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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
森を出た魔女、王都に生きる
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思わぬ助け

 心地よい満腹感の中、試験は滞りなく再開した。


(少し食べ過ぎましたねぇ)


 眠そうにミシェルへ身を預けるトネールを撫でながら、ミシェルは苦笑を漏らす。昼食後の試験ということで、記念受験と思われる受験生たちは眠そうに欠伸を噛み殺していた。

 昼食の時間は和やかで、とても楽しかった。メンバー的に仕事の話題が多めではあったが、久々にクリスやルカとゆっくり話ができたことは大きい。

 何より嬉しかったのは、ディーナの仕事にかける想いを存分に示す機会となったことだ。現状の課題分析や評価点、それから自身の意見をしっかりと持っているディーナに、ルカも感心しきりだった。

 ルカはできる限り現場へと顔を出し、自分の目で見て、聴いて、仕事をしている。けれど、上がってくる報告がすべて正しいとは限らないし、どうしても目の届く範囲というのは限られる。


「そういう意味でも、自分の目になってくれる人材を育てるのが急務なんだ」


 食事の最中、ルカはそう語っていた。その瞬間、ミシェルを含めたメンバーの目の色が変わった。


(なんだかんだ言って、クリスもルカ様を尊敬しているから)


 受験者たちの間を歩きながら、ミシェルは想いを馳せる。あんな風に言い合いをしてなお、ルカはクリスを側近から外そうとはしない。クリス自身もそんなことを望んでいない。それがミシェルには嬉しくもあり、それから羨ましくもあった。


(さて!頑張らないと……っと?)


 その時、ミシェルの視界を何かが捕らえた。前方数メートル先の席に座る男性の、羽ペンを持った手とは反対側の手が、テーブルの下で怪しく動いている。ミシェルは小さく息を呑んでから、ゆっくりと歩を進めた。


(まさか……いえ、でも)


 ミシェルは男性のやや後方で静かに止まった。男性はやはりテーブルの下に手のひらを差し込み、チラチラと何かを覗き込んでいる。

 ミシェルは唇を噛みしめると、小さく杖を振った。途端に男の左手が硬直し、手のひらに載せられた小さな紙片が露になる。


「なっ……!」

「ちょっと、こちらまで来ていただけますか?」


 自身の身に何が起こったのか分からない男性は、眉間に深く皺を寄せ、ミシェルを睨みつける。ミシェルは努めて冷静に問いかけながら、男性を手招きした。


「おっ、俺はここを動かないぞ!動く理由もない!」

「ですが、その手のひらの上にある紙片は何なのでしょうか?」

「……チッ」

「あっ!」


 その瞬間、男は自由になる右手で、机上にあったインクを紙片へとぶちまけた。ミシェルの顔から血の気が引く。不正の証拠を押さえたつもりが、それは一瞬で意味をなさないものへと姿を変えてしまった。


「何ですか?ただの真っ黒な紙切れでしょう?こんなことで試験を中断させないでください。こっちは人生掛かってるんですから!」


 男は勝ち誇ったように笑いながら、何事もなかったかのように座り続けている。


(失策です……左手を押さえるだけではダメでしたのに)


 ミシェルは絶望的な想いで頭を抱えた。

 損なわれたものを元に戻す魔法は今のところない。ましてや、カンニングに用いられたインクと、今回ぶちまけられたインクは成分が同じだろう。痕跡を辿ることは恐らく困難だ。

 周囲では試験に集中していた他の受験生たちも騒ぎに気付いて騒めいている。


(いけません、真面目に試験を頑張っている他の受験生に影響を与えては……でも)


 新たな人材にかけるルカやディーナの想いを考えれば、不正を犯して政務官の地位を得ようとするこの男を許したくはなかった。

 中央の方で、ディーナが心配そうにミシェル達を見つめている。証拠がない以上、疑わしい行動を取ったことに対する注意を行うに留め、試験をこのまま続けさせるべきなのだろう。そうミシェルが諦めかけた、その時だった。


「私、見ました。その人がカンニングしてるの」


 誰かがそう、声を上げた。声のした方に顔を向けると、それは男の斜め後ろに座るアリソンだった。眉間に皺を寄せ、真剣な眼差しで男を睨みつけている。


「何を言う!第一証拠がないだろう!」

「証拠ならあるわ。……あなたの机の裏に、まだ残ってるはずよ」


 アリソンは、ハッキリとミシェルに向かってそう言った。男はハッと目を見開いたが、今度はミシェルの方が早かった。サッと杖を振り、机の裏に隠されていた、何枚もの紙片を自身の元へと飛ばす。男が手を伸ばす間もなく、不正の証拠はミシェルの手のひらへと収まった。


「あっ……それは…………!」

「申し訳ございませんが、あなたにはここで退場いただきます。よろしいですね?」


 ミシェルの言葉に、男は悪態を吐きながら立ち上がった。興奮して、今にもとびかかってきそうな様子だ。慌てて他の試験官が駆けつけてくる。ミシェルはため息を吐きながら、光る環を出し、男の手足を拘束した。


「参りましょうか?」


 ミシェルが微笑むと、男は恐怖と絶望に満ちた表情を浮かべた。自分自身で見ることはできないものの、大層冷ややかな表情なのだろうとミシェルは思う。ザワザワと騒ぐ血を必死で押さえつけながら、ミシェルは男を引き渡した。


(あぁ、私は怒っていたのですね)


 まるでミシェルを宥めるように、トネールが頬を舐める。そっとトネールを撫でながら、ミシェルは再び深呼吸をした。


(それにしても、思わぬ方に助けられました)


 ミシェルはそっとアリソンへと目を遣った。アリソンは何事もなかったかのように、再び試験を解いている。あの男のせいでロスした時間を取り戻したいのだろうか。その瞳は真剣そのものだった。

 ミシェルの口角が自然と上がる。ようやく心も体も落ち着きを取り戻したようだ。

 ペチペチと頬を叩きながら、ミシェルは再び受験者たちの間をゆっくりと歩き始めた。

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