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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
25/98

「さてと」



 ミシェルを含めた一行は、町の入口にいた。そこにはルカと彼の従者と同じ人数分の馬が繋がれていた。畑を出てすぐのため、まだ太陽は高い位置にある。



「我々は馬車や荷物の手配ができたら帰ります。御心配なさらずともすぐに後を追いますので」



 そう話したのはクリスだ。

 クリスとミシェルがこの町に着いたのは二週間前。今回撤収を命じられたのは急なことのため、当然何も準備が出来ていないのだ。



「…………」



 ルカはしばらく無言で佇んでいた。ミシェルがそっと、気づかれない程度に顔を上げてルカを見る。

 忙しい日々が続いているのか、ルカはまた少し痩せた印象だった。これまで一定の短さに切りそろえられていた後ろ髪が、少しだけ長くなっている。



「ミシェル」



 視線はこちらを向かないまま、ルカが唐突にミシェルを呼ぶ。



「はっ……はい! 」



 思わず声を上ずらせながら、ミシェルが返事をした。ミシェルの動きに合わせて、トネールがキリリと姿勢を正す。緊張がミシェルの背筋を駆け巡った。



「乗馬はできるな? 」


「へ? はっ……まぁ、一応は」


「だったら問題ない。ミシェル、その猫はアランに。クリスは二人分の荷物を纏めて、後から帰るように」



 トネールを抱きかかえながらルカが言う。クリスは不服そうに唇を尖らせつつも、こくりと頷いた。肝心なミシェルはというと。



「えぇっと……それで、私は? 」



 冷や汗を流しながら表情を曇らせていた。



(もしかして、このままお役御免⁉ )



 不穏な考えがミシェルの頭を過る。

 もしかしたら、ミシェルが王都を離れている間に沙汰が下ったのかもしれない。そう思うと足がすくんだ。



「ミシェル……おまえは私と一緒に帰るんだ」



 ルカはそう言って、ようやくミシェルの方を見た。それは驚くほどに穏やかで優しい笑みだった。

 馬はきっかり人数分。ミシェルが一緒では計算が合わない。



「けっ、けれどルカ様の後ではミシェルも委縮してしまうのでは? 騎馬で帰るにしても、せめて私と一緒の方が」


「もう決めたことだ。まったく、便りも寄こさず二週間もミシェルを独占していた癖に」



 颯爽と馬に跨りながらルカがため息を吐く。



「それはあなたが期間も特に設けずにぼや~~っとした指令を出すからでしょう! 」



 クリスは眉間に深々と皺を刻むと、顔を真っ赤にしてそう言った。

 ミシェルは言葉を失ったまま、二人のやり取りをじっと眺めている。



(帰る? )



 ルカは久しぶりのクリスとの応酬で楽しそうに笑っている。けれどミシェルの視線に気づいたのだろう。再び穏やかに笑いながらミシェルに向かって手を差し伸べた。



「帰ろう? ミシェル」



 再び発せられた言葉は、はっきりとミシェルを捕えた。



(良いのでしょうか)



 親が犯罪者だからというだけではない。ルカを拒み、傷つけたミシェルに、彼の側に戻る資格があるのだろうか。ミシェルの帰る場所がルカの元だと、そう思っても良いのだろうか。そんな風に迷う癖に、ミシェルの手は自然ルカへと向かって伸びる。そっと指先が触れ合っただけで、心が震え、瞳から涙が込み上げた。

 クリスはため息を吐きながら、困ったように笑った。それからミシェルがルカの後ろへと座るのを手助けしてやる。



「ありがとうございます、クリス」



 ミシェルはクリスを見つめながら微笑んだ。

 結局クリスはこの二週間、ミシェルとルカとの間にあったことも、自分があの日打ち明けた思いの話も、何もしなかった。

 本当は気になっただろう。尋ねたかっただろう。けれどそうしなかったのは、クリスの優しさなのだとミシェルは十分理解している。



「道中お気をつけて。決して無理はしないでくださいね。私も、すぐに後を追いますから」


「ありがとうございます」



 ルカは二人のやり取りを横目で眺めながら、満足気に笑う。それから、アランを含めた従者たちの準備が整ったことを確認してから手綱を引いた。

 蹄の音が軽快に響く。ルカの従者たちは、前方と後方に分かれ、警護をしながら走っていた。吹き抜ける風が強いため、二人の声は警備のメンバーには聞こえそうにない。



(とはいえ、久々にお会いして、何をお話すべきやら……)


「ミシェル」


「はっ、はい! 」



 うだうだ考えるような時間はミシェルには殆ど与えられなかった。何を言われるのか、戸惑いながらもミシェルはルカの次の言葉を待つ。バクバクと心臓が鳴り響いていたが、顔が見えないのは幸いだった。



「その……元気そうでよかった」


「へ? は……はい。ありがとうございます」



 ポツリと呟くようにルカが言う。何と答えるのが正解か分からないまま、ミシェルは返事をした。



「少し、日焼けしたな」


「はい。帽子はかぶっていたのですが、さすがに日差しが強かったみたいです」



 ミシェルの白い肌は、日に焼けてほんのりと紅く染まっている。それとは対照的にどんどん真っ白になっていくルカが、ミシェルは心配だった。



「ルカ様は……少し痩せられましたね? ちゃんとお食事はなさっていますか? 」


「いや。最近は事務仕事ばかりだったから大分疎かにしていた。身体もなまってしまったし、そろそろ生活を戻さないとな」


「……お仕事、未だに忙しいのですか? 」



 会談から向こう、ルカが忙しいことは知っていた。それは、しばらく遠征に出て溜まってしまった仕事の弊害だと聞いていたのだが。



(それだけじゃなかったのでしょうか)



 ミシェルは唐突に不安と心配に駆られた。



「あぁ。だが大分マシになった。ディーナに補助に入ってもらうようにしたし、ひとまずはうまく仕事が捌けていくように仕組みを作った。だから、今後は執務室に籠りきりの生活とはおさらばだ」



 ルカの物言いにはよどみがない。恐らくは本当に大丈夫なのだろう。ミシェルはほっと胸を撫でおろした。



「何でもかんでも王家に決裁が回ってくる今のシステムはさっさと見直さないと。おかげでミシェルにひと月近くも会えなかったんだ」



 ミシェルはルカにしがみ付いたまま、そっと首を傾げた。

 ディーナの話では、王族というのは自分に権力を集めたがるものだという。そうすることで国内外の均衡を保っているらしいのだが、ルカは違うのだろうか。



「ミシェル……俺はミシェルが思っているほど完璧な人間ではないよ」



 ポツリとルカがそう漏らした。思わぬことに、ミシェルはひっそりと息を呑む。



「何事も、その道に精通したものの方が良い決定が下せると思うし、スピードも速いと思っている。民意だって、俺だけでは十分に汲むことができないし、それでは良い国は作れないだろう。だから今は、それを補うための仕組みを作るために色々と動いているんだ」


「そう……なんですね」



 意外な話だった。けれど、ルカらしい考えだともミシェルは思った。この構想があればこそルカは、魔女試験の時にディーナを採用したり、クリスを側近として呼び寄せたのだろう。



「俺は決して、完璧じゃないんだ」


「…………」



 ルカはもう一度、言葉を重ねた。それはあの夜、ミシェルがルカに伝えたのと真逆の言葉だ。



「……私は、ご自身の足りない所を素直に認められたり、他の方の良いところを活かせる部分も含めて、ルカ様は完璧だと私は思います」



 本当はルカに足りない所など見つからない。けれど、そう伝えたところでルカは納得しないだろう。ミシェルはそっと、祈るようにルカの言葉を待った。けれどルカは無言のままだ。



(気分を害されたのでしょうか)



 それでも、先程ルカに伝えた言葉はミシェルの本心だった。

 出会った時から、ミシェルにとってルカは太陽のような存在だ。森を出てからようやく始まったばかりのミシェルの人生を、道を、明るく照らしてくれた。そんな彼を少しでも支えることができたら嬉しいし、役に立てたら良いと、今でもそう願っている。

 やがて、二人を乗せた馬はスピードを落としたかと思うと、ゆっくりと停止した。後ろでアランが焦ったように手綱を引く。



「すまない、アラン」



 ルカが振り返りながら、申し訳なさげに呟いた。トネールを胸に抱え、アランは不思議そうに首を傾げる。



「構いませんが、一体どうなさったのですか? 」


「ミシェルときちんと話がしたかった。少し離れた所で待機していてくれ」


「……御意」



 ルカが付いてきていないことに気づいたらしい前方の従者たちも、こちらへと戻ってくる。アランは従者たちを一所に集めると、何やら指令を与えていた。どうやら休憩を取ると伝えているらしい。従者たちはいざとなればすぐに駆け付けられる程度に離れた木陰へと移動していった。



「ミシェル」



 ルカが先に馬から降り、ミシェルへと手を差し出す。ミシェルは戸惑いながらも、そっとルカの手を取った。

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