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昼食を食べようとカレー屋に入ったら何故か上司に怒鳴られた話

作者: 伊賀海栗

いくつかのお題を使って「シリアス」な作品を書くはずだったんです。

シリアスという単語について調べるところから始めなければならなくなりました。

本当に申し訳ないと思っている。

挿絵(By みてみん)

扉絵:秋の桜子さま



「まじか……」


私はスマホの終話ボタンをタップしてから茫然として呟いた。


またやってしまった。


ウニの発注数を1ケタ間違えたのだ。


発注ミスは今月だけでこれが2回目。前回はナマコだったが、横浜中華街を担当エリアに持つ先輩が助けてくれた。


ナマコとアワビで何かトロトロの料理があるらしく、大量のナマコは何店舗かに分けて引き取られていった。


……大丈夫、これは料理の話だ。ナマコとアワビがとろとろしていてもそれは料理である。


いやそんな馬鹿げた思い出を振り返っている場合ではない。



発注ミスは私の十八番おはこで、入社以来その発生記録を伸ばし続けているが、さすがに上司のなんちゃら袋がゆるゆるになってきた。


またミスをしたらクビだと、ナマコのときに言われたばかりなのである。



このままでは私の人生が終わってしまう。なんとかしなければ。


大量のウニの到着まで半日ある。

まずは自分で捌けるところまで捌くべきではないか?


中華街が私を助けてくれるはずだなどと甘い考えは早々に捨てておかなければならない。


ウニの専門店は都内にも無数にある。

それらのほとんどは独自の仕入ルートを保持しているが、今回のウニは立派で活きがいい。


何と言っても北海道は稚内獲れたて直送! 旬も旬! 激ウマ間違いなし! 想像するだけでヨダレが出るほどだ。

きっと気に入ってくれるに違いない。



……が、その前に腹ごしらえをしよう。

軽く自己主張を始めたかわいい腹をさすり、先にランチにすることを決定した。

腹が減っては戦はできないのだから。



胃痛の私を慰めてくれて、食後にモチベーションが上がるような食べ物を探すべきだ。


地味な担当エリアの中でも更に端っこにいた私はかろうじて点在する飲食店を何一つ見逃さないように歩く。


焼きそば。悪くない。

でも焼きそばだけで生きていけるのかこの店は、と心配になる。


カフェ。おしゃれ。

だが明日からの人生を考えるとこんなオシャレな店に入ってもしんどいだけだ。



「あ……」


何か感じるものがあって立ち止まる。


カレー。これだ。これしかない。世の中にカレー以上に元気を与えてくれる食べ物があるだろうか、いやない(反語)。

完全に天啓が下った。


小さな店の小さな扉を開けると、上方に取り付けられた風鈴がチロリと鳴る。


「なますてー。おすきなどぞー」


お好きな席なのか、お好きなメニューなのかわからないが、私はとりあえずお好きな席に座った。


店内には私以外にサラリーマン風の男性がひとり、すでに皿の中は残すところ30%か。

もくもくと脇目もふらず食べている。



私はナンにしよう。ライスよりナンが好きだ。


「100円でチーズナンできるよー」


若いインド人の店主が、いや待て。最近はインドカレーを謳っていながら店の人間がネパール人だというのをよく聞く。


私は店主の出身がインドでもネパールでも構わないが、「インド人」と決めてかかるのはよくないだろう。


で、インドまたはネパール出身と思しき店主が、100円追加すればナンをチーズナンに変更可能だと仰っている。


チーズは好きだ。なんか伸びる系のものは大体好き。餅とか納豆とか。


「じゃあチーズでお願いします」


「チーズね」


インドまたはネパール出身と思しき店主が厨房で作業を始めたとき、私のスマホが鳴動する。


『電話ください』


上司の田中からのメッセージである。

彼は仕事ができる。そこそこの若さで海鮮部門の長になるくらいには。

だが、仕事ができるが故に私のような落ちこぼれの気持ちはわからないのだ。


この連絡もあまり気持ちの良い内容ではなさそうだと私の第六感が言っている。

電話をするのは食後にしよう。


そう思ってスマホをテーブルの隅に伏せる。


店の奥に置いてある小さなテレビではワイドショー。

新しいネタがないのか知らないが、日本で年間にどれだけの食物が廃棄処分になっているか、などという話を特集している。


「はぁぁ……」


今まさに旬の高級食材が大量に廃棄になるかならないかの瀬戸際にあり、その命運を私が握っているのだ。


胃が痛い……。

入ったのがカレー屋で良かった。こんな状態ではカレーくらいしか食べられなかったと思う。


「元気ないね」


インド人、いやネパール人かもしれない店主はニコニコしながら声をかけてきた。

気が付けばサラリーマンはもういない。

私とインドまたはネパール出身と思しき店主、インネパ店主二人だけである。


「ウニを発注ミスしちゃってさ」


「うに」


「うん、海の底に沈んでるイガイガ」


「いがいが」


なんのことやらわかっていない様子のインネパ店主の困ったような笑顔を見ながら、私は無茶ぶりをした。


「ウニカレー作ってよ」


「うにかれー?」


そういえば少し前のカレーフェスでウニ専門店がウニカレーを作ってたじゃないか。めちゃうまと評判だった。

これぞ天啓。


何も知らない、いや、人のいい、いや、先見の明があるに違いない店主にウニを買ってもらってはどうか。

なんという名案だろうか、と思った矢先、私のスマホが激しく鳴動した。


痺れをきらした田中が電話をかけてきたのだ。突然のことに驚き、焦ってつい出てしまう。


「は、はいっぃ、山田」


『おい、電話しろっつたろ』


「す、すみません、いま少し立て込ん「ペチ ペチ ペチ ペチ」


インネパ店主がナンのタネを両手で叩き投げしながら成型し、手の平にあたるたびに「ペチ」とか「パン」とか少し湿り気を帯びた音を発している。


『おい、今のなんだ』


「え、なんだってな「ペチ ペチ ……パンパンパンパンパン」


ハンバーグのタネの空気を抜く作業にも似たアレ、と言えば伝わるだろうか。

それが回を追うごとにリズミカルに、そして速さを増していく。

ある程度のサイズになったところで、ゆっくりとパン、パン、パンとカタチを見ながらの成型に戻る。


『だからなんの音だそれは』


「え、ナンです「おお……すごい……いい具合ねー」


最後に三角形のカタチを綺麗に伸ばしたり整えたりしながら満足気にうなずき、壺みたいな形の窯、タンドールに貼り付けた。


『昼間っから何してんだ!!』


「ええっ!? ちょちょちょちょっとした食事のつもりだったんですが」


『やまだああああ!! おまえっ! クビだクビーッ!』


「ナ、ナンでーッ?」


挿絵(By みてみん)

挿絵:雨音AKIRAさま



結局、私の発注ミスは1ケタ「少なかった」らしく、上司の田中とともに取引先へ謝りに行った。


クビにはならなかったが、当面、田中と行動を共にすることが義務付けられた。


しばらくしてカレー屋からウニの発注が入ったが、それは田中によって極秘に処理されたらしく私は噂でしか聞いていない。


※挿絵は「雨音AKIRA」様から頂戴しました!

※扉絵は「秋の桜子」様から頂戴しました!


シリアスに加えてキュンキュン要素も入れる、みたいなお題だったんですがさすがにそれは無理でした。シリアスも無理だったけど。

インド人店主が「僕がウニを全部買い取ってあげよう」ってイケボで言うとか考えたけど話が繋がらなかった。

どうか怒らないでください。

普段はシリアス寄りの何かを書いてるはずです。

正直私もどうしてこうなったのかわかりません。

精進します。

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お読みいただきありがとうございます
吸血鬼に恋したら300年前の記憶が蘇った話
「吸血鬼奇譚-途切れぬ鎖のようなそれは-」
こちらもお読みいただけると嬉しいです、シリアスです(泣)

↓インド人とウニ企画の詳細と参加者はこちら↓
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― 新着の感想 ―
[良い点] カレー。これだ。これしかない。世の中にカレー以上に元気を与えてくれる食べ物があるだろうか、いやない(反語)。 反語…大変懐かしかったです><。 有難うございました<(_ _)> [一言]…
[良い点] 現実味溢れるお話でした! 全てありえることで、ヒューマンドラマで笑えてしまうというのは、レベル高いと思います。 ストレスとカレーとチーズナンで胃の中ぐちゃぐちゃになりそう。 カレー屋さんか…
[一言] こんにちは。 思わずあとがきのイケボのくだりを読んで、「マハラジャなら、マハラジャならやってくれた。誰か今すぐマハラジャを!」と叫びそうになりました。きっとカレー屋でみんな踊り出すに違いない…
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