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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
森を出た魔女、王都に生きる
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過去を知るもの

 クリスを含め、少女を追うものは誰もいなかった。ミシェルは誘われるまま、部屋の奥へと進んでいく。


(良かったのでしょうか?)


 去り際の少女の顔がミシェルの目に焼き付いていた。捨て台詞までバッチリと頭に残っている。彼女がもしも魔女だったなら、きっと強力な魔法を放てるだろうとミシェルは思った。

 ルカに促されて、ミシェルは応接用のソファへと腰掛ける。ルカの後ろではクリスが、侍女へお茶を用意するよう指示していた。


「あの、私は書類をいただいたらすぐにお暇しますので……!」


 少し年配な侍女は、ミシェルの制止など意に介さない様子で、さっさと奥の間に下がって行く。恐らくはクリスの言いつけ通り、お茶の準備に向かったのだろう。


「まぁそう言うな。折角久しぶりにミシェルの顔が見れたんだ。仕事の方は心配ないから」


 ミシェルが頬を染めながら、コクリと小さく頷く。トネールは初めから長居する気満々だったらしい。ふかふかのクッションに横たわりながら、気持ちよさそうに欠伸をした。


「あの、ところで先ほどの女性は?」


 ようやくミシェルは、ずっと気になっていたことを口にした。ルカは一瞬何のことが分からない、といった表情を浮かべたが、ややして合点がいったらしい。眉間に皺を寄せ、大きなため息を吐いた。


「あぁ、アリソンのことか」

「アリソンさんと仰るのですね」


 どうやらそれが少女の名前らしい。ミシェルとしては、もう少し彼女のことを知りたい所だが、ルカの表情は大層面倒くさそうだ。


(ん~~~~ルカ様、あまり話したくないのでしょうか?)


 必死に目で訴えてみても、ルカは珍しく応じようとはしてくれない。困ったように唇を尖らせているだけだ。


「ふふ、アリソンはルカ様の幼馴染なのですよ」


 代わりに口を開いたのはアランだった。クスクス笑いながら、そっとルカを見る。


「それを言うならお前もだろう」


 どうやらルカは不服らしい。アランを見上げながら眉間に皺を寄せた。


「えぇ、まぁそうなりますかね」

「へぇ……そうなのですね」


 三人はミシェルとクリスのような関係なのだろうか。ミシェルの頭の中には仲良く手を取り合って遊ぶ、三人のイメージが浮かび上がった。


「アリソンは国でも有数の貴族の令嬢なんですが、その……性格に少々難がありまして。中々同性の友達ができなかったのです。そこで、アリソンの父親に泣きつかれたのがこの僕でした。娘の遊び相手になってほしい、と」

「あそこで断っておけばよかったのだ」


 ルカが苦々し気に口を挟む。アランは困ったように笑いながら、そっと窓の外を見つめた。


「ルカ様ご自身で僕に付いてこられたのでしょう?まぁ、そういうわけで、今でもこういう程度に縁が続いているわけです」

「はっ、はぁ……」


 苦笑いを浮かべるミシェルの前に、湯気の立ったティーカップが置かれた。芳ばしい紅茶の香りが鼻腔を擽り、頭をクリアにしてくれる。


「あの、アリソンさん、今日は何をしにいらっしゃったのですか?」


 去り際のアリソンの言葉がミシェルの脳裏に蘇る。何やら対抗意識を燃やされてしまっているようだが、当のミシェルには一向に理由が見当たらない。


(私には身分も、美しさも、知性もありませんのに)


 アリソンは、やんごとなき身分に加えて大層可愛らしい顔立ちをしていた。恐らくあと数年もすれば、美しい貴婦人へと成長を遂げるに違いない。それに、貴族の娘ならば、ミシェルよりも余程たくさんのことを学んでいるだろうし、見聞も深かろう。


「ん~~~~、それなんですがねぇ。なんとアリソン、今度の採用試験を受ける気らしくて」

「……へ?アリソンさんが、ですか?」


 意外な話だった。

 少なくとも、次の採用試験でアリソンに見合うような仕事はないようにミシェルには思える。新しく始まった女性政務官の採用試験も、学が無ければ採用は難しいという事情はあるものの、貴族の令嬢が行う仕事ではない。侍女や掃除係等、なおさらだ。


「アリソンが無鉄砲なのは昔からだが、今回のことは全く理解できん」


 フン、と鼻を鳴らしながら、ルカが吐き捨てるように言った。


「本当にこの国のために働きたいならばいい。自分の能力を活かしたいと思うならばそれも良い。だが、あいつはそんなこと、考えてないだろう。よく分からんプライドや見栄、対抗意識のために大事な試験を引っ掻き回されたら堪らんのだ」


 ミシェルは手元のティーカップを覗き込みながら首を傾げた。


(そう……なのでしょうか?)


『こんな女なんかに、私は負けないんだから!』


 すれ違いざまにアリソンからそう言われたことは確かだ。だから、ルカの言うことは一理あるだろう。けれど、それだけではないようにミシェルには思えた。


「ルカ様のおっしゃったとおり、我々は何も手を貸しません。けれど彼女の応募を止めることもできません」


 そう口にしたのはクリスだった。二人とは違って、アリソンとはほとんど面識がないのだろう。どこか距離のある物言いだった。


「そういうことです。案外試験で良い線行く可能性も……」

「……そろそろ、アリソンの話は終わりにして良いか?」


 そう言って笑うルカの表情は引き攣っていた。どうやら本当に辟易しているらしい。クリスもアランも口を噤んだ。


「というか二人とも、そろそろ気を利かせてこの部屋から出たらどうだ?」


 ミシェルの隣へと移り、ルカがそっと肩を抱く。思わぬことに、ミシェルの頬がほんのりと紅く染まった。


「「それはできません。仕事中ですから」」


 先ほど神妙な顔つきになったばかりのクリスとアランの二人が、今度は辛辣な表情でルカを睨みつけた。ルカは声を上げて笑いながら、ミシェルの肩へと寄りかかった。


「冗談だ」


 まるで悪戯が見つかった子供のような笑顔を見せるルカに、ミシェルの心臓は落ち着かない。スパイシーな香水の香りと、無邪気な笑顔のギャップ、それからじわじわと伝わってくる体温ルカの体温がミシェルを侵食していく。


(幼いころのルカ様、か)


 話でしかうかがい知ることのできないルカの幼少期を思い浮かべながら、ミシェルは目を瞑る。


(良いなぁ)


 ミシェルは、今はもうこの部屋にはいないブルネットの少女を、うらやましく思った。

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