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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
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謁見の時

 深紅のシルク地にフリルのあしらわれたドレスを身に纏い、ミシェルは深呼吸をした。スカートや背中には、金の糸で王家の紋様の刺繍が施されている。ミシェルが王室専属魔女であることを示すために用意された衣装だった。



(いよいよです)



 鏡の前の自分と向き合いながら、ミシェルはペチペチと頬を叩いた。彼女の側には、同じく王家の紋の入った鈴をつけたトネールが神妙な面持ちで佇んでいる。



「ミシェル、準備は進んでるか? 」



 ミシェルが私室として使っている部屋の扉が開く。そこには普段よりも豪奢だが動きやすそうな衣装に身を包んだルカと、彼よりは控えめだが凛々しい騎士装束に身を包んだクリスが立っていた。



「ルカ様! クリスも」


「ミシェル! すごく……すごく似合っています‼ どの国の姫君も令嬢も、あなたの美しさの前では霞んでしまいますよ! 」



 そう言って興奮した面持ちで瞳を輝かせながら、クリスはミシェルの手を握った。



「あっ、ありがとうございます。こんな豪華な衣装、私には勿体なくて。何だか落ち着かないなぁって思ってたんですけど……」


「何を仰るかと思えば。まるで普段着かの如く馴染んでいます! いや、本当に美しいです! 」


「えっ……えっと」



 クリスの勢いに押され、ミシェルは苦笑を漏らすことしかできない。



「衣装は国の威厳を示す。ミシェルのために仕立てて貰った一着だ。慣れんだろうが耐えてくれ。これも仕事だ」



 ルカはそう言ってミシェルの髪をそっと撫でた。トクンとミシェルの胸が跳ねる。ルカはそのまま後ろに回ると、ミシェルの髪を束ねる結び紐の上に手を伸ばした。



「ルカ様? 」


「いや……本当は髪も結い上げてもらった方がドレスに合うと思ったのだが、もう時間が無い。俺の紋の入ったリボンを結んでおく」



 ルカはそう言って、慣れた手つきでリボンを結び付けた。クリスとトネールが半目でそれを眺めている。



「ありがとうございます。でも、出発まであと四時間ほどあるのでは? 」


「あぁ。だが少し状況が変わった。俺がここに来たのはそれが理由なんだ」



 そう言ってルカがクリスを振り向く。途端に真剣な顔つきになったクリスは跪くと、懐から書状を取り出した。



「王室専属魔女である、ミシェル様にお伝えいたします」


「はっ……はい! 」



 凛とした、それでいて美しいクリスの声がミシェルの私室へと響く。幼馴染の突然の変わり様に驚きながらも、ミシェルが居住まいを正した。



「会談への出発に先立ち、国王陛下があなたにお会いしたいとのこと。至急、我々にご同行願います」


「こっ……!国王陛下に⁉ 」



 思わぬ展開にミシェルは目を見開いた。

 王室専属魔女になって数週間が経ったが、今まで王と対面する機会も、存在を感じる機会もなかった。ミシェルを使うのはルカとの言葉もあったし、このままずっと会うことも無いかもしれないと思い始めていたところだったのだ。



「急なことですまない。父上は気まぐれなんだ」


「いっ、いえ……心の準備は全然できてませんが、大丈夫、です」



 珍しく申し訳なさそうに眉を顰めるルカに、ミシェルは首を横に振った。



「緊張するかもしれないが、俺と接する時と同じで問題ない。いつもどおり、楽にしてくれ」


「えっ……そんな感じで良いのでしょうか? 」



 ダラダラと汗を流しながら、ミシェルが首を傾げる。

 今のこの状況がルカからどれほど厚情を賜っているか、ミシェルも自覚をしていないわけではない。平民と王族――――天と地ほどの身分さがある二人だ。ルカの顔を見ることも、口をきくことだって、本来なら許されない。



(そう……私が王室専属魔女だからこそ、こんな風にお話ができるんですよね)



 そう思うとミシェルの胸にチクリと痛みが走った。



「心配するな。いざとなれば俺もクリスも付いている。行こう」



 ルカが踵を返し、クリスがミシェルの手を取る。



「行きましょう、ミシェル」



 穏やかに微笑みかけてくれるクリスに向けて、ミシェルは曖昧に笑った。二人の後ろにはトネールが続く。チリンチリン、と軽やかな鈴の音が響いた。



 厳重な警備のしかれた廊下を抜けた謁見の間には、わずか数人の騎士や政務官しかいなかった。

 シンと静まり返った広間をルカが歩き、その後にミシェルとクリスが続く。やがてクリスが立ち止まり、跪く。ミシェルも彼に倣って頭を下げ、じっと押し黙った。心臓がはち切れそうなほど、早鐘を打つ。



「その娘かい? 」



 低く、凛とした声が響いた。どこか聞き覚えのある声だとミシェルは感じた。



「はい、お待たせいたしました」



 ややしてルカの声が響いた。ミシェルがビクリと身体を震わせる。緊張が一気に頂点に達した。



「陛下からお許しが出た。後の二人も面を上げよ」



 陛下の側近が言うと、クリスがゆっくりと顔を上げる。少し遅れて、ミシェルも同じように顔を上げた。



(あっ! あの方は……)



 ミシェルは一人密かに息を呑む。そこには採用試験の折、ミシェルに練武上への道を教えてくれた男性が穏やかに微笑んでいた。



「――――久しぶりだね、クリス」


「はい、お久しぶりです、陛下」



 クリスは深々と頭を下げながらそう言った。彼の父親であるアーサーを介して頻繁に会っているとは聞いていたが、かなり堂々としている。満足気な表情で陛下が笑った。



「アーサーから手紙を貰っているよ。息子を宜しく、とね」


「はっ……恐れ多いことで」



 クリスは恥ずかしそうに頬を赤らめると、ほんのり俯いた。



「それから……君がミシェルだね。十数年ぶりに採用された、王室専属魔女」



 次いで国王から、ミシェルに言葉が掛けられる。



(つっ、ついに来ました! )



 ミシェルは緊張で頬を真っ赤に染めながら、深々と頭を下げた。



「はっ……初めまして。ミシェル・ウィリアムズと申します。先日からお世話になっております」



 陛下はミシェルのことなど覚えていないだろう。何千、何万と臣下がある身だ。ミシェルは俯きながら、何度も深呼吸を繰り返す。

 しばしの沈黙の後、陛下はゆっくりと立ち上がった。何も言わぬまま一歩、また一歩と前へ進んだかと思うと、ミシェルの前でピタリと足を止める。



「そうか……君が――――」



 間近で見る国王の顔は、ルカにとても良く似ていた。

 煌めく金色の髪の毛に、紫色の瞳、それから漂う気品と風格。けれど、表情だけはルカよりもずっと優しかった。まるで捨て猫を見るかのような慈愛に満ちた瞳に、ミシェルの緊張は解れていく。



(まるで何度もお会いしているような……昔から知り合いのような気がするなんて、陛下に対して失礼なんでしょうけど)



 溢れ来る親愛の情に耐えながら、ミシェルはそっと陛下を見上げる。すると陛下はミシェルの手を取り、目を細めて笑った。



「実はね……君のことはアーサーから聞いて、ずっと昔から知っていたんだ。森に可愛いお嬢さんが住んでいるって。本当に、可愛い魔女さんだね」


「えっ……! 」



 思わぬことにミシェルは目を丸くする。陛下はミシェルを見つめながら穏やかに微笑み続けていて、何やら居心地が悪い。



「こっ、光栄です。ありがとうございます」



 頬を紅く染めながら、ミシェルははにかんだ。



(やはり陛下はルカ様のお父様ですね)



 陛下はルカよりもずっと柔らかい話し方をする。けれど考え方や行動は色濃く受け継がれているように思えた。



「二人とも、会談ではルカのことをよろしく頼むよ。少しばかり血の気が多い息子だからね。足りない部分を補ってあげてほしい」


「はい! 」



 クリスは戸惑うことなくハッキリ、きっぱりと返答した。二人の前に坐したままのルカが、恨みがましい視線をクリスへと向ける。



「ミシェルも……気を付けて行っておいで」


「はい……ありがとうございます」



 陛下は少しだけ躊躇しながら、ミシェルの頭をそっと撫でた。ルカの時とはまた違う、穏やかな喜びがミシェルの胸に満ちる。けれど己以上に幸せそうな表情を浮かべた陛下に、何やら胸が締め付けられるような心地がした。


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