試験と懸念と経過報告
それからしばらくして、試験は始まった。
魔女試験のときと同じく、筆記試験から政務官採用試験はスタートする。政治や外交、経済や軍事と、あらゆる知識の必要とされる政務官ならではの難問揃いらしい。
問題の配布を魔法で行うこと、それから他の試験官と共に、通路を歩いて回るのがミシェルの仕事だ。
(皆さん頑張ってらっしゃいますねぇ)
ミシェルはほっと胸を撫でおろしながらゆっくり歩を進める。
初めは何故、こんな仕事が必要なのか理解できなかったものの、試験が始まってみて納得がいく。
ここにいる受験者たちの瞳はほとんどが血走っている。皆将来が掛かっているし、その分だけ余裕がないのだ。ほんの少しの接触で気が立つ人間もいたし、見守りが必要なのがその理由の一つである。
(あとは、ディーナが心配していたことが現実にならないと良いのですが)
広い試験会場を見回しながら、ミシェルは深呼吸をした。ふと視線をずらすと、そこにはアリソンがいた。その表情は他の受験者たちと同じく、真剣そのものだ。
(ルカ様やディーナはあんなことを言ってましたけど)
案外アリソンは本気で政務官になりたいのかもしれない。そうミシェルは感じた。
「首尾の方はどうだ?」
「はい、こちらは滞りなく」
昼休みの間を使って、試験官たちがルカの元に集う。各試験会場の状況についての報告を行うためだ。
「政務官試験会場も今のところ問題はありません」
「分かった」
報告を行うディーナの隣にミシェルはいた。ルカはチラリとミシェルを見ながら、何とも言えないはにかむ様な笑みを浮かべる。つられてミシェルも頬が紅くなった。
「ここにいるのは腹心ばかりなのに」
「見てるこちらがむず痒いですね」
そう零したのはアランとディーナだ。ヒソヒソと囁き合っている体をとっているものの、明らかに聴こえるように話している。
ルカは不機嫌そうに唇を尖らせながらも、控室の皆に向き直った。
「皆ご苦労だった。再開までしっかりと休憩を取って、昼の試験に備えてくれ」
「はいっ」
ややして、各試験の担当者たちは散り散りになっていく。ミシェルやディーナも退室しようと踵を返したその時だった。
「ミシェル!」
二人を呼び止めたのはクリスだった。アランも一緒だ。
「クリス、お疲れ様です!」
「ミシェルも、お疲れ様です。あの……二人とも、良かったら私たちと一緒に昼ご飯をいかがですか?こんな機会、中々ありませんし」
昼食はこことは別に用意された、試験官用の控室で摂ることになっている。食べやすいよう、この城のシェフがランチボックス形式で用意した、採用試験恒例の賄い料理だ。
「わっ、私も一緒で良いのですか?」
そう声を上げたのはディーナだ。クリスの身分を知らぬまま、幼馴染として育ったミシェルとは違って、ディーナとクリスたちとの間にはまだ壁があるのである。
「もちろん!普段のメンバーと食事をしても、男ばかり揃ってむさ苦しいだけですし。こんな美しい女性二人と食事が出来たら、我々のモチベーションが上がりますから」
答えたのはアランだった。それを聞いて、ディーナは嬉しそうに瞳を輝かせている。当然ミシェルも同じ気持ちだ。はい、と口を開きかけたその時、4人は背後から感じた圧に思わず振り返った。
そこに立っていたのは、口の端を引き攣らせたルカだ。とてもご機嫌とは言い難い表情である。
「ミシェルはここで、私と食事をするんだ」
「ルッ、ルカ様……!」
「ちょっ、勘弁してください!たまには私だってミシェルとゆっくり語らいたいのです。それに私は、まだ負けを認めたわけではありません!これではフェアではないでしょう」
ルカの圧に負けじと、クリスが反論した。二人の間に挟まれ、ミシェルは驚きを禁じ得ない。
(クッ、クリス……!そんなの私、初耳なのですが…………!)
ミシェルとルカが想いあっていることは、側近たちの間では公然の秘密となっている。知らぬのは王や重臣、それから位の低い者たちばかりだ。当然クリスだって知っているはずだし、最早ミシェルへの想いなどなくなっていると思っていたのだが。
「良い度胸だな、クリス。ミシェルが私の想い人だと知っていて、そこまでハッキリと宣戦布告できるのはお前ぐらいのものだろう」
不敵な笑みを浮かべながらルカが目を細めた。クリスは挑戦的な笑みを浮かべながら口の端を引き攣らせた。
「えぇ、えぇ!ミシェルはまだルカ様の想い人、ですからね!正式に交際が出来ているわけでも、婚約が成立しているわけでもありませんから!そういう意味ではルカ様も私も対等。いえ、対等にしていただかないと!せめて機会ぐらい平等に与えてください」
「あっ、あっ、あの!」
どんどんヒートアップしていく二人の間に、ミシェルが割って入った。普段この二人がやり合うのは日常茶飯事らしいアランは、ただただ面倒くさそうに笑っている。そして、隣に立つディーナは、どうして良いか分からず苦笑いを浮かべていた。
「どうした?ミシェル」
ルカが柔らかな笑みを浮かべながら尋ねる。ついつい見惚れそうになりながら、ミシェルはブンブンと首を横に振った。
「あの……みんなで、食事をするというのはどうでしょう?」
おずおずとルカとクリスの袖を引きながら、ミシェルが困ったように笑う。二人はゴクリと息を呑みながら、互いの顔をチラリと見た。
「普段中々、ルカ様ともクリスともお話する機会が取れませんし。こうしている内に、昼の試験の時間が近づいてしまいますから」
ルカもクリスも、互いに不満の残る表情は浮かべていたものの、ミシェルの縋る様な表情に負けたらしい。はぁ、と盛大なため息を吐きながら食事の準備を始めた。




