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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
森を出た魔女、王都に生きる
27/98

ブルネットの少女

 ミシェルが故郷の森を出てからどれぐらい経つだろう。気が付けば目まぐるしく季節が移り変わっていた。


「その書類はあっちで、これはこっちの箱にお願い。――――ごめんねミシェル、手伝わせちゃって」


 テキパキと指示を出すのはディーナだ。ミシェルの執務室よりも少し広いこの部屋では、彼女の他に数人の若手政務官が忙しなく働いている。


「いえ~~。私は今比較的手が空いてますし、へっちゃらですよ」


 かなり高くまで積まれた書類を魔法で動かしながらミシェルは笑う。猫のトネールは暇らしく、書類を追いかけながら遊んでいた。


「それにしても、責任者の一人に抜擢されるなんてすごいですね、ディーナ」

「うん、自分でも意外だった。結構プレッシャーだけど嬉しい……かな」


 ディーナはそう言ってはにかむ様に笑った。ほんのりと染まった頬が可愛らしい。ミシェルは思わず目を細めた。


「良い人が集まると良いですね」

「そうね!でも、こればっかりは運としか言いようがない気がするけど」


 書類が目的地へ着地すると、トネールは不貞腐れたようにミシェルの肩に乗る。最近城の外に出掛けられていないせいだろうか。トネールは少し退屈そうにすることが増えてきた。ディーナが顎を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。ミシェルは小さく笑いながら近くにあった椅子へと腰かけた。

 ディーナが抜擢されたのは、城内職員採用試験の責任者だ。職員と言っても、ディーナのような政務官から、クリスのような王族の側近、騎士や侍女、果てはお掃除係まで職種は幅広い。

 定期的に開かれているこの採用試験だが、今年は例年とは大きな違いがある。


「大丈夫ですよ。きっと素敵な人が集まります。それに今年は、これまでと違って、政務官に女性も応募できるようになったのです!全部、ディーナが頑張ったおかげですね」


 そう。長らく男性にしか開かれていなかった政務官への道が、今年から女性にも解禁されたのだ。これは、初めての女性政務官であるディーナの功績と、ルカの改革のたまものだ。


「ありがとう。すごく嬉しい!」


 ディーナはそう言って、満面の笑みを浮かべる。コクコク頷きながら、ミシェルも一緒になって笑った。


「でもね、全体で見れば、今がきっとスタートライン。結果を残さなければきっと、また女性が政治にかかわるための道は閉ざされてしまうわ。……私、どんどん変わっていくこの国を支えるの。そのためにたくさん勉強するし、努力するわ」


 額に滲んだ汗を拭いながら、ディーナが言う。その顔は力強く、そして美しかった。


「そうですね!一緒に頑張りましょう!」


 形は違うとはいえ、ミシェルとディーナの目指す方向は同じだ。勢いよく立ち上がりながら、ミシェルは力強く笑った。


「そんなわけでミシェル。次はこれ、お願いできる?」

「はい、お安い御用です!……と、これよりもあっちの重そうな書類を私が運んだ方が良いのでは?」


 ディーナがミシェルに手渡したのはほんの数枚の書類だ。先ほどまでの嵩張るものとは性質が異なる。効率を重視するならば、今手渡された薄い書類の方をディーナが対処した方が良いに違いない。


「ん、あっちは他の二人がやるから大丈夫。こっちは、ミシェルにお願いしたいやつだからさ」

「了解しました。お届け先はどの辺でしょう?」


 ミシェルはクルリと踵を返しながらキリリと眉を上げる。ディーナは小さく笑いながら、唇に人差し指を当てた。


「この部屋を左に曲がった突き当りのとこ」

「……は」


 ミシェルは頭の中で道を反芻しながら、頬を紅く染めた。東塔の中でも奥まった場所にあるこの部屋の、そのさらに先にある部屋は一つしかない。塔の主の部屋である。


「印鑑貰いたい書類なんだけどさ、ミシェルが行った方がルカ様喜ぶでしょう?試験の見直しやらで最近また忙しいみたいだし。多分会いたがってるからさ、行ってあげてよ」

「…………」


 あの日以降も、ミシェルとルカの関係はこれまで通りだ。公に恋人同士になったわけでも、婚約したわけでもない。主人と、雇われ魔女という関係のままだ。

 ディーナに対しても、二人の間にあったことや、交わした約束を話したわけではない。けれど、まるで全てを理解しているかの如く、こうして二人のために気を回してくれるのである。


「主のモチベーションを上げるのも、従者の仕事だと思うのよね!そっちの方が効率も良いし。……というわけで、よろしくねミシェル!」

「はい」


 照れくさそうに頬を染めながら、ミシェルは頷いた。

 トネールと一緒に執務室を出て、広い廊下を歩く。ふと窓の外を見ると、木の葉が紅と黄色に美しく染まっていた。唇を綻ばせながら、ミシェルの足は先へ先へと向かっていく。

 本当はここ数日、ルカの顔を見れていなかったことを内心寂しく思っていたのだ。けれど、ミシェルから会いたいとは言いづらい。ルカは忙しいし、ミシェルは一応ただの従者の一人だ。彼の仕事の邪魔をするわけにはいかなかった。

 ルカの執務室の扉の前には護衛が二人。どちらもミシェルの顔見知りの騎士だ。恐らくは、クリスとアランが室内で彼の補佐と護衛をしているのだろう。 


「あの、ルカ様に書類を見ていただきたいのですが」

「ミシェル様。生憎、ルカ様はただ今来客対応中でして」

「そうなのですね」


 トネールがルカの執務室の扉に擦り寄る。騎士の一人が小さく笑いながら、そっとトネールを抱き上げた。


(どうしましょう)


 ここで待つこともできようが、そうすると護衛の二人の心は休まらないだろう。ならば、ここで書類を二人に預けるか、出直す方が良い。


(本当は久しぶりにお会いしたかったのですが)


 ディーナもまだ仕事が残っているようだったし、立ち止まっている時間は勿体なかろう。そう、ミシェルは判断した。


「あの、でしたらこの書類をルカ様に渡していただけますでしょうか?」

「はっ!……ですが、ルカ様はミシェル様にお会いになりたいのではないかと。差し出がましいとは存じますが……」


 騎士は扉とミシェルとを交互に見る。ミシェルは困ったように笑いながら、騎士からトネールを受け取った。


(な、なんとお答えすれば良いのやら)


 はい、とも、いいえ、とも答えづらい上、この上なく恥ずかしい。ミシェルは眉を曲げながら、トネールに顔を埋めた。

 その瞬間、ルカの執務室の扉が勢いよく開いた。

 ミシェルが顔を上げると、そこには美しい紅のドレスに身を包んだ、ルカと同じぐらいの年頃の少女が立っていた。ゆるいウエーブのかかったブルネットに、黒い大きな瞳が特徴の可愛らしい顔立ちである。


「ルカがなんて言おうと、私は絶対諦めないんだから!」


 少女はそう叫んだ。ミシェルがそっと覗き込む。部屋の中央にはミシェルの想像した通り、ルカとクリス、それからアランがいた。


「勝手にすればいい。だが私は手を貸さないからな」

「言われなくても……っと」


 少女は再び口を開きかけたが、ようやくミシェルの存在に気づいたらしい。途端に眉間に皺を寄せながら、ぐっと口を噤んだ。


「「ミシェル!」」


 部屋の中央からそんな声が上がった。ルカとクリスのものだ。ルカはすぐに椅子から立ち上がると、真っすぐに部屋の入口へと向かってくる。まだ扉の側にいる少女の存在など、気にも留めていない様子だ。


「来てくれたのか?」


 ルカはそう言って笑った。ほんのりと頬が紅くなっている。ミシェルはそれが、とても嬉しかった。


「あの、書類を届けに来たんですが」

「それでも良い。来てくれたんだな」


 言いながらルカはミシェルの肩を抱き、部屋へと招き入れる。少女がわなわなと拳を震わせながらミシェルを睨みつけた。


「~~~~~~見てなさいよ!こんな女なんかに、私は負けないんだから!」


 悪態を吐きながら、少女は部屋を後にした。ルカが面倒くさそうに、大きなため息を吐く。ミシェルは困惑を隠せないまま首を傾げた。

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