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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
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ルカとクリス

 ガタゴトと音を立てながら馬車が進む。大して広くない車内にはミシェルとルカ、それからクリスが三人で座っていた。



「クリスは自分の馬車を使えばよかっただろう? 狭苦しい」



 眉間に皺を寄せたルカが吐き捨てるように言う。



「昨日もお伝えした通り、それではミシェルが委縮してしまいますから」



 クリスは唇の端を引き攣らせながらも、ハキハキと応酬した。一国の王子を相手に勝ちを譲る気はサラサラないらしい。ここにミシェル以外の誰かがいたなら、大したものだと称賛されるか、不敬だと眉を顰められただろう。



「ミシェルは度胸があるから問題ない。それに、今後ミシェルを使うのは私なのだ。否が応でも慣れてもらわねばならない」



 車窓の先を眺めながらルカが言う。



(へぇ……そうなんですね)



 まるで人ごとかのように、ミシェルが心の中で唸る。すると、代りにクリスがひどく興奮した様子で身を乗り出した。



「陛下ではなくあなたが⁉ 」


「……当然、今後王からの命を受けることもあるだろう。だが、元々は十年以上空席だった役職だ。まずはどういった役割を担わせられるか見極めねばならない。それに、前任の魔女を使っていたのも、当時王子だった陛下だと言うしな」



 ルカの言葉に、クリスは口を噤んだ。その後は互いに何事かを思案しているらしく、車内には重苦しい沈黙が横たわる。



(トネール、本当に私で良かったんでしょうかね? )



 ガタゴトと軽快なリズムで馬車が揺れる中、ミシェルはトネールを抱き締めつつ、そっと首を傾げた。

 城から揺られること十五分、ゆっくりと馬車が停まった。

 ルカは軽やかに馬車から降り立つと、ミシェルに向かって手を伸ばす。



「お手をどうぞ、ミシェル」



 ルカがそう言って優雅に微笑んだ。



(まるで、おとぎ話の中の王子様みたい……って、ルカ様は本物の王子様でしたね)



 照り返す日光の熱さのせいだろうか。ミシェルは頬を染めながら、そっとルカの手を取った。



「疲れただろう? 少し休憩しよう。そこの喫茶店がお勧めだと、そこにいるアランが言っていたんだ」



 ルカがそう言って側近の一人を指さす。

 アランというのは、昨日もルカとクリスが言い争っている最中に控えていた、柔和な笑みが特徴的な男性だ。今日の道中もずっとミシェル達の乗る馬車の隣に張り付き、護衛をしていた。アランはペコリと頭を下げながら、人懐っこい笑みを浮かべた。



「ありがとうございます。でも、あの……クリスがまだ」


「俺も城を出ることは滅多にないから楽しみでね。ミシェルは何が食べたい? ケーキセットはこの時間には重すぎるだろうか? 朝食は何を――――」


「勝手に話を進めないでいただけますか? 」



 ミシェルとルカの間に割り入りながら、クリスが笑う。その眉間には深い皺が刻まれていた。



「あぁ、お前もいたんだったな」



 不敵な笑みを浮かべながら、ルカはミシェルをそっと抱き寄せる。居心地が悪いのか、トネールが不服そうな表情で、地上へと降り立つ。

 クリスは唇を尖らせながら、ミシェルへと手を伸ばした。



「ミシェルはスコーンが好きですものね。あぁ、あそこのテラス席に案内してもらいましょうか。見晴らしが良さそうです。あなたの好きなオレンジペコーがあると良いのですが」


「えっ……えっと」



 勝ち誇ったかのような笑みを浮かべながら、クリスがミシェルを引寄せる。



「おい」



 ルカが不機嫌な表情で二人の後を追った。



「残念ですが、王子様は私たちとは違って護衛も必要ですからね。少し離れた方が宜しいのではないですか? 部下を困らせるのは上司として宜しくないかと」



 ルカとクリスの間に容赦なく火花が飛び散る中、ミシェルはアランからさり気なくテラス席へとエスコートを受けた。



「殿下は普段は温厚な方なんですが、クリスが相手だと毎回あんな感じなのです。どうぞお気になさらず」


「はぁ……」



 メニュー表を手渡され、苦笑いを浮かべながらミシェルがルカとクリスを見つめる。



(昨日も思いましたけど)



 二人の間に挟まれるのは居心地が悪い。けれど、クリスがああして自分の気持ちを剥き出しにしている様は、どうにも好ましく思えた。



「ああ見えて殿下はクリスのことを買っているのです。ずっと前から、自分の下で働くようにと打診するほどに」


「そうなのですか⁉ 」



 思わぬ事実に、ミシェルは目を丸くした。



(私には侯爵だとか側近だとか、身分や制度のことはよくわかりませんが)



 王子の下で働くことは、クリスの将来にとって悪いことではないだろう。彼の父の跡を継いで領地を治めるにしても、マイナスに働くことはないはずだということは、ミシェルでも分かる。



「……クリスはどうしてルカ様の打診を断ったのでしょう? 」


「それが、私も気になってクリスに尋ねてみたのですが、彼は一向に口を割ろうとしません。ただ、恐らくは……」



 アランはそこで言葉を区切ると、静かにミシェルを見つめた。



(恐らくは? )



 彼の言わんとすることが分からず、ミシェルは小さく首を傾げる。



「本人に自覚なし、か」



 ぼそりとそう独り言ちながら、アランはニコリと満面の笑みを浮かべた。



「いえ。まぁ、そういうわけなので、あの二人のことはお気になさらず」


「えっ? はい……」


 未だ言い争いを続ける二人をぼんやりと眺めながら、ミシェルは小さくため息を吐くのだった。



 空がオレンジ色に染まる中、ミシェルとルカ、クリスを乗せた馬車が小刻みに揺れる。数日にわたる旅の疲れや、魔女試験の疲れがピークに達したのか、ミシェルは馬車に凭れ掛かりながら、ウトウトと舟を漕いでいた。



「…………ミシェルは可愛いなぁ」


「気持ち悪っ」


「おまえ、いい加減不敬が過ぎるぞ」



 そんな応酬をしつつも、ルカは大して意に介した様子もない。飽きもせず、ミシェルを見つめ続けていた。



「だってあなた、今までどんな女にも興味を示さなかったじゃないですか。それなのに……」



 対するクリスは大層不服そうな表情だ。まるでお気に入りの玩具を奪われた子どものように唇を尖らせ、ルカを睨みつけている。



「ミシェルに限って……だったらどうする? 」



 ルカは目を細めながらクリスを見る。先ほどまでの年齢相応な振る舞いとは異なり、そこには人の上に立つものの威厳が見え隠れした。

 クリスが小さく息を呑みながら口を噤む。二人の間にしばし沈黙が横たわった。



「――――それで、お前はこれからどうする気だ? 」


「……どう、とは? 」


「ミシェルは俺が預かる。今後、おまえの父親の領地に返すことは恐らくないだろう」


「…………」



 ルカの言葉に、クリスが俯く。

 再び訪れた沈黙を破ったのはルカだった。



「今回ばかりは嫌とは言わんだろう? 俺の下で働け。これからの王室――――国には、おまえが必要だ」



 ガタンゴトンと馬車が揺れ動く。城はもうすぐそこだ。

 やがてゆっくりとクリスが顔を上げた。その表情に迷いはなく、熱意に満ちている。



(言葉までは必要ないな)



 再びミシェルへ視線を移しながら、ルカは満足気に笑ったのだった。

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