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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
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ゆずれない願い

 ひと際大きな木の幹へと、ルカが先に腰掛ける。ミシェルもルカのあとに続いた。涼しい空気が火照った身体を冷やしていく。ミシェルはルカの顔を見ることができないまま、小さく俯いた。



「ミシェルの……母親のことを聞いても良いだろうか? 」



 徐にルカが切り出した。



「俺はもっとちゃんとミシェルの考えを理解したい。知りたいと思うんだ」



 思わぬ申し出に、ミシェルはひっそりと息を呑む。ルカはミシェルの手を握ると、静かに声を震わせた。



「ミシェルが言うように、俺も以前は自分が完璧じゃないといけないと思っていた。完璧であるために努力してきたし、色々と背伸びをしてきた。だけど、誰にもそれを見せたくなくて、息苦しくて――――」



 ルカはミシェルを見つめながら、大きく深呼吸をする。



「ミシェルだけなんだ。ダメなところも含めて、俺の全部を受け入れてほしいと思った。ミシェルの側にいると安らぐし、本当の自分でいられる。だから――――」



 ミシェルは顔を上げぬまま、小さく頷いた。



「何からお話すれば良いのか……。正直私も、祖母から聞いただけで、母の顔すら覚えていません。父親はどこの誰なのかも知らないと言ってましたし」



 ルカの視線を感じながら、ミシェルは目を伏せた。



「それで、犯罪者というのは? 」



「はい……母は私を産み落とした後、すぐに家を出ました。『人の心を変える魔法を』とブツブツ唱えながら……尋常な様子ではなかったそうです。それからしばらく経って、祖母は母が犯罪を犯したらしいと人伝に聞きました。具体的に何をしでかしたかは知らないと話していましたが、本当は私には聞かせられなかっただけなのかもしれません」



 どこにいるのか、生きているかすら分からない両親。そして、罪を犯した母親と同じにならないよう、祖母はミシェルを厳格に育てた。外にも出さなかった。そのせいでミシェルの世界はあまりに狭く、小さかったけれど、祖母の恐怖は分からないわけじゃない。



「私には母と同じ血が流れています。母と同じことをするかもしれません。そんな人間、ルカ様には相応しくない。今でもそう、思っています」



 ルカは黙って話を聞いていた。けれど、しばらくしてから、そっとミシェルの頭へ手のひらを乗せた。ポンポンと子を宥めるような手つきが擽ったい。俯いたままのミシェルの瞳に、薄っすらと涙が滲んだ。



「そんな顔すら知らない人間、親でも何でもないだろう? 」



 ルカの言葉には、ほんの少し迷いがあるように感じられた。それがなぜかは分からないけれど、ミシェルは首を縦にも横にも振ることができなかった。



「ミシェルが負い目を感じることは何もない。それに、親子関係を証明するものなんて、この世に何も存在しないんだ。だから、誰が何と言おうと、耳を貸す必要なんてない」



 それはミシェルというよりも、ルカ自身へ言い聞かせているような、そんな口ぶりだった。けれどミシェルはルカの言葉が嬉しかった。心に絡まり付いた重い鎖が、少しずつ少しずつ解けていく。



「ミシェルはミシェルだ。親が誰だとか、何をしているだとか関係ない」


「……そう、なのでしょうか」



 ミシェルはそっと顔を上げた。ルカは穏やかに微笑みながら、迷いのない瞳でミシェルを見つめていた。眉間がジワリと熱くなった。



「俺が言うことが信じられないのか? 」



 ルカはそう言って小さく笑った。その笑顔はあまりに美しく、そして愛おしい。ミシェルは顔をクシャクシャにした。



「ミシェルはミシェルだ。明るくて可愛くて直向きで――――この俺が見初めた唯一の女の子だ。ミシェルが俺を完璧だというなら、俺を信じてほしい」



 自信満々にルカが笑う。



(ルカ様)



 ミシェルは真っ直ぐにルカを見つめた。身体が燃えるように熱い。もう迷いはなかった。



「私――――信じます。ルカ様を信じます。いえ、信じられるような自分になりたいです」



 ミシェルの頬を涙が伝う。



「私は私だって、胸を張って言えるように。いつか、ルカ様の側に――――堂々と隣に立てるように、頑張ります」



 ミシェルの人生は、森を出たあの日に始まったばかりだ。まだ、誰かに誇れるだけの何かを持っているわけじゃないし、正直自信だってない。

 けれど、ルカのことを信じたいと思った。信じられるだけの強い自分になりたいと思った。

 そのために必要な努力は惜しまないし、きちんと前を向いていたい。

 ルカは唇でミシェルの涙を拭いながら、ミシェルをきつく抱き締めた。



「では俺は、その日が来るまで待とう。きっと、そう長くは掛からないだろう? 」



 二人の額がコツンと音を立てて重なる。神秘的な薄紫色の瞳がミシェルの心を捕えて離さない。頷こうとしたその瞬間、ミシェルはルカに唇を奪われていた。

 ルカの唇はミシェルの涙で濡れて、ほんのりと冷たい。けれど、心は信じられない程、温かく幸福感で満たされていた。



「はい! 待っていてください」



 自信を持って、ルカの気持ちに応えることができる――――そんな日が来てほしいとミシェルは強く願う。

 満足そうに微笑むルカの腕の中、ミシェルは満面の笑みを浮かべるのだった。

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