礼儀とグループと、それからぼっち
研修はミシェルが想像していた以上に有意義だった。
これまで見様見真似でやってきた礼儀作法や職務上の決まりを知識として得られたことはとても大きい。ただ、同時に大きな衝撃をミシェルへと与えていた。
(私……ルカ様にもクリスにも、これまで多大な無礼を働いてきたのですね)
マダム・サリバンの、容赦も一切の無駄もない講義を聞きながら、ミシェルは盛大に項垂れた。
「あくまで知識は知識ですよ、ミシェル」
休み時間に合流したクリスに思いのたけを打ち明けると、彼はクスクス笑いながらミシェルを撫でた。
トネールが非難がましい瞳をクリスへと向ける。けれどミシェルは、それとは別の鋭い視線がいくつも自身へと突き刺さっていることの方に苦笑いした。
「ミシェルに教科書通り接されては、私もルカ様も逆に傷つきます。これまで通り、ミシェルらしくあってください。そちらの方が嬉しいです」
「そうですか?」
クリスがそう言ってくれたとしても、周りの目というものは気になるものだ。事実、今ミシェルに向けられている女性陣からの視線はとても辛辣だし、マダム・サリバンはミシェルに対して思うところがあったのだろう。礼儀作法の講義中、幾度か目があった。
「そうね……ミシェルの言うこともわかるけどさ、さっきの講義を要約すると、礼儀作法って相手を不快にさせないためにあるのよね?」
口を開いたのはディーナだった。トネールを抱きながら、少し上の方を見上げている。問いかけにミシェルとクリスが頷くと、真っすぐに前を見据えながら、ディーナが笑った。
「だったら、クリス様のおっしゃる通り、これまで通りが一番だと私は思う。だって、もしもよ?もしも私が『ミシェルはルカ様の想い人だから』って言って急によそよそしくなったら、どう思う?」
「そっ、そんなの嫌です!せっかく仲良くなれたのに……これまで通りが良いです!」
「ほらね、そういうことよ!」
満面の笑みを浮かべながら、ミシェルがディーナの手を取った。
「さすが、ディーナ殿!説得力が違いますね」
「そっ、そんな……そんな大層なものでは」
そう言ってディーナはパッと頬を赤らめた。それと同時にキラキラと揺れ動く瞳がミシェルとトネールの目を惹く。その表情は普段勝気のディーナのものとは異なり、可愛らしい乙女のそれだった。
(もしかして!もしかしてディーナ……!)
ミシェルの心は知らずときめいた。これはミシェルの願望なのかもしれない。親友同士が恋に落ちる、そんな夢にも似た願望だ。
事実、クリスはディーナの想いに気づく様子はないし、そもそもがミシェルの思い過ごしなのかもしれない。けれど、目には見えない何かが芽生えつつあるのを、ミシェルは感じずにはいられなかった。
「ところで、まだ研修初日なのに、すっかりグループが出来上がっちゃってるわね」
染まった頬をそのままに、ディーナがそっと周りを見渡した。
ディーナの言う通り、ホールはいくつかのグループが出来ていた。
先ほどの侍女たちのグループや騎士たち、それから政務官の集まり。大まかには採用職種に分かれているが、職種が違っても以前からの知り合いやソリの合うものが集まっているらしい。皆、和気あいあいと話しに花を咲かせていた。
「そうですね。研修期間中にいくらか変化はするでしょうが、基本的にはこのグループを基に、ということになるでしょう」
クリスがそう話したとき、ミシェルの瞳が一つの影を捕えた。入城式からずっと、探していた人物のものだ。
黒いウェーブの長髪に、大きな瞳が特徴の可愛らしい少女、アリソンが人々の輪から離れ、一人ポツンと座っていた。
「クリス、例えばですけど……今、グループからあぶれてしまった方はどうなるのでしょう?」
思案顔のままのクリスに、ミシェルが尋ねる。するとクリスとディーナは顔を見合わせ、困ったように笑った。
「茨の道よ、ミシェル」
「茨、ですか?」
ディーナが暗い表情で笑う。ミシェルは思わずゴクリと唾を呑み込んだ。
「はい。グループ形成の過程でスタートダッシュに失敗したものは、その後人の輪に入ることがとてつもなく困難です。二人組に分かれて作業をしろと言われても隣には誰もおらず、グループに分かれろと言われても、人数の足りないグループの情けを待たねばなりません。食事をするにも移動をするにも一人では肩身が狭く、中々に精神を抉られるらしいですよ」
クリスは声を潜めながら渋い表情で解説をした。いつも誰かに囲まれているクリスには縁の無さそうな話だが、妙にリアリティがあった。
「そう、ですか」
ミシェルはそう言って、そっと視線を移した。
(アリソンさん)
どうやら無事、試験を突破したようだが、クリスの話が本当ならば、これからアリソンには茨の道が待っているらしい。その表情は心なしか、不安が見え隠れしていた。
(何か、私にできることがあれば良いのですが)
そんなことを考えながら、ミシェルは小さなため息を漏らした。




