少女、有栖川雪兎の冒険
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「へえ、神様って案外マメなんですね」
ぺらり。
透き通った青い髪を片側に寄せ、緩く三つ編みにされた髪をいじりながら、少女はページを捲った。
表紙に可愛らしい丸文字で『カミサマノート』と書かれたその冊子の前半には、大まかに以下のことが書かれていた。
これから行われることは、この世界にヒトが適応し生きていけるかを確認するためのデモンストレーションであり、私たちがそのテスターである、ということ。
判断に期限は設けていないため、自由に暮らしていいとのこと。後述するクエストとやらのクリアも目指すもよし、適当な場所に居住するもよし。
そして、胸にぶら下がっているこのペンダントの中に光る花は私自身であり、望む方へと導く標となる、ということ。
「これが、私の花……」
神様のご加護という奴なのか、私にはあやふやながらもここに来る直前の記憶がある。こちらの世界に送られる狭間で、神様の声が聞こえたのだ。君は何の花を望む?と。そして私はその問いに対し、
「とにかく強いのがいいです。元気でエネルギッシュでこう、ぱわーが溢れ出るような!」
と、そりゃあもう、元気いっぱいに答えた。
確かに答えたのだが…
「ススキって…地味過ぎやしませんかね?」
ハァ、と深いため息をつく。もっとお洒落な花を頼めばよかったか。今思えばあれはゲームを始める前の初期設定みたいなものだったのだ。その場のノリで主人公の名前を『あああああ』にしてしまった時のような、そんな後悔が拭いきれないが、現実は当然リセットなんてことは出来ないので、悩んでいても仕方ないと、またノートに目を落とした。
そこには他にも戦闘上の留意点から細かな生活の知恵まで、およそ10ページに渡る説明書きがみっちりと打ちこまれていたが、最初の方に【特にルール、禁止事項はない】と記してあったのであとは必要な時に必要な個所を読めばいいだろう。そう判断し次の項目へとページをとばした。
【クエスト1☆まずはパーティを組もう☆】
パッと目に見えたそれは先ほどまでの几帳面さの欠片もない、手書きのひどく雑なものだった。その字体から、表紙と同じ著者であることは見てとれる。神様は複数人いるのだろうか。なんだかクラスで分かれた班で作成した遠足のしおりを彷彿させる。クエスト1と書かれているからにはこの先2,3のクエストが現れる可能性が高いが、なんにせよ一人は寂しいと思っていたところだ。クエストを進める他ないだろう。
「さて、精一杯生き抜くとしますか。」
こうして一通り読んだカミサマノートをボストンバックに仕舞い込み、始まりの地を発った。
私、有栖川雪兎の望みそのものである、生命力の意を持つススキの花を胸にぶら下げて。