第一章 第一話 出会い
第一話です。内容的にはこの回はまぁまぁ話を掴みにくい回なのですが、自分のお粗末な文章のせいで更に分かりにくくなっています……。この作品も通して、これからもっと文章力に磨きをかけていきたいと思います!
何かが肌に当たる感触がする。風だろうか。外にいるようだ。草木の揺れる音がする。
ひとまず俺は、状況を確認するために、重い瞼を開ける。
そして俺の視界に映ったのは、遥か彼方まで広がる、広大無辺の草原だった。どこまでも澄み渡る蒼穹の空。暖かな光を降り注ぐ太陽。点々と空に浮かぶ雲。そこはまさに大自然だった。こんな光景、今までに見たこともなかった。今までずっと街暮らしだったから……。
……今まで? 今まで、俺はどうしていたんだ?なぜこんなところで、寝ていた? 俺はどこからどうやってここへ来た? いや、そもそも……。
俺は……、誰だ?
そんな風に思索する中、誰かが俺に声を掛けた。
「あ、目が覚めましたか?」
優しく澄んだその声は、確かに聞き覚えのある声だった。絶対に、絶対に忘れちゃいけない何かの声だった。何度も何度も聞いたことのある声だった。
何故そう思ったのかはわからない。だが……。
それは間違いなく、とてもとても大切な誰かの声だった。
「ひな……?」
ふと、その名が口から出た。何も意識などせず、その名も知らないのに、気付けば自然と発していたのだ。かけられた声に反応して。
「え? どうして、私の名前を……?」
俺は再度その声を聴いた。その優しく暖かな声を。間違いなく、どこかで聞いたことがあるはずだ。でも、どこで……? 俺の中の何かが、この声を必死に思い出そうとしている。俺の中の何かが、この声に反応している。絶対に忘れてはいけなかったはずだ。だが、結局俺は思い出せなかった。俺はそれが悔しくて、すごく、すごく悲しかった。
そしてその声の主である少女を見て、俺の中の何かが、酷く動揺した。いつのまにか俺は、訳もわからず涙を流していた。覚えてもいない何かを、悲しんで。
「えっ!? ど、どうかしたんですか!? なんで泣いて……」
そして俺は彼女を見た。長く綺麗な髪が風に靡き、草木と共に揺れている。
桃色の髪をしたその少女は、突然涙を流し始めた俺に、強く動揺した。初めて会った人が自分を見て泣き始めたのだから、当然だろう。俺は彼女に心配させてしまったことで心が痛んだ。なぜここまで彼女のことが気になるのだろう。なぜ彼女を見ると涙が止まらないのだろう。何も、何もわからなかった。
「わからない。わからないんだ。なぜだか涙が溢れてきて……」
「そう……ですか。……あ、あの、あなたは一体……」
「あ、いや、えーっと……」
俺は涙を必死に拭うと同時に、自分の名前を口にしようとした。だが……。
「俺は……俺は……」
「……?」
俺の名前は……なんだ? 自分の名前すら憶えていない。俺は必至で思い出そうとするが、どうにも名前は出てこなかった。なんてことだ。本当に俺はなにも覚えていないようだ。
必死に思索する俺を、彼女は不思議そうに見つめてくる。くそ。このままではまた彼女に心配をかけてしまう。
そんな時、俺は突然酷い頭痛に襲われた。脳全体がズキズキと痛む。耐えられず俺は頭を抱えた。
しかしその痛みの中に、俺は確かにある記憶を見た。断片的ではあるが、ぼんやりと、ある光景が脳裏をよぎる。沢山の人が行き交っていた。全員が俺を見ている。目を見開いて、なにかに驚いたように。そしていつか聞いたような脳に響くあの音も鳴り響いていた。なにかのサイレンのような異音だった。だがその異音という相対分子の中に、全く別の分子が存在していた。
「カイト! おい、大丈夫か!? カイト!!」
誰かの呼び声。必死に何者かを呼んでいるようだ。だがそれが誰に向けられているものなのかはわからない。
そんな光景を見ているうちに、いつしか痛みは止んでいた。それと同時に、脳に浮かんだその光景も消えてしまっていた。残ったのは、必死に俺に声を掛ける目の前の彼女だけだった。
「だ、大丈夫ですか!? どうかしたんですか!?」
ああ、結局また心配をかけてしまった。自分自身に嫌気がさす。兎にも角にも先程の質問に答えることを、俺は優先した。
「名前……」
「え……?」
「俺の名前……。俺の名前は……カイトだ」
咄嗟に出た名前がそれだった。無論、先程の走馬灯で何者かに呼ばれていた名前だ。誰かの名前だろうが、この際他に思いつく名前がないので仕方ない。少しの間その名前を借りることにした。
「カイト……さん」
「ああ……」
名前を聞いた彼女はなにかを思うように茫然とする。もしや、違和感を感じたのだろうか? 偽名であることがバレたか、そう案じた俺だったが、彼女は少しすると、先程までの表情に戻った。
「心配かけて、ごめん。俺はもう大丈夫だから」
よろよろと立ち上がりながら、俺は答えた。なんとかして彼女の心配を拭いたかったからだ。
「そ、そうですか……なら、よかったです。リステリアにはご自分で帰れそうですね」
彼女の口から発せられた、覚えのない固有名詞が気にかかった。
「リステリア……?」
聞き覚えのない言葉だった。覚えていないのではなく、本当に知らないことが明確にわかる。俺はリステリアという固有名詞に顔を曇らせた。彼女も俺の反応を見て察したようだ。
「ま、まさか……リステリアを知らないんですか!?」
「あ、ああ……ごめん」
俺は素直に謝った。彼女の反応を見る限り、どうやらよっぽど有名なものらしい。
「知らない人がいるなんて……もしかしてカイトさん、結構田舎からきた人だったりするんですか?」
「あ、ああ。まぁ、そんな感じ」
俺はひとまず適当に合わせておく。自身の出身地すら覚えていないなど、確実に怪しまれるはずだ。彼女から不穏に思われるのだけは、避けたかった。何故だかはわからないが……。
「リステリアは、このあたりでは最も大きい街ですよ。かなり幅広く知られている所なんですが……」
リステリアというのはどうやら何処かの街の名称のようだ。間違いなく聞いたことがない。
「そうなんだな……。で、どこにあるんだ?その、リステリアは」
「ここからならよく見えますよ。ほら」
そう言って彼女は、彼女の後ろ、草原の先に手を向けた。俺は少し前に踏み出し、彼女の手が指し示すその先を見た。
俺は、間違いなく驚いていただろう。その先に見えるのは紛れもなく街だった。だがただの街ではない。巨大な白銀の塔を中心に、見たこともないような街が広がっている。点々と電光掲示板が、無数に聳え立つ純白のビルに設けられており、ここからでは小さな点にしか見えないが、いくつか飛行物体も見えた。そんな見たこともないような街が俺の視界には広がっていた。ここからではざっと一、二キロほど距離があるが、それでも広大で莫大な建物の群が集っていることがわかる。
間違いなく、見たことがなかった。漠然としない感覚だが、それでも今までに見たことがないとわかった。心の底から驚いていたからだ。
だが、以前、いつかこんな世界があったらいいなと、そんな風に思ったこともあった気がする。確信はないが……。
「すごい……」
「本当に知らなかったんですね……」
「ああ……間違いなく、見たことがないよ。本当に存在するのか……あんなのが」
俺は、無意識に心を躍らせていた。高揚が抑えられない。この気持ちを今すぐ胸から出したくなった俺は、言葉という形に変えて、欲望をさらけ出した。
「行ってみよう!」
「えっ? ……は、はぁ。まぁ、いいですよ。私ももうすぐ戻らなきゃいけなかったし」
彼女も了承してくれた。戻る、という発言からして、彼女もリステリアの住民なのだろう。あの街への道は知らない以上、彼女に頼らざるを得ない。
「じゃあ、ついてきてください。私が案内してあげます!」
桃色の髪を風に揺らしながら、彼女は胸を張った。その煌めく蒼眼を見つめて、俺は彼女に礼を言う。
「ありがとう! ヒナ!」
「ぁ……」
気のせいだろうか?名前を呼んだ瞬間、ヒナが少し微笑んだ気がする。顔も赤いような……。
思い過ごしかもしれないが……。
「……? どうかしたのか?」
「な、なんでもないです! なんでも!」
こうして、俺たちはリステリアへと歩を進めることにした。暖かな風が、草木と共に俺たちを煽り、彼女は靡くその桃色の髪を片手で抑える。彼女も俺も、その優しい風の向かう先、鮮やかな青空を見つめた。綺麗な緑色をした葉っぱ達が、朗らかな風に乗って空に舞う。キザな言い方になるが、まるでその風は、俺たちの出発を祝福しているようだった。