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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
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縛られず、そして縛られる

「ん~~~~~~! やっぱり我が家は落ち着きますねぇ」



 東塔の一室、まだ暮らし始めてそう日の経っていない自室のベッドへと横たわりながら、ミシェルは声を上げた。

 苦しいコルセットも、窮屈な馬車の旅もようやく終わり、ミシェルを出迎えるのは可愛らしい調度に囲まれた居心地の良い部屋だ。少しずつ、少しずつ、ルカやクリスが様子を見に来ては、ミシェル好みの品を贈ってくれて今に至る。



(クリスの家にお世話になっていた時もそうでしたが)



 ミシェルは身に余る恵まれた環境を自覚せずにはいられない。帰りたい場所、空間があることは、とてもありがたかった。



「トネールも、お疲れ様でした」



 自身の側で丸くなった愛猫に、ミシェルはそっと手を伸ばした。首には未だ、王都を出発するときに付けた鈴が光っている。帰郷と同時に外そうとしたが、何故かトネールが嫌がったため、仕方なくそのままにしている。



(似合っているし、そのままで構わないってルカ様は仰ってましたけど)



 チリンチリンと鈴を揺らしながら、ミシェルは静かに微笑む。トネールは長旅が余程堪えたらしく、スヤスヤと寝息を立てて眠っていた。美しい金の毛並みを撫でながら、ミシェルもまた、ゆっくりと目を閉じる。緩やかに緩やかに、睡魔がミシェルに襲い掛かる。



『何だか懐かしい魔力を感じるね』



 けれどその時、会談で放たれた老齢の魔女の一言が脳裏に蘇り、ミシェルはムクッと起き上がった。



(あれは一体、どういうことでしょう)



 小さなため息を吐き、ミシェルは唇を引き結ぶ。

 魔女には他人の魔力を感覚として受け取ることができる力がある。ミシェルも、祖母の魔力を自分の魔力とは別物として感じられていたし、採用試験の際にも、他の魔女が放った魔法からは魔力を感じ取っていた。

 言うならば、魔力には人それぞれ色や形があり、まるでオーラのようにそれらを知覚できるのである。けれど出会ってから数か月の間、ミシェルはトネールから魔力を感じたことはなかった。しかし、リリーがトネールから魔力を感じると言うからには、彼の猫に何かしらの魔法が施されている可能性が高い。何故かミシェルにはそれが感じられないが。



「トネール、あなたは一体……」



 その時、ミシェルの部屋の戸がノックされた。ミシェルは急いで居住まいを正してから戸に向かってそっと杖を振る。次いでカチャリと音を立てて、鍵が開いた。



「どうぞ」



 そう声を掛けると同時に、部屋の戸が開いた。



「寛いでいるときに悪いな」


「いえ、とんでもありません」



 ミシェルの予想通り、来訪者はルカだった。いつもよりも柔らかい素材の服に身を包み、襟元を緩めているルカは新鮮で、ミシェルの心臓は不自然に高鳴る。



(カッコいい……なんて思うのは不敬なのでしょうか)



 己の瞳が自然にルカを追っているのを自覚しながら、ミシェルは首を横に振る。

 ルカは居間に置かれたソファに腰掛けると、大きなため息を漏らした。



「今回の会談は短かったが、その分疲れた。とんでもない婆さんは出てくるし」



 そう言ってルカは、ミシェルを見上げる。ミシェルは頬を赤らめつつも、コクコクと頷いた。



「はい……私もリリーさんにはビックリしました」



 ミシェルの返答を聞きながら、ルカは再びため息を吐く。そして、忌々し気に顔を歪めながら、額に手を当てた。



「会談を掻きまわすだけ掻きまわして、思わせぶりなことを言って、その癖あの後一切口を割らないんだからな――」



 ルカの言う通り、あの後会談は混乱を極めた。王子の失踪に関する疑惑を直球でぶつける形になってしまったルナリザーは面目丸つぶれで、今回はこれでお開きにさせてほしいと、丁重に打診された。ルカとしても、あのまま続けた所で利益は無いと判断したのだろう。あっさりと会談は終わりを迎えたのである。

 残念ながら、トネールの魔力のことも、『歴史は繰り返す』という言葉の真意も、リリーからは聞き出すことができず、ミシェル達のの不安は募るばかりだった。



「あの婆さんにはいずれ、全てを吐かせてやる。まぁ、ジェゾの方が早いかもしれないが」



 ルカはそう言って、ミシェルを仰ぎ見た。普段は隠れた剥き出しの額に、影を落とした長い睫毛が、何やら普段とは異なる色気を醸し出している。



「あっ、あの……今、お茶の準備を」


「そんなの良いから、こっちにおいで」



 戸惑うミシェルを、ルカが手招きする。紫色の瞳が、鋭くミシェルを捕え続ける。恐る恐るミシェルがルカの元へ向かうと、グイっと腕が引かれた。



「ルッ……ルカ様⁉ 」



 その途端、ミシェルの心臓がバクバクと早鐘を打った。引寄せられた身体は、ルカの上に圧し掛かるようになっていて、とても居心地が悪い。ふわりと漂う花のような香りが、ミシェルの心を乱した。



「俺の人生は歴史などに縛られない。生まれて初めて自分自身で選びたいものができた。あとはそれを如何に掴むか――――それだけだ」



 耳元にルカの声が響く。彼が何を言わんとしたいか分からないものの、ミシェルはただコクコクと頷くことしかできない。

 体温を感じるほど、ルカと触れ合うのは初めてだった。女性と見まごうほどに綺麗な顔立ちをしたルカだが、筋肉に覆われた腕は、大きな手のひらは、女性のそれとは明らかに違う。縋ってしまいたくなるような、全てを預けてしまいたくなるような、そんな感じたことのない欲がミシェルの中で疼いた。



「しばらくはしっかり休んで英気を養ってくれ。今後、ミシェルの手を借りたい案件が色々と控えている」



 ルカはそう言いながら、ようやくミシェルを開放してくれた。けれどその瞬間、二人の顔が間近に迫る。鼻先が触れ合う程の距離で、同じ紫色をした瞳が交錯した。時間にすればほんの一瞬、数秒程度の出来事だろう。けれどミシェルには、それは永遠かの如く、長く尊く感じられた。

 何も考えられなかった。唇が何かに塞がれたかのように、息さえまともにできない。ミシェルにとって、こんな経験は初めてだった。



(何がそんなに違うんでしょう? )



 クリスとは触れようが近づこうが、こんな感覚には陥らない。ただ、穏やかな気持ちが心に蓄積されるだけだ。



(どうしましょう、こんな……こんなことって)


『だから言っただろう? 』



 その時、ミシェルの頭の中に祖母の声が木霊した。それと同時に、まるで凍り付いたかのように、ミシェルから感覚というものが全て失われていく。



『心を持つと碌なことにならないって。我を忘れるぐらいなら、人なんて好きになるもんじゃない』



 まるで磔にされるがごとくミシェルの心は曝され、そして同時に冷静さを取り戻していく。

 生まれてから十四年間、ミシェルを縛った祖母の教えは厳しかった。けれどまた、的確だったのかもしれない。



(おばあさまの言う通り……相手は王族、私はただの平民……変な期待をしてはいけません。そうすれば傷つくこともない。そうですよね、おばあさま)



 ミシェルは間違いなく舞い上がっていた。ルカに見つめられるだけで嬉しくて、触れられれば心がときめく。冷静な自分を忘れ、後戻りができなくなっては、傷つくのは自分だというのに。



(こんな気持ち、今のうちに蓋をしてしまいましょう。人の心を変える魔法など、存在しないのだから……)


「ミシェル? 」



 その時、ルカの声がミシェルを呼び覚ました。余程様子がおかしかったのか、心配そうな表情で顔を覗き込んでいる。

 ミシェルはニコリと微笑むと、スクッと立ち上がった。



「すみません、やはり疲れていたようです。ルカ様の御前でボーっとしてしまうなんて……。お言葉に甘えて、しっかりと休ませていただきます」


「そうか……だったら良いのだが」



 ポンポン、とミシェルの頭を撫でながら、ルカも立ち上がった。



「じゃあ、おやすみ、ミシェル」


「はい、おやすみなさい」



 ルカは一瞬何かを躊躇うような仕草をしたが、やがて穏やかに微笑むと、そのまま部屋を後にした。

 後に残ったのは、ミシェルと、静かに寝息を立てるトネール、それからルカの残り香だけだった。



「――――本当、バカですね、私」



 そっとそう呟きながら、ミシェルは内側からしっかりと鍵を掛けなおしたのだった。

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