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公爵と麗しの君

作者: 猫側縁

暑さでダレて連載物の続きを書くのが辛かったので、ずっと前に書いたやつ引っ張り出してみました。

細かいことは考えずに、頭を空っぽにして読んでください。



アートラス侯爵家には、2人の子供がいる。

1人は父親に似た長身と氷の美貌を持ち、1人は母親に似て花の妖精と謳われる可憐さを持っている。

2人は同等の愛情を受けて育ち、父親である侯爵も、それぞれに合った教育を行い、その長所を伸ばした。


父親に似た方は、才能もまた父親に似たのか、剣術や攻撃方面の魔術に優れ、魔術学校在学中でありながら、既に騎士団の一員にと声がかかる程だ。

母親に似た方も、母親譲りの回復系の魔法や社交術に優れており、人脈を着々と広げている。


2人は王都にある屋敷から学校に通っており、今日もまた2人揃って学校の門を潜る。

父親似の美貌と身長、母親似の可愛らしさ。かつて社交界を賑わせた2人の子供達は、学校という小さな社交界を現在進行形で賑わせていた。


「「「アレイシア様ー!」」」

「……ああ、おはよう。令嬢方。今日も宝石がよく似合っているね」


「「「ミシェル様」」」

「皆さま御機嫌よう」


学校の麗しの"兄妹"といえば、この2人のことを示しているのだ。アレイシアが令嬢たちに微笑めば、その微笑みに気を失う令嬢が後を絶たないし、ミシェルが令息たちに挨拶すれば求婚が飛び交い令息たち同士は勝手に決闘の申し込みを行いだす。

朝の日常の一コマである。……いや、たりないか。


「ミシェル様、今日の昼食は僕ととりませんか?」

「君より前に誘っていたのは僕だぞ!」


さて、そんな麗しの"兄妹"の妹、ミシェルは、令嬢らしい笑顔の仮面の下で、進行方向でミシェルと昼食を食べるのがどちらかと言い争いをする令息たちを思いつく限りの言葉で、声に出さずに罵倒していた。


仲裁する気もなく、さっさと避けろよという苛立ちを笑顔の煌めきに変え、にこにこしているミシェル。

隣にいる"兄"は妹が考えている事がわかるらしく、わざと溜息をついた。大きく、心底呆れたと言わんばかりに。


「妹との昼食をかけて勝手に争っている諸君らに言っておくが、我が妹は今日も私と共に昼食を取る予定だ。私は妹の婚約者でも無い輩に同席させる気は無い」


私を倒せるなら、考えなくもないが。と、"兄"は腰に武器がわりに携えている鞭に手をかける。何故剣でないのかと言われるが、常に帯剣しているのは正規の騎士たちだけである。最も得意なのは剣であるが、他の物も使えなくはない為、その中でも最も使いやすい鞭を好んで携帯しているのだ。

捕縛や鞭打ち、使いようによっては防御にも役立つそれを気に入っている。

氷の美貌に、冷たい目、鞭を片手に令息たちを見るその姿は、令嬢のみならず、一部の男性すらも痺れさせるほど似合っている。

睨まれた令息たちは青い顔をして謝罪の言葉を絶叫して逃げていった。


……正確にいうならここまでが、日常の一コマである。


そんな麗しの"兄妹"は、社交界でも名を馳せている。中性的で美しい"兄"と、女性的で可愛らしい顔立ちの妹を一目見ようと、学校に視察という名目で訪れる貴族は数知れない。


今日もまた、いや、今日は特別だろうか。社交界でも特に注目される公爵が、他の貴族とは違い正式な仕事とはいえ、学内に視察に来ているのだから。


「ミシェル嬢と会って行かないのかい?少し前の夜会では、随分熱心に彼女を見ていたじゃないか」

「……別に。私が見ていたのは」

「あーもう、分かってるよ。少しは恥じらうかと思ったけどその反応。本当に面白くなっ……⁉︎」「殿下‼︎」


書類に目を通しながら歩いていた事が原因だろう。階段の最頂部に差し掛かった王子が足を踏み外した。咄嗟に公爵が王子を引き戻し、弾みで自分が階段から落ちる。

数メートルという高さから落ちれば、怪我どころでは済まないのも分かっていたが、咄嗟のことで王子も公爵も、魔法を使うという事を失念していた。

しかし、落下の浮遊は唐突に止まった。まるで壊れ物を扱うかのように見事に衝撃を吸収しつつ、公爵の身体は受け止められたのである。

公爵は18歳の成人した大人の男で、文官故に筋肉はそこまで付いておらず細身ではあるが、身長はある方だ。それなりに重い。

公爵を易々と抱き留めた腕は、背中と膝裏に回っており、所謂お姫様抱っこという形であった。

あまりの事に呆然とする公爵と、王子。


「怪我はないか?……美しい方」


相当な重みを受け止めたとは到底思えないほどに平然として、公爵を丁寧に下ろして手を貸して立ち上がらせ、それでも呆然としている彼に対して、失礼と断ってから、乱れた前髪を直した。中々に満足そうである。


「大丈夫そうだが……もし痛みがあるなら、保健室まで運ぼうか?」


未だに動かない為、心配したように顔を覗き込まれて漸く公爵は声をあげた。それだけで限界だっだが。


「い、……いや、だいじょ……大丈夫、だ」

「そうか。お気をつけて。

殿下もご無事ですか?」

「ああ!済まない。書類に夢中になってしまっていたんだ」

「お怪我がないならそれで宜しいかと。間に合ってよかった。では、私はこれで」


颯爽と現れて、危機を救って、平然と去っていく。貴公子然とした、その言動。公爵はただそれを見ていた。王子は公爵があまりに無反応でその場から動かない為、無事に助けられたと思ったが何かあったのかと駆け寄った。その王子に対して、公爵は


「……ヴィル、あれは……?」


と、幼馴染である王子に聞くことしか出来なかった。すでに立ち去ってその後ろ姿も見えないはずだが、その目は自分を助けた恩人の事を追っているようだった。あまりの事に仕事中であるにも関わらず、呼び慣れた愛称を使ってしまうくらいには驚いていた。


「?あれって……。アレイシアかい?」

「アレイシア……様」

「うん。この学校の生徒で……というか、君も知っているだろ」

「は?」

「君が妻にと求婚するのが時間の問題じゃないかと社交界で有名になってるミシェル嬢の、姉君だよ」


所変わって、先程王子が落ちかけた階段のある東棟からも見渡せる花で彩られた丘の上のスペースでは、令嬢という花々がお茶をしていた。

東棟を見て、急に駆け出した彼女がその場に戻ってくると、令嬢達がおかえりなさいませと彼女を取り囲んだ。


「「「アレイシア様」」」

「やあ、皆。済まないね。勝手に席を外してしまって。急用だったものだから」


お気に為さらずと言いつつ、令嬢達は彼女が申し訳なさそうにする顔に萌えていた。目の保養なのである。


「お姉様」

「ミシェル、怒らないで」

「……怒ってなんて、おりませんわ」


急に自分を置いて駆け出した姉に対して怒っていたはずの妹すら、大事そうに頭を撫でられると不機嫌はどこかへ行ってしまう。


「さあ、お待たせして申し訳なかったね、令嬢方。今日もお茶会をしようか」


定位置である妹の隣の椅子に座り、麗しの"兄妹"が主催のお茶会の時間が始まった。

その最中、ふとアレイシアは先程助けた男性の事を思い出した。暫く彼は絶句していた。落ちた恐怖というよりは、唖然の方が大きかったように思う。


「……(男性に対して、あの抱き留め方は悪かっただろうか?)」


だがしかし、それでも譲歩したのだ。必死に理性を動かして、可愛い方と言いそうになる口を、なんとか美しい方に変えたのだ。


彼女は彼が誰なのか知らない。だがもし会えたなら、一応あの受け止め方をした事については謝っておこう。前に王子をそれで受け止めたら顔を真っ赤にして怒られたし。……あの可愛い方がそうやって怒ってくれたら、それはそれで可愛いと思ってしまっただろうけど。そんな事を1人思考しながら、可愛い妹の話に耳を傾けたのだった。




視察から戻り、屋敷の自室に着いた公爵は、まだ茫然自失状態だった。いや、色々な感情のせいで、少々普段の理性的なものが仕事をやめていたので、普段よりもかなり自分に素直な状態と言うべきだろうか。

ソファーに座って真剣に何か考えていたかと思えば、顔を赤くして急に立ち上がっては座り込み、横になってクッションに顔を埋めて訳の分からない言葉を叫んだかと思えば、突然黙り込んで前回出席した夜会の参加者を確認し出した。


使用人……長年仕えてくれているじいやが、そんな公爵の奇行を聞きつけ、鎮静効果があるというお茶を淹れてきた。まあ、うん。どう見ても先程までの行動は、普段の公爵からはかけ離れているので、古参の使用人でなければ頭がおかしくなったのかと思った事だろう。


「レヴィス様、お茶をどうぞ」

「あ……、ああ。言っておくが、私は落ち着いているぞ」

「そうですか、もう一杯どうぞ」

「話を聞……美味いな」

「そうですか。それは良かった。落ち着いたのなら早めに手紙を出した方が宜しいかと」


美味しかったのでお代わりしようとした所に手紙といわれて、レヴィスは首を傾げた。

じいやも疑問を浮かべた。彼は確か学校の視察に行った。ならば会った筈だ。麗しの"兄妹"の妹、ミシェルに。そして公爵が持っているのは前回の夜会……公爵がミシェルに熱い視線を送っていた夜会の参加者リストである。


「ミシェル・アートラス様に求婚するのでは無いのですか?」


あの方、あなたの"趣味"ど真ん中でしょう?


「違う!私が見ていたのは、彼女のリボンの刺繍だ‼︎」

「同じじゃないですか。自分好みの服装や小物と好みが同じ令嬢ですよ」

「違う。アレはなんか違う。

だってなんか、中身が物凄く父親そっくりだったもん」

「見てただけで会話してないでしょう。決めつけはいけませんよ。いくらアートラス侯爵が苦手だからって。それに世間はそう思っていません。前回の夜会だけではありません。貴方の視線が動かなくなる度その先にミシェル様がいれば、誰だって思いますよ。

若くて婚約者のいない公爵は、ミシェル様に心惹かれているのだと」


まあ確かに、心惹かれてはいる。ミシェルが着けているリボンや小物の見事なまでの刺繍に。しかしどこの職人のものか調べるにも、身分が身分故に邪推が入る。例えばその職人に何かあるのでは。とか、それを切欠にして令嬢と親しくなろうとしているのでは。とか。

こういう時、浮ついた噂が全くないというのは、少々不便な事なのである。恋人がいる又は多数の女性たちと遊ぶような男であったなら、そのうちの誰かに聞くか、または誰かに贈り物にしたいからと自然に聞き出すことが出来ただろう。


「……今頃アートラス侯爵共々、待ってるかもしれませんね」

「やめてくれ……」

「しかし……リストを見て何をしていたんですか?」


それはもちろん、探していたのだ。

アートラス侯爵令嬢の名前を。ただし、ミシェルではなく、アレイシアだが。


「……"兄"のほうですか?あの方なら、参加必須の王家の夜会にしか参加しませんよ?」

「何?」

「公爵家からの招待には応じますが、挨拶程度で直ぐに1人で帰ります。妹君は両親と共に最後までいることの方が多いらしいですが」


そんな馬鹿な。令嬢が夜会に参加するのは、結婚相手を探す為である。なのに常習不参加な上、直ぐに帰るとは。

婚約者が既にいるのかと思えばいないらしい。では何故?


「噂では、父親に容姿が似たためドレスを着ると、父親の女装版のように見えてしまうとか、普段から剣を振っている為ドレスを着ると普通の令嬢より逞しく見えてしまうとか……とにかく、似合わないため出られないのだということですよ」

「似合わない?父親に似たから?」


そんなはずが無いだろう。父親の侯爵には城でほぼ毎日顔を合わせているが、似てると思ったのは色彩だけだ。中身は全く似ていなかったと、(助けられた一瞬しか接点が無いため中身がどうかはわかるはずもないのだが)公爵の本心から出た言葉に、じいやは驚き、ではゆっくりご考察ください。と笑って去っていった。


1人残った公爵は、助けられた時に見た顔を思い出して、また身悶えた(もちろんそこには歳下の女性に緊急事態とはいえ軽々とお姫様のように抱き留められた事も入っている)。

抱き留めた腕はしっかりとして、向けられた瞳は優しく、かけられた声は柔らかく。

心配そうに覗き込んできたあの切なげな表情、なにより自分が大丈夫だと声を上げた時の花が綻ぶような、蜜のように甘い笑顔。


「アレイシア様、か」


うん、そうか……。と、そう呟く表情が、かの令嬢の微笑みのような甘さを含んでいた事を知っているのは、部屋の中に飾ってあるクマの人形だけだった。

読了ありがとうございます。

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