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<23> 社会的習慣

 社会的習慣は様々(さまざま)な形で私達の生活に影響を及ぼしている。この事象を分析してみよう。

 とある一例である。

『そろそろ年も終わりか…』

 と、思い、年賀葉書を購入して書く。この社会的習慣は当然ながら個人の時間をついやすから影響を与える。と思っていると、書いた相手から[喪中もちゅうにつき年賀欠礼]の葉書が舞い込む。

『しまった! 書いてしまったぞっ!』

 と、口惜しがり、

『また寒中見舞いの葉書を書かねばっ!』

 と、意気込む。そして、夢中で[喪中と夢中のダジャレです^^]寒中見舞いの葉書を書く。書き終わって、

『これでいいだろっ!』

 と、思った途端とたん、<寒中見舞いは社会的習慣として1月8日以降に出すものです>という検索情報をネットで知る。さらに、料金が上がっていて追加料金の切手が必要なことに気づく。

『まあ、仕方がないっ! 明日あす、切手を買うか…』

 と、増えた手間にめ息を一つく。そうこうするうちに、時間が刻々と過ぎていく・・というのが、社会的習慣の目に見えない軋轢あつれきなのである。

 社会的習慣は必ず守らねばならないものではない。だが、守らないと社会から異端視いたんしされる。タメ口をたたく馬鹿も出るくらいだ。^^ ある種、無言むごんの社会的強制でもあるのだ。それが、人々にえきもたらしているうちはいいが、負担となっている場合が多い。結果、その社会的習慣によって人々は益々、疲弊ひへいする。早く断ち切り、廃止するのが得策だが、慣習による商慣習法という法律があるくらいで、なかなかそうはならない。

 これが社会的習慣の悲しい分析結果だ。ただ、皆さんにお読みいただいているこのつたない短編集は、くまでも個人的習慣で書いている文章である。^^  


                  完

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