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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
20/98

誕生日の夜に③

 ルカが通るたび、人々が垣根を作るようにして道を開けていく。いつの間にかミシェルは、広いホールのど真ん中にルカと二人きりで立っていた。

 会場中の視線がミシェルに突き刺さる。緊張が頂点に達し、ミシェルは唇を震わせた。

 ルカは優雅な動作ででミシェルの手を取り、腰へと手を回す。それを合図に、広間に音楽が流れ始めた。



「あっ、あの……ルカ様! 私……」


「合わせて」



 ルカは穏やかに微笑むと、ゆっくりとステップを踏んだ。ミシェルは戸惑いながらも、ルカの動きに合わせる。すると、ドレスが美しく揺れ動き、星が瞬くように輝いた。満足気に笑うルカはとても美しく、周囲から感嘆のため息が漏れる。



「良かった」


「え? 」


「思った通りだ。そのドレス……ミシェルに良く似合ってる」



 ミシェルを見下ろしながら、ルカが目を細める。



「これ、ルカ様が? 」


「ああ、俺が選んだ。本当は袖を通したところを一番に見たかったが、ついさっきまで仕事に追われていたからな」



 困ったように笑いながら、ルカはミシェルをリードする。ダンスなど、生まれてから一度も経験したことのないミシェルが、まるで魔法を掛けられたかのように軽やかにステップを踏めた。

 ミシェルに向けられる視線はとても好意的とは言い難い。先ほどのクリスの話からして、ここにいる未婚の女性たちは皆、ルカとの婚姻を目指しているのだろう。本来なら、貴族の令嬢たちを差し置いて、庶民のミシェルがルカの相手を務めていいわけがない。けれど、ルカの誘いを断ることもできないし、途中で抜け出せるわけもない。



「……クリスとは何を話していた? 」



 手を固く握りなおしながら、ルカが尋ねた。周りには未だ人はおらず、誰も彼らの会話を聞く者はいない。けれど、何故だかミシェルに緊張が走った。



「色々です。こういう場が初めてな私に、貴族の社交界とはどういうものか教えてくださったり、知り合いの方を紹介していただいたり……そうそう、ルカ様の結婚事情をお聞きしたりしていました! 」



 ミシェルはそう言って満面の笑みを浮かべた。こういう時、心と身体が別の動きができるのは便利だ。そう、ミシェルは思った。



「ルカ様に未だお妃さまがいらっしゃらないなんて意外でした! けれど、楽しみです!ルカ様のことですからきっと、素敵な方をお迎えになるのでしょうね。その時が来たら私、精一杯お仕えします」


「仕える? それは無理だ」



 少し眉間に皺を寄せながら、ルカはきっぱりと言い切った。ミシェルの心が少しだけ軋む。



「すみません、私……」



 ミシェルは自分が恥ずかしかった。ルカが伴侶を見つけるそのときまで、自分は今の地位――王室専属魔女でいられる。そう信じて疑っていなかった。彼の妃にだって仕えることの立場でいられると。けれど、それは思い過ごしだったのかもしれない。そう思うと、ミシェルは今すぐこの場から逃げ出したくなった。



「何を謝る必要がある? 」



 ルカは心底不思議そうな顔でミシェルを抱き寄せた。周りからは歓声が上がる。瞬時にミシェルの頬が紅く染まった。



「……私、愚かにもこれから先もずっと、ルカ様の側で王室専属魔女をしていられると思っていました。ルカ様の妃となられる方にも一緒にお仕えできるって。……そんな夢のようなこと、ルカ様にお伝えすべきではなかったのに。すみません」



 俯きながら、ミシェルは思いのたけを吐き出した。本当ならばこんなこと、打ち明けるべきではないのかもしれない。けれど、先日から揺れ動き続けている心が、ミシェルを突き動かした。



「確かに、愚かかもしれないな」



 ルカはそう言ってクスリと笑った。ミシェルの心臓がバクバクと鼓動を刻みながら悲鳴を上げる。



(~~~~~~早く、この場から逃げ出したい)



 けれど、ミシェルの腰はルカにしっかり抱かれていて、自由が利かない。ルカはミシェルの顎を掬うと、そっと上向かせた。澄んだ紫色の瞳がミシェルの心と身体の自由を奪う。逃げ出すことなど、到底できなかった。



「だってそうだろう? ミシェルはミシェルに――――自分自身に仕えることはできないのだから」


「…………え? 」



 気づけば音楽は止み、二人は見つめ合ったまま広い広間の真ん中に佇んでいた。会場全体が固唾を飲み、静寂に包み込まれる。

 二人の会話は誰の耳にも届いてはいない。けれど、妙な緊張感が、会場全体を支配していた。



(え? ……え? 今のはどういう…………)



 ミシェルは未だ、ルカの言葉の意味を理解できずにいる。けれど、心臓は先ほどまでとは違う形で、ドクドクと鼓動を刻んでいた。何かがつっかえたように、うまく呼吸ができない。浅い呼吸を繰り返しながら、ミシェルはそっと目を逸らした。



(私は私自身に仕えることができない)



 ミシェルはルカの妃に仕えることを望んでいた。けれど、ミシェルにはそれが叶わないという。何故なら、ミシェルはは自分自身に仕えることはできないから――――ルカの意図していることは明白だった。

 ミシェルはもう一度、ルカを見上げた。いつも自信に満ち溢れ、迷い等一切見えないルカが頬を紅く染め、何かを訴えかけるように眉を顰めている。



(そんな……そんなことって! )



 理解できないふりが出来れば良かった。いつものように感情に蓋をしていれば、或いはもっと上手く立ち振る舞えたのかもしれない。けれど、ミシェルにとってルカの言葉は想定外だった。気づいてしまった後ではもう手遅れで。心も体も、ミシェルの思うようには動いてくれない。



「……ここを出よう。ゆっくり話がしたい」



 ルカはそう言って、ミシェルの手を引いた。その瞬間、会場から、わっとどよめきの声が上がる。まるで止まっていた時間が動き出したかのように、ザワザワと喧騒が会場を飲み込んだ。



「あっ……あの! 」



 その時。令嬢たちのものとは違う視線を感じて、ミシェルが振り返る。するとそこにはクリスが立っていた。

 距離が離れているせいで、クリスの表情はミシェルからはよく見えない。けれど、最後に見た彼の表情が、ミシェルの頭に鮮明に浮かんだ。



(クリス……)



 ルカに繋がれたままの手から感じる、早い鼓動の音は、どちらのものなのか。ミシェルは前へ向き直りながら、ギュッと瞳を閉じたのだった。

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