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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
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After the Trial

「さすがはミシェル! やりましたね‼ 」



 試験が終わるとすぐに、ミシェルは別室で待っていたクリスと合流することが許された。手を取り喜ぶクリスに、ミシェルは微笑み返す。



「ありがとうございます。クリスのおかげです」



 うんうん、と頻りに頷くクリスに、トネールは不機嫌な鳴き声を上げた。



「早速父に手紙を書きましょう。きっと喜びます。それに、ミシェルの荷物もいくらか運ばせなければいけませんし」


「そうですねぇ……しかし、一体いつからお仕事をいただけるかもまだわかりませんし、3食部屋付きってことでしたが、すぐにってことはないでしょうから……」


「その辺は何も心配はいらない」



 クリスとは異なる男性の声に、ミシェルは振り返る。するとそこには、試験の責任者であり、この国の王子であるルカが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。



「殿、下」



 何と呼べば良いのだろう、そんな迷いがミシェルを歯切れ悪くさせる。ルカは小さく笑うと、ミシェルの頭を優しく撫でた。



「ルカで良い。側近たちは皆、そう呼ぶんだ」


「えっ……えっと」



 ルカは良いというが、ミシェルは側近どころか先程採用されたばかりの身だ。小さく首を傾げながら、そっとルカを見上げた。



「それで先程の話だが、部屋なら城の一室をすぐに用意する。今日から使ってもらって構わない。仕事も、ミシェルさえ良ければ明日からでも始めてもらおう」


「はっ……」


「それはさすがに早すぎでは? 」



 ミシェルが口を開く前に、クリスが彼女の前へと躍り出た。いつも温和なクリスにしては、いささかキツめの口調だ。



「ミシェルは今朝王都に着いたばかりなのです。少しぐらい、自分が今後暮らしていく街を知り、心の準備をする時間があっても良いでしょう? 」


「そんなこと、おまえには関係ないだろう? クリス」



 ルカは冷たい口調でそう吐き捨てる。



(クリス……って)



 二人は知り合いなのだろうか。ミシェルが小さく首を傾げた。



「王都観光ならば俺と一緒に行けばいい。心の準備だってそうだ。これまで空席だったポジションだし、そう簡単に公式行事や外交の場に出席する機会は巡ってこないはずだ。全く問題ないだろう? 」



 ルカは先ほどまでの尊大な態度とは大違いの人懐っこい笑みをミシェルに向ける。あまりのギャップに、ミシェルはそわそわと落ち着かなかった。



「そんなこと言って、あなた一国の王子でしょう! そうホイホイと王都に繰り出して良いわけがありません。それにあなたと二人ではミシェルが委縮してしまいます。私とならばミシェルも心穏やかに王都を楽しめますから……ね、ミシェル! 」


「…………へ? 」



 何やら二人の目にはほの暗い光が灯っていた。何をどう答えても、一方の機嫌を損ねそうな、そんな確信がミシェルに浮かぶ。



(っていうかクリス、一国の王子相手にそんな口調で良いのでしょうか……? )



 とはいえルカからは、クリスの言葉遣いに対して気分を害しているという印象は受けない。けれど、クリスもルカも、互いに良い感情を抱いていないことは誰の目にも明らかだ。ミシェルの隣で、ルカの側近の一人が困ったように眉を顰めていた。



「クリスの言うことなんて気にしなくて良いよ。明日なら俺も仕事の都合が付けられる。ミシェルはどこに行きたい? 今着ている服も似合っているが、王都で流行っている服を見るのはどうだろうか? 仕事用の服も多数いるだろうし……あぁ、ミシェルはお金のことは気にしなくて良いから安心して? 」


「そんなの、私だって同じです! ミシェル、今朝約束しましたものね。試験が終わったら私と一緒に買い物に行くって。ね? 」


「えっ、えぇ~~~~~~と」



 これまで殆ど人と対話をしたことがないので、ミシェルにはこういう時にどう対処すればよいか分からない。ミシェルの腕の中で、トネールが呆れたようなため息を漏らした。



「そっ、そうだ! そういえばお二人は昔からのお知り合いなのですか? 」


「えっ……えぇ、まぁ」


「俺の父――――陛下と、クリスの父親が旧知の中なんだ。昔から二人が話をしている間は俺たちはよく一緒にされていた。年が近いというだけで、全く迷惑な話だが」


「それはこちらのセリフです」



 再び二人の間にバチバチと火花が飛び交う。



(折角話題を変えたのに……! )



 残念ながら焼け石に水程度の効果すら得ることは出来なかった。



「とにかく! 俺はミシェルに期待をしているし、使うからには把握しておきたいこともある。現状領主の息子でしかないお前と、王族のために仕えるミシェルが関わることは今後殆どないだろう。夜が明けたらクリス、おまえは領地に帰るがいい」



 ルカの言葉にクリスが悔しそうに歯噛みする。言い返したくとも言葉が浮かんでこないのか、唇をギザギザに引き結び、拳を握りしめていた。



(本当に、こんなクリスを見るのは初めてです)



 ミシェルはクリスを見つめながら、小さく息を呑んだ。

 いつも冷静沈着で、穏やかな紳士であるクリス。そのクリスが今、感情をむき出しにしている。それはミシェルにとって、寧ろ好ましく思えた。



「あっ……あの、提案があります! 」


「提案? 」


「どうしました? ミシェル」



 二人の視線が一斉にミシェルに注がれる。

 何やらドキドキと心臓がうるさく鳴り響く。ミシェルはゆっくりと、大きく深呼吸をした。主を後押しするかの如く、トネールがミャァと小さく鳴く。ミシェルは意を決すると、クリスとルカを交互に見た。



「三人で、一緒に王都を見て回ることはできないでしょうか? 」



 恐る恐る笑みを浮かべながら、ミシェルが問いかける。思わぬ提案だったらしく、クリスもルカも、目を真ん丸くして固まっていた。



「だっ、ダメでしょうか? 」


「いや、ダメではないが……」


「ミシェルが望むなら……私は構いませんが」



 言葉とは裏腹に、クリスとルカの顔には「断りたい」と明確に書いてあった。けれど、ミシェルは、そうと分かっていながらニコリと微笑む。



「では、決まりです」



 ミシェルが言うと、ルカの側近が安堵の表情を浮かべた。ルカとクリスのやり取りは、これまでもきっと平行線を辿りがちだったのだろう。この側近の苦労が偲ばれた。



「……今夜の宿は? 」



 少し不機嫌な表情でルカがクリスに問いかける。



「御心配には及びません。きちんと手配をしてあります故」


「分かった。では明朝迎えに行く。――――ミシェル」


「はっ……はい!」



 ルカは久方ぶりに穏やかな笑みを浮かべると、ミシェルの頭をそっと撫でた。思わぬことに、ミシェルの心臓が小さく跳ねた。



「また明日」


「……はい」



 ルカの瞳を見つめていると、何故だか頬が熱くなる。ミシェルは両手で頬を覆いながら、小さく頷いた。

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