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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
18/98

誕生日の夜に①

 美しく磨き上げられた大広間に、華やかに着飾った人々が集う。



(すごい……圧巻です)



 ミシェルは目の前に広がる光景を呆然と見つめながら、ひっそりと息を呑んだ。

 色とりどりのドレスに、見るからに上等なスーツ。胸元や耳を彩る宝石は、どれも息を呑むほど美しく、キラキラと輝いて見える。

 ルナリザーとの会談に出たときもそうだったが、目の前の光景はまるでおとぎ話の中にいるようで現実味が無い。



(どうしよう……場違い感が半端ないです)



 ミシェルは唇をギザギザに引き結びながら、そっと後ずさりした。

 あっという間に日々は過ぎ去り、今日はルカの誕生日。会場の面々は、それを祝うために集まった貴族たちだ。参加者たちは皆、気品や知性に満ち溢れているように見え、ミシェルを委縮させる。


 何とか理由を付けて逃げ出そうと試みたミシェルだったが、事前に誰かが手を回していたらしく、部屋の前で侍女たちにとり囲まれた上、あっという間にドレスを着せられてしまった。華やかなドレスは、ミシェルの心と身体を締め付ける。

 ドレスや装飾品は、侍女たちが持ってきてくれた。オレンジのシルク地に、まるで星が散りばめられたかのように小さな宝石が幾つもあしらわれたそのドレスは、ミシェルの目にも高価であるとすぐに分かる。



「こんなドレス、一生に一度でいいから着てみたいわ~~~~」



 少し年配の侍女が、そう言って乙女の如く瞳を輝かせる。



「是非どうぞ」



 本心からミシェルがそう口にする。できれば夜会にも代わりに出席してほしいくらいだった。

 けれど侍女は、ポカンと口を開けた後、ブンブンと首を激しく横に振った。



「そんなことしたら、私の首が飛んでしまいますわ」



 困ったように笑いながら、侍女はミシェルの服を剥いでいく。



(ドレスの贈り主はクリスでしょうか? )



 そんなことを考えながら、ミシェルはそっと首を傾げた。

 念のためにとミシェルがお給料で購入したドレスは、今着用しているものとは比べ物にならないほど粗末なものだった。そんなものを着ていたら、ミシェルは今頃、赤っ恥をかいていただろう。

 けれど、こんな豪華なドレスもまた、不相応で着心地が悪かった。




「どうぞ、中の方へお進みください」



 促されて大広間へと入るミシェルだったが、足が竦んで堪らない。



(ディーナ……ディーナはどこに? )



 先日の話を聞く限り、今夜の会にはディーナも参加するという話だったが、ミシェルが何度辺りを見回せど、その姿は会場のどこにも見当たらない。普段ならば、いつもミシェルの側にいてくれるトネールも、さすがに今夜は部屋で留守番だ。

 ミシェルは仕方なく、人の少ない壁側へ向かって歩いていく。誰もミシェルのことなど気にしていないと分かっていても、目立たないよう、浮かないように細心の注意を払う。無事壁に背中を預けることに成功すると、ミシェルはふぅと小さくため息を吐いた。



(なんだか本当に、雲の上の世界といった感じです)



 目の前で繰り広げられる会話は、まるで外国語でなされているかのように感じられる。人々の姿も最早、ミシェルの瞳には遠くの出来事のようにボンヤリとしか映らなかった。



「ごきげんよう、ミシェル」



 その時、聞き慣れたディーナの声がミシェルを呼んだ。これでこの居心地の悪さから解放される。ミシェルはそう期待を込めて顔を上げた。



「ディー……ナ? 」



 けれどその期待は、意外な形で裏切られた。ディーナはミシェルのようなドレスには身を包んでいなかった。それどころか他の従業員と同じように、キッチリと給仕服を身に着け、飲み物を乗せた盆を抱えている。



「どっ、どうして? 一体どういうことですか⁉ 」


「いや……私も正直びっくりしてる。ミシェルは招待客側だったのね。どうりで認識が少しズレてると思った」



 困ったように笑うディーナに、ミシェルはただただ困惑していた。



「……私、てっきりディーナにも招待状が届いているものだと」


「うん、そうよね。ミシェルの立場なら私もきっとそう思った。逆に私は、ミシェルにもスタッフとして働くようにお達しがあったと思っていたんだけど」



 ディーナはチラチラと周りを確認しながらミシェルと会話を続ける。サボっていると思われてはいけないからだ。飲みもしない酒のグラスを受け取りながら、ミシェルもチラチラ周りを見渡した。



「どうしましょう⁉ 私今、とてつもなく帰りたいです! 」


「気持ちは分かるけど、それは無理でしょうね。せめてルカ様に挨拶しないと……」


「今からでも私を給仕側に回してもらえないでしょうか? そしたら心置きなくお祝いができるのに」


「まぁまぁ、そう仰らず」



 二人の会話を遮ったのは低い、凛とした男性の声だった。



「クリス! 」


「こんばんは、ミシェル、ディーナ殿」



 白を基調とした正装に身を包んだクリスは、どこからどう見ても、立派な貴族だった。ミシェルの心臓がチクチクと痛む。



(幼いころから対等に接してくれていたから気づきませんでしたが……)



 クリスもまた、ミシェルにとっては雲の上の人間なのだ。そう、嫌でも自覚した。



「さすがミシェル、今夜も美しい。そのドレス、とてもよく似合ってますよ」


「ありがとうございます。クリスもすごく素敵です……周りの視線が痛いくらいに」



 気づけばミシェル達は、周囲の耳目を集めているようだった。ミシェルと同じか、少し上ぐらいの年頃の令嬢たちがミシェルに向ける視線は手厳しい。値踏みをするような辛辣な眼差しが容赦なく突き刺さった。



「久しぶりの社交界ですから、皆私が物珍しいのでしょう。でも、こんなの一瞬ですよ。ルカ様がお出ましになれば……ほら、噂をすれば」



 クリスが口にするや否や、会場全体が歓喜に湧いた。見ると今夜の主役、ルカが会場へ入ったところだった。



「殿下! 」


「お誕生日、おめでとうございます、ルカ様! 」



 招待客たちから次々に祝いの言葉が飛ぶ。

 事前に教わった知識と照らし合わせると、どうやら今夜の会は、あまり畏まった形式ではなく、少し砕けた印象のものらしい。

 ミシェルは遠目からルカを見つめながら、クリスにそっと耳打ちした。



「クリス……ルカ様、少し痩せられたのでしょうか? 」


「そうですか? 毎日会っているとあまり気になりませんが」



 ミシェルがルカに会うのは数週間ぶり――――会談から帰って来た夜が最後だった。多忙のせいだろうか。久しぶりに会うルカは、少し頬がこけているように見える。

 とはいえ、その完璧を体現したような風貌には変わりなく。寧ろほんの少し見ない間に、大人っぽく洗練されたかのような印象だった。

 貴族たちに囲まれたルカは、普段ミシェルの知る彼とは違う。人当たりの良い笑顔に、柔らかい物腰をしたルカは、理想的な紳士だ。試験の時に魔女たちに向けた冷たい態度も言葉も、今の彼からは想像がつかない。けれどミシェルは、いつものルカの方が、ずっと人間らしく、生き生きしているように思えた。



「それじゃ、私はこれで」



 慌ただしく動き回っている他のスタッフたちを見回しながら、ディーナが踵を返す。



「もう行ってしまうのですか? 」

「そりゃぁ、こっちは仕事だからね」



 ディーナが側にいてくれるだけで心強かったのだが、致し方ない。ミシェルは唇をギザギザに引き結びながらシュンと肩を落とした。



「あっ、そうだ! さっきも言ったけど、ちゃんとルカ様に挨拶ぐらいしなよ」


「はい……分かりました」



 ミシェルの返事に満足そうに微笑むと、ディーナは人混みの向こうへ消えていった。



(あぁ……早く帰りたいなぁ)



 ルカに挨拶を済ませて帰ろうにも、まだまだ順番は回ってきそうにない。もうしばらくは会場に留まらねばならないだろう。そう思うと、ミシェルは気が重かった。



「そう気を落とさないでください。私がずっと側にいますから」


「ありがとうございます。そうしていただけると心強いです」



 ミシェルが笑うと、クリスは嬉しそうに微笑む。



「折角の夜会なのです。少し会場を回りませんか? 私がエスコートしますから」



 クリスはそう言ってミシェルの手を取ると、そっと壁際から人の輪へ向かって移動していった。

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