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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
10/98

決着!魔女試験

(まさか、最終試験に残れるとは)



 ミシェルはトネールを胸に抱え、足早に城内を移動していた。



(でも、このままでは試験を受けることなく失格になってしまいそうです……! )



 最終試験はこれまでと違い、城外にある騎士たちの練武上で行われる。ミシェルは最終候補者たちの最後尾に付き、会場を目指していたのだが、広い城内の角を曲がったところで一行とはぐれてしまったのだ。



「どうしましょう? 場所を尋ねようにも人が……」



 その時、ミシェルから少し離れた場所に一人の男性が立っていた。

 太陽のような金色をした髪の毛に紫色の瞳、年の頃三十半ば前後のその男性は、真っ直ぐにミシェルを見つめ、小さく息を呑んでいる。



「ミシェル――――――」


「…………えっ? 」


(聞き間違いでしょうか? )



 自分の名前が呼ばれた気がして、ミシェルは小さく首を傾げる。

 すると男性は、小さく首を横に振りながら、穏やかな笑みを浮かべた。



「王室魔女試験を受けに来た魔女さんかな? 」


「あっ、はい。ですが、道に迷ってしまって……」



 男性はそっと東を指さすと、ゆっくりと目を細めた。



「練武上はあっちだよ。頑張っておいで」


「あっ……ありがとうございます! 」



 ミシェルはそう言って満面の笑みを浮かべた。男性がまるで嬉しそうな、泣き出しそうな表情を浮かべる。

 ミシェルは深々と礼をしてから踵を返すと、男性の指さした方へ向かって駆けだした。



「これより最終試験を始める」



 広い練武上にルカの声が響く。

 あの後ミシェルは、すぐに一行に合流することができた。

 会場での並び順は予め指定されており、ミシェルは左から3番目、先ほどのディーナは8番目、一番最後だ。

 ミシェルとディーナ以外のメンバーは、他の面接グループから選ばれた面々だった。どの魔女も皆自信満々な風貌で、筆記試験会場でも目立っていた。寧ろ今、自信なさげなのはミシェルだけで、大変居心地が悪い。



(と、そうでもないようですね)



 面接での様子とは打って変わって、ディーナの表情はどこか青ざめていた。釣目の目じりを少し下げ、唇をギザギザに引き結んでいるその様は、先程とは別人のようにすら見える。



(なんて、今は自分のことに集中しないと)



 せっかくここまで残ることができたのだ。ミシェルは気合を入れなおすと、大きく息を吸いながら、再び前を見据えた。



「王室が必要とする魔法……それは主に、攻撃と守備の魔法だ。君たちにはそれを実演してほしい」



 ルカが言うと、彼の部下たちが大きな銅板を持ってきた。そこには射的の的のように、円形が描かれている。



「魔法の性質は問わない。まずはこれを射貫いてくれ」


「そっ……そんな」



 ルカの言葉に、魔女たちは一斉にざわついた。



(皆さん、どうしたのでしょう? )



 ミシェルは小さく首を傾げ、魔女たちを見つめる。



「そんな魔法、学校では習いません! 人を傷つけるような魔法は、この国では禁忌だと教わっていて……」


「それがどうした? 」



 ルカは冷たい視線でそう言い放った。あまりに冷酷で、人としての温かさを感じない応答に、魔女たちだけでなく彼の部下たちまでもがブルりと身体を震わせた。



「習ったものでなければできない、禁忌だからと学ぼうともしない……そんな無能、国で雇う必要性はない。少し考えれば分かる話だ。騎士たちだって人を傷つけたくて入団するわけではない。国の盾と矛になるため、己を鍛えているんだ。違うか、アラン? 」



 ルカの問いかけに、柔和な表情をした彼の側近が首を横に振る。



「……先日、隣国の第3王子が行方不明になったことは知っているな」



 彼の問いかけに対し、ミシェル以外がコクリと頷いた。一同に漂う不穏な空気に、ミシェルは思わず唾を呑み込む。



「何の痕跡も残さず、王子は消えた。彼のいた部屋は鍵が掛かっていたという。……魔法使いが関与していると隣国ではもっぱらの噂だ。軍事同士の衝突ならば、今いる騎士団で十分対応が出来ろう。が、こと魔法となると、話は違う」



 先ほどまで自信に満ちていた魔女たちの表情は、見事に青ざめていた。後ずさる様な仕草をするもの、首を横に振るもの等、反応は様々だ。ディーナだけが震えつつも己を鼓舞するようにギュッと拳を握りしめている。



(それだけ、これまでこの国が平和だったってことなのでしょうが)



 ミシェルは凛と背筋を正したまま、前を見据えていた。



「変な言いがかりを付けられたところで、知識をもつものがいなければ隣国に対抗できない。魔法で襲撃を受けても、対応ができない。だから今、王室専属魔女が必要になったのだ」



 ルカは己の頭の中を整理するかのように、ゆっくりとそう口にした。



「当然、求められる能力はそれだけじゃない。実際に誰かを攻撃する機会は稀にあるか訪れないか、そのどちらかだろう。けれど、いざという時に何もできない人間ではダメなのだ」



 魔女たちはルカの説明を聞いても、真っ青な顔のまま呆然と立ち尽くしていた。完全に自信を削がれてしまったらしい。



「――――よし。では、課題を変えよう。俺を攻撃してみろ」


「でっ……殿下! それはさすがにいけません! 」



 側近たちが慌てた様子でルカに駆け寄った。



(殿下……って)



 この国で殿下の敬称を付けて呼ばれるのは王子ただ一人。幼い頃、何かの折にクリスがそう話してくれたことを思い出した。



(なるほど、ルカ様はこの国の王子様だったのですね……)



 どうやら知らなかったのはミシェルだけらしい。周りの魔女たちからは全く驚きというものは感じられず、ただただ命じられたことへの動揺が窺えた。



「そのぐらいの度胸がない者を雇えるはずが無かろう。まずはお前だ。やってみろ」



 ルカが一番端にいる魔女へと歩み寄った。魔女は涙目になりながらフルフルと首を横に振った。ルカはフン、と鼻を鳴らしながら隣へと移動した。ミシェルの隣の魔女だ。



「お前は? 」



 魔女は一瞬杖を掲げて見せたが、すぐに膝から崩れ落ちた。だろうな、という表情でルカはその場を後にする。次にミシェルの元へ来るかと思いきや、ミシェルの右隣、そのまた右隣へ同じ質問をする。誰もが首を横に振る中、ミシェルとディーナだけを残し、ルカは元居た場所へと戻って行った。



「どうやら、残ったのはお前たち二人だけらしい」



 ミシェルは黙ってルカを見つめながら、コクリと一つ頷いた。杖を掲げて見せると、ルカは小さく首を横に振る。



「二人しか残らなかったのだ。標的を私にするまでもない。互いに魔法を掛け合って勝ち残った方を雇おう」



 ザワザワと騒ぐ周囲を余所に、ミシェルとディーナが向かい合った。



(……ルカ様は果たして、気づいていらっしゃるのでしょうか)



 杖を片手に首を傾げながら、ミシェルは目を瞑った。ディーナはまるで死地に立つ騎士の如き形相で佇んでいた。



「――――始めろ」



 ルカがハッキリと言い放つ。ディーナは雄たけびを上げながら、ミシェルへ向かって走って来た。ミシェルは静かにディーナを見つめながら、小さく杖を振った。ぽぅ、と光が灯り集まったかと思うと、それはディーナ目掛けて真っすぐ飛んで行く。



「きゃっ! あの子本当に……‼ 」


「危ないっ」



 魔女たちが目を背けたり、叫び声を上げる中、ルカや彼の側近たちは固唾を飲んで見守っている。やがてドッ、と音を立てて光の粒たちがディーナに当たった。



「うっ」



 腕で顔を覆ったディーナは小さな唸り声を上げて足を止めたが、やがて恐る恐る顔を上げた。ミシェルの放った光たちは、ディーナを覆うようにキラキラと輝くだけで、何も起こりはしない。



「なっ、何のつもりだ! 」



 そう言い放ったのは他ならぬディーナだった。手を抜かれたと思ったのだろうか。酷く傷ついた顔をしている。



「その魔法は……私の言葉一つで光から炎へと変わる攻撃魔法です。呪文を唱えることは簡単ですが、あなたに対してできるのはここまででしょう」


「王子は攻撃をしろと、そう言っただろう! だったら最後までそうしろ!できぬなら……」


「ディーナさんこそ、私を攻撃したらどうでしょう? その杖が――――あなたが魔法を放てるならば、ですが」


「なっ……! 」



 ミシェルは至極冷静にそう言い放った。ディーナは途端に頬を真っ赤に染め、悔し気に下を向く。ルカは唇を綻ばせながら顛末を見守っていた。



「――――一体いつ気づいた?」


「面接試験の受け答えを聞きながらおかしいと思いました。何だか質問が魔法のことに及ぶのを避けている節がありましたし、あなたが口にしていたのは、政治への想いばかりでしたもの。ですから、あなたがルカ様に質問をしたときに確信しました。あなたは本当は、魔女ではない……そうでしょう?」



 心を持たぬよう過ごしてきた自身の片鱗が顔を出す。感情に囚われず、冷静に事実だけを見たからこそ見えてくるものがある。祖母の教えも悪いことばかりではなかったのかもしれない。ミシェルはそう思った。



「……そうよ。私は魔力も何も持たないただの小娘よ。だって仕方がないでしょう? これ以外に私が……女が政治に携わることはないのだもの! だから下手な手品を使って推薦状を獲得して、ダメもとで試験を受けたの。どうせ実技が最初だろうって。さすがに魔女達には私の下手な手品はバレるだろうって。なのに……なのに…………」


「あなたの目論見は外れ、実技が最後だったと、そういうわけですね」



 ミシェルは軽く目を伏せつつ口にする。

 人間、初めから箸にも棒にも掛からぬならば、諦めはつきやすい。けれど、下手に良いところまで行くと、割り切りが難しくなるものなのである。



(ディーナさんには最初から、この仕事を手にできる可能性は無かった……だけど)



 何やら気の毒な気がして、ミシェルは小さくため息を吐く。



「もう良い。試験はそこまでだ」



 ルカはそう言って二人の間に割って入った。これまでの冷酷な表情とは正反対に、ルカの瞳はキラキラと輝いて見えた。



「ミシェル・ウィリアムズ……ようこそ、我が王室へ」



 そう言ってルカが微笑むと、周りからほぅと感嘆の声が上がる。これまでの何処か不機嫌な表情のままでも十分過ぎるほどだったルカの美しさは今、まるで神がかったかのように凄みを増している。



(私が採用された? 本当に? )



 ミシェルは恐る恐るルカを見上げる。すると、ルカはとびきり優しい笑みを浮かべ、ミシェルの手を取った。

 少しずつ身体と心に温度が戻っていく。先程まで意識的に心を閉ざしていた反動は大きく、一気に興奮と高揚感がミシェルに押し寄せた。



「それからディーナ・マーティン」



 ルカはミシェルに対するよりも鋭い視線をディーナへと向けた。ビクリとディーナが身体を震わせる。



「何でしょう? 王族を謀った罪で罰します? それとも――――」



 青ざめた表情のまま、ディーナはルカを睨みつけた。もしも男性か、魔力を持って生まれていたなら、彼女は思うように生きられたのだろうか。そんな風に思うと、ミシェルは少し残念だった。

 ルカはふぅ、と小さくため息を吐いたかと思うと、不敵な笑みを浮かべた。意地悪いのにどこか温かみのある笑みだ。何故だかミシェルの心臓が小さく跳ねた。



「お前に仕事を与えよう」


「……え?」



 ディーナだけではない。誰にとっても思わぬセリフだった。ディーナはポカンと口を開けながら、ルカの次の言葉を待っている。ミシェルも固唾を飲んで、目の前の二人を見守っていた。



「うちの王室専属魔女は破滅的に社会を知らない。だからお前が教えてやってほしい」


「……ほぁ! 」



 まさか自分にお鉢が回ってくるとは思わず、ミシェルは素っ頓狂な声を上げた。



(また……また皆さんにバラされてしまいました)



 先程の面接といい、ルカはミシェルに容赦なく現実を突きつける。



(頑張らないと)



 このままではせっかく職を得たところで、あっという間に失業してしまうかもしれない。そんなことを考えていると、ルカはミシェルの頭をポンと叩きながら、穏やかな笑みを浮かべた。



「俺は女性が政治に関わるべきではないとは思わない。有用な人材はどんどん採用していくべきだし、それが国のためになる。けれど、残念ながら国の重鎮たちは頭が固い。すぐに色んなことを変えることは難しい。だからディーナ……王室の中に潜り込んで、おまえが国を変えていけ」



 ミシェルはそっとルカを見上げた。確固たる自信と誇りに満ちたその表情は、どこか眩しく感じられる。ドクン音を立てて、再びミシェルの血が騒いだ。



「……拝命承りました」



 ディーナは瞳を潤ませながら、深々と頭を下げた。ミシェルも彼女に倣って、急いで頭を下げる。そんな二人の様子を満足げに見下ろしながら、ルカが微笑んだ。

 城の向こうで、夕日がゆっくりと沈んでいく。ミシェルの長い一日が、ようやく終わろうとしていた。

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