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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
19/98

誕生日の夜に②

「彼女が十数年ぶりに採用された、王室専属魔女のミシェルです」



 知り合いと会話を交わすたび、クリスはミシェルをそう紹介してくれる。ミシェルは控えめに挨拶を返しながら、穏やかな笑みを浮かべ続けた。分不相応なのは変わらないものの、少しだけ場に溶け込めた感覚がして、ミシェルはクリスに感謝した。

 意外だったのは、皆が口を揃えて『クリスが女性を連れているのは珍しい』と言うことで、その度にクリスが頬を染めるのが印象的だった。



「何だか未だに信じられないです」


「何がですか? 」



 クリスから差し出されたグラスを手に、ミシェルが笑う。



「クリスはエスコート慣れしているようだったので、女性を連れてるのが珍しいって言われるなんて」


「そう……ですか? 」



 クスクス笑うミシェルに対し、クリスは複雑な表情だ。

 今だってクリスは何も言わないが、慣れないヒールにミシェルが疲れた頃合いを見計らって、人混みから少し離れた場所へと連れ出してくれた。こういった気遣いができるあたり、普段女性を連れていないと言われても現実味が無い。



「……ずっと、私の夢でしたから」


「夢、ですか? 」



 躊躇いがちに言葉を紡ぐクリスに、ミシェルは首を傾げる。



「はい。あなたと……ミシェルと一緒に外を歩くことが、幼い頃からの私の夢でした。こうして夜会に出席することもそうです。初めてエスコートするのは絶対にミシェルと心に決めていましたから」



 どこか緊張した面持ちのクリスに、ミシェルの心臓が小さく跳ねる。

 昔からクリスは、ミシェルに対して優しい。甘やかしてくれるし、大事にしてくれる。けれどそれは、彼の生まれ持った気質であって、誰に対しても同じなのだと、そう思っていた。



(なんて、クリスの真意はわかりませんが)



 小さく首を横に振りながら、ミシェルは微笑んだ。



「嬉しいです、そんな風に思ってくださって」



 本当はもっと、違う言葉を望んでいるのかもしれない。けれど、形上はこれまで通り、ミシェルは素直にクリスの言葉を受け入れる。そうすれば、クリスはこれ以上踏み込んでくることはないようにミシェルには思えた。



「嬉しい……か。ミシェルは残酷ですね」



 そう漏らしたクリスの瞳は切なげに揺れ動き、ミシェルを捕える。どうやら返答を間違えたらしい。思わず後退るも、クリスはミシェルを捕えて離さなかった。



(残酷……そうなのかもしれません)



 ミシェルは何事もなかったかのように穏やかに微笑みながら、広間を見回した。クリスは否定していたが、今も数人が、クリスへと熱い視線を送り続けていた。



「随分、若い女性が多いのですね」



 ミシェルは社交界がどんなものなのか知らない。けれど、異様なまでに若い女性――婚約すら未だの年若い令嬢が多いように思えた。

 クリスは今、これ以上追及しても無駄だと思ったのだろう。困ったようにため息を吐きながら、ミシェルをそっと解放した。



「そうですね。ルカ様は未だ妃を娶っていませんし、婚約もしていませんから……自然、こういう場ではその座を狙う女性が多く集うのですよ」



 クリスはクイっとグラスを呷りながら、遠い目をした。



「そうなのですか」



 ルカのそういった話を聞くのは初めてだった。十八歳を迎えた一国の王子が未だ婚約すらしていないのは、何だか意外に思える。



「はい。他国にも王子に似合いの年頃の姫はいませんから、少なくとも最初の妃は国の有力貴族の娘の中から選ぶことになります。けれど王子は、これまであまりご自身の妃選びに乗り気ではありませんでした。アラン等は、そのことでしょっちゅう大臣たちに小言を言われていたようですが」



 クリスはそう言って、そっとミシェルと手を繋ぐ。クリスの手のひらは冷たく、小刻みに震えているように感じられた。



「……さっさと結婚してしまえば良いのです。どうせ誰にも興味を持てないならば、誰と結婚しても同じでしょうに」



 ミシェルはクリスを見上げた。まっすぐにミシェルへと向けられた瞳に、真一文字に結ばれた唇は何を意味するのか。



「そうですね」



 ミシェルは穏やかに微笑んだ。意外なほどに、心は落ち着いていた。



「私もそう思います」



 一所に落ち着いてしまえば、ルカから向けられる関心も、ミシェル自身の良く分からない感情もなくなってしまう。そんな風に思えた。



「ミシェルも……今すぐにとは言いません。私との将来を考えてみて貰えませんか? 」



 クリスはポツリと、まるで独り言のようにそう呟いた。先ほどまで冷たかった手のひらに熱がこもる。

 少しの間、二人の間に奇妙な沈黙が横たわった。



(私とクリスが? )



 クリスがミシェルに対して好意を抱いていることには気づいていた。幼馴染――――友人としての親愛の情。それがミシェルとクリスの間には確かに存在していた。

 けれど今、二人の間にはこれまでとは違うものが求められている。



(クリスが私に抱いているもの、求めているもの――――)



 今のミシェルにはそれを受け入れることも、与えることも難しいように思える。



「クリス……私では――――」


「私とならば、身分も過去も何もかも、気にする必要はありません。例えば誰かの代わりになったとしても、私は一向に構わないのです。必ずミシェルを幸せにすると約束します」



 ミシェルの心を見透かすかのように、クリスは言葉を紡いだ。縋る様な瞳をしたクリスを前に、ミシェルは戸惑いを隠せない。ミシェルが諾と言いやすいよう予め用意された逃げ道は、あまりにも魅惑的だ。



「私はあなたが良いのです。ずっとずっと、ミシェルだけを見てきました」



 クリスは、ミシェルがルカに惹かれつつあることに気づいているのだろう。だからこうして先手を打った。

 もしもクリスの手を取ったなら、ミシェルがルカに対して心を乱すことはなくなる。そして、ルカもきっとミシェルに対して興味を持つことはなくなるだろう。そう思うと、ミシェルの心が小さく揺れ動いた。



「あ……あの」


「悪いなクリス」



 その瞬間、ミシェルの心臓が大きく跳ねた。低く凛と響くその声は、クリスのものではない。そうと判断した時にはもう、ミシェルの腕は強く前へと引かれていた。



「ミシェルは俺が連れてく。これまで待っててやったんだ。……悪く思うなよ」



 声の主であるルカは不敵に笑うと、ミシェルを抱き寄せ颯爽と踵を返した。

 思わぬことに戸惑いつつも、ミシェルはそっとクリスを振り返る。普段見せることのない、クリスの真剣で熱い眼差しが、ミシェルの心に焼き付くようだった。

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