた。
まだ、ルカの話を聞いたばかりで、自分に何ができるかは分かっていない。けれど、ルカが自身の力を必要としてくれるのが嬉しかったし、彼の言うように当事者であるミシェル自身が動くのが一番だろう。
「まずは現状のリサーチ。それから具体的な対応策の検討に、上の承認を取り付ける……恐らくはこんな流れになると思われます。私たちもできる限りサポートしますからね、ミシェル」
ミシェルの不安な気持ちを汲んだのだろう。クリスが胸を叩きながら笑う。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
そう言ってミシェルが深々と頭を下げると、クリスとアランが力強く頷いた。
「ところでミシェル。最近、執務室を抜け出して一体どこに行っている?」
「……えっ?」
唐突にルカが話題を変えた。パッと見、美しい笑みを浮かべているものの、ルカのご機嫌はあまり宜しくなさそうだ。ドキッとミシェルの心臓が跳ねた。
(そ、そういえば研修に出てること、ルカ様にお話していませんでした……)
気づけば研修開始からもう1週間。あとで報告しようと思っている内に日数ばかりが過ぎていた。そもそもルカは、ミシェルが会いたいと思ったところで、簡単に会える身分ではないのである。
「あの、クリスと一緒に新人研修に混ぜていただいてまして」
「…………研修?」
もしかすると研修後に仕事へ戻っていたクリスが報告しているかもしれない。そんな風に考えたこともあったが、どうやら全く報告していないらしい。
「クリス」
「……あれっ?私、報告していませんでしたっけ?」
不機嫌に目を細めるルカを尻目に、クリスはどこか悪戯っぽく笑っている。ニヤニヤと緩む口元を隠すためか、クリスはヒョイッとトネールを抱き上げた。折角のくつろぎタイムを邪魔されたトネールは、迷惑だとでも言いたげな表情で鼻を鳴らした。
「あ、あの……すみません、報告が遅れまして」
ミシェルが慌てて頭を下げる。ルカはしばらく口を噤んでいたが、ややしてガタッと椅子が引かれる音がした。ミシェルがひっそりと息を呑む。頼みの綱のクリスとアランはだんまりを決め込んでいた。
(ど、どうしましょう……頭を上げるべきか、それともこのまま何か言うべきなのか…………)
色んな考えが一気にミシェルの頭の中を駆け巡った。
予想外の反応だった。仕事第一のルカならばきっと、ミシェルの研修参加を喜んでくれると思っていた。報告が遅れたことの何がそんなにも彼の気に障ったのか、ミシェルには理解できずにいる。
「あ、あの……」
「…………時間を見つけて会いに行ったのに、執務室に居なくて驚いた」
ポツリと、ミシェルの頭上でルカの声が響く。
「え…………?」
ミシェルが頭を上げると、眉を寄せたルカと目が合った。まるで拗ねた子供のような、そんな表情だ。ルカは気まずそうに視線を逸らしながら、そっとミシェルを抱き寄せた。
(ルカ様が?)
ミシェル達が着任してすぐの頃ならともかく、ルカはまた、忙しい日々が続いていた。ここしばらくの間、少なくとも日中にミシェルの執務室を訪れる暇などなかった。そんなルカの久々の訪問が、よりによって研修期間と重なるとは誰も想像していなかっただろう。
空っぽの執務室を前に、ルカがどんな気持ちだったのか。それは心の機微に疎いミシェルでもわかった。
ミシェルがそっと、ルカを見上げる。ほんのりと紅く染まった頬も、ミシェルを離すまいと震える腕も、縋る様な瞳も、ルカの全てが愛おしかった。
いつの間にか、ルカの執務室には、クリスもアランもトネールの姿も無い。久方ぶりの、二人きりの空間だ。
「ミシェル……会いたかった」
内に秘めていた熱を吐き出すかのようにルカが言う。頬に添えられた手のひらは大きく、温かい。節ばったルカの指先がミシェルの髪を掬い、唇をなぞる。夕焼けのオレンジに染まった美しく愛しい人の姿が、ミシェルの瞳に焼き付いた。今日の仕事はもう、終わりの時間だ。
「私も、会いたかったです」
そう囁きながら、ミシェルはそっと瞳を閉じた。




