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第7話

 目の前では、信じ難い光景が現れた。

 白いオーラに包まれていたはずの刀身が、突如として燃え盛る激しい炎に覆われたのだ。


「ちょっ!? ちょっと、どういう事よ!?」

「あれが聖也兄さんの第2階梯の能力、百鬼夜行パンデモニウム。兄さんは気を変換する事によって、全ての属性を行使する事ができるの……」

「なんて出鱈目っ!? そんなの反則でしょ!!」

 

 そう、これこそが万能の一族たる由縁。

 御影一族では、気に目覚めた者は第2階梯に至ると、程度の差や能力の行使の態様は異なるが、必ず気を他の属性に変換できるようになるのだ。

 聖也の場合は気を妖等の伝説上の存在に擬える事で、様々な力を行使できるのだ。


「唸れ、火車!!」


 気合一閃、炎の刃が掛け声と共に振り下ろされると、巨大な火輪がマッスルシャドー目掛けて襲い掛かった。

 大男が横っ飛びで回避するも束の間、聖也は己の気を様々な属性に変換して怒涛の勢いで攻め立てた。


「まだだ! 水虎、鎌鼬、雪女郎!!」


 水の虎や真空の刃、更には巨大な雪塊がマッスルシャドーに襲い掛かったのである!


「……」


 さしもの大男もこの怒涛の連撃の前には笑い声を引っ込め、回避に専念せざるを得ない。

 少なくとも本気を出した聖也には、そう見えた。

 だが、現実は違う。


「きゃー!? ……って、あれっ?」


 当初、美華はきゃあきゃあ言いながら聖也の反則的な能力に驚愕と羨望の声を連発していたが、逆に今では訝しげに疑問の声を上げ始めた。

 気付いてしまったのだ。

 どんなに勇猛果敢に聖也が攻め立てても、気で戦っていた時と何も変わっていという事実に!

 火であれ風であれ、どんな属性に気を変換しても、あの巨体からは予想もできない速さで縦横無尽に駆け巡るチャンピオンに、一度ですら掠らせる事もできていなかったのだ。


「どういうこと?」

「簡単な話さ。例え全属性の力が使えたとしても、威力が弱過ぎるのさ」

「ええっ!? あんなにすごそうなのに?」

「はっ、これだから処〇ビッ〇は! オーラの時でさえ掠りもしていなかったのに、別の属性にしたからといって当たると思うかい? 気を変換しているだけで、別に威力が上がっているわけじゃないんだから」

「あっ!?」

「全属性使えるのは、例えば様々なMCミスティッククリーチャーの弱点をつけるってという意味では有効かもしれないけど、元から当たらないのなら無意味さ。まっ、要するに実力が足りてないのさ」


 プリティフェイスからは考えもつかない毒を厚一がまき散らすが、指摘した内容は正鵠を射ている。

 結局の所、切り札の第2階梯の能力を行使してさえ、有効打以前に唯の1撃もマッスルシャドーに当てられていないのだ。

 聖也の果敢な挑戦も、猛にとっては児戯に過ぎなかったのである。


「HAHAHAHA! 奥の手を使っても、その程度でーすか?」

「黙れっ! 御影の力を侮るなよ! いけっ、水虎乱舞!!」


 両刀から何頭もの水の巨虎が放たれるも、忍者の如く音も発てずにするすると動くチャンピオンには当てる事も叶わない。

 ただ地面を穿ち、大量の水をまき散らすだけであった。

 そうであるのにも拘らず、聖也は何かに取り付かれた様に水虎を放ち続けた。

 遮二無二攻撃し続けでも一発も当たらない。

 ただ、大汗を掻き息を荒げて動きを止めた時には、マッスルシャドーを中心に凸凹の地面に水が溜まり、ちょっとした池ができあがっていた。

 疲労困憊の聖也であったが、初めて笑みを浮かべた。

 己の勝利を確信した笑みである。

 

「これで、私の勝ちだ!」

「HAHAHAHA! まだ一撃でさえ当てていないのに、それでも勝ちだと言うのでーすか?」

「そうだ! 口悔しいが、実力では私が遥かに劣る。その事実は認めよう! まさかこれほどの強者が、親族や旧家の能力者以外にいたとは知らなかった。今は自分の不見識を恥じ入るばかりだ」

「OH! とても殊勝な言葉でーすね。実力差をきちんと認められるのは、素晴らしい事でーす」

「ああ、悔しいが私が未熟者だったという事だ。帰ったら父に頭を下げ、更に精進しなければな。だが、貴様に私が劣るとしても、この試合の勝敗は別だ! 見ろ!!」


 宣言と同時に、聖也の刀に雷に包まれたではないか!

 聖也は会心の笑みになると、マッスルシャドーもまた感心した様に笑みを浮かべた。


「なるほどでーすね。下は水溜まり、そこに雷。私に躱し様がないという事でーすね。なるほど、なるほど。さすがは御影一族、全属性使えるからこその搦め手でーすね」

「理解できたようだな。それなら解るはずだ。貴様の負けだ! 降参しろ!」

「HAHAHAHA!! ことわりまーす!」

「なっ、何だとっ!?」


 一瞬何を言われたか理解できなかった。

 相手は聖也が雷を放てば回避不能の絶体絶命の窮地にいるはずなのに、降参に応じないというのだ。


「馬鹿なっ! 私の雷撃は本物の雷と同等の威力があるんだぞ! 貴様、死ぬ気か!?」

「OH~、本物の雷でーすかー……。はあっ、残念でーす。その程度の攻撃で、私を倒せると本当に思ってるのでーすか? あなたは考えが甘過ぎでーす」

「っ!? 貴様っ!!」


 呆れた果てたとばかりに肩をすくめ、肘を曲げ両手のひらを上に向け、これ見よがしに溜息を吐いた。

 欧米人がよくやる大仰なジェスチャーであるが、馴染みのない日本人がされると途轍もなく苛立つ仕草である。外国人が忍者を装っている風であるが、黒髪で流暢な日本語を操る事から、おそらくは日本人だという推測が立つがゆえに、殊更頭に来る。

 聖也にも効果覿面であった。

 私の雷が通用しないと言うなら、その身に味合わせてやろう!!

 最大級の侮辱と感じた聖也は、怒りの赴くままに力を溜め始めた。

 そして大声で宣言する。


「ならば、受けてみよ! 1億Vにも達する私の雷撃を! 黄泉八雷神!!」


 2刀が振り下ろされると巨大な鬼の貌を模した8つの雷が、敢えて一歩も動かず水溜りの真ん中で不敵な笑みを浮かべるマッスルシャドーに殺到した!

 不動のチャンピオンに直撃すると、耳を劈く轟音と共に内包する力を解き放ったのだ!!

 観客席のあちこちから悲鳴が上がる。


「おおっと、遂に挑戦者の攻撃が我らがチャンピオンに直撃したー!!」

「いえっ、全く動かなかったのだから、わざと貰ったというべきでしょうー!」

「いずれにしても挑戦者の言葉が真実なら、雷と同等の威力のようです! さあ、チャンピオンは一体どうなってしまうのでしょうか!」

「まさか、ここで倒れてしまうのかっ!? 今まで築き上げた不敗伝説は、こんな所で終焉を迎えてしまうのでしょうか!!」


 司会の2人がここぞとばかりに囃し立てると、VIPルーム内でも動揺が巻き起こった。

 もっとも固唾を飲んで見守る少女2人が声を上げただけで、男性陣には一切不安な様子は見られなかった。

 それ所か厚一にいたっては、堪え切れなくなったとばかりに笑い出したではないか!

 マッスルシャドーに聖也の渾身の一撃が直撃した状況だというのにだ。

 これにはさしもの美華も非難の声を上げた。


「あはっ、あはははははっ!!」

「ちょっ、ちょっと! 不謹慎じゃないの!!」

「いやいや、あんな攻撃でマッスルシャドーが死ぬって言うからさ! あまりの勘違いっぷりが、面白くてね」

「そうだな。あの程度の攻撃では、そもそも真面にダメージもくらっていないだろうに」

「嘘っ!? だって雷の直撃だよ!」

「いいから見てろって。ほらっ、動き出すぞ」 

 

 雷をくらってもなお、直立不動を保っていたチャンピオンがゆっくりと動き出したのだ。

 やおら両腕を持ち上げると肘を内に曲げ、拳も肘に向かって曲げたではないか!

 そう、ボディビルダーが筋肉を誇示する時にみせるマッスルポージングだ!

 力瘤が浮き上がり、それに加えてこれ見よがしの爽やかな笑みがマッスルシャドーの健在ぶりを、これでもかとアピールしている。

 

「おおっと、これは、フロントダブルバイセップスだぁ~!!」

「チャンピオンの発達した上腕二頭筋が惚れ惚れする形を作っていく~! 惜しむらくは忍者装束の隙間からしか腹筋が除けない事ね! 大腿四頭筋も見れないし、いっそ脱いでくれないかなー!」

「なっ!? ポッ、ポイズンガール、きみはもしかして!?」

「実は筋肉フェチなんだっ! だからチャンピオンの試合は、いつも垂涎ものだね!!」

「おおっと、ここで衝撃のカミングアウト! 実況席の混乱は置いておいて、結局挑戦者の攻撃はチャンピオンに通用しなかったようです!!」

「ばっ、馬鹿な……」

  

 勝利の確信から一転、聖也は呆然とマッスルシャドーを見つめる事しかできなかったが、司会の言葉を否定する要素を見つける事ができなかった。

 敵は笑顔でポージングを見せびらすだけで、どこにも損傷の痕が見られなかったのだ。

 本物の雷にも比肩する自分の奥の手が直撃したというのにだ!!

 申告通りなら、この大男はただの肉体強化者フィジカルブースターのはずだ。

 それならば、防げる通りはない。ないはずなのだ!!


「フィ、肉体強化者フィジカルブースターだというのは、嘘だったのか?」

「HAHAHA、何を言っているのでーすか。私は本当のことしか言ってませーん」

「嘘だっ!! それなら何故、私の雷を防げたのだ!」

「答えは簡単でーす。ただ実力が違い過ぎるだけなのでーす。あなたの攻撃程度では、傷付く事はありませーん」

 

 そんな馬鹿なと、否定の言葉を口にしたくとも聖也には二の句が告げなかった。

 現にマッスルシャドーは無傷である。

 肉体強化にしろ別の能力にしろ、聖也の攻撃は直撃しても全く通じなかったのだ。

 敵が自分よりも遥かに強者だという事だけは、揺らぎようのない真実なのだ。

 認めたくなくとも絶望的な現実が、彼我の戦力差を自ずと自覚させてくれた。


「それで、もう奥の手がないなら、降参しまーすか?」

「ふっ、ふざけるなー!!」


 かっと血が頭に昇った瞬間、聖也が攻撃に移った。

 がむしゃらに敵に向かって駆け、刃を振り下ろした。

 だが、その途中で生命の危機を感じた。

 いやっ、実際に危機に瀕していた。

 巨隗の如き拳が、聖也の斬撃を置き去りにする程の圧倒的速度で顔面に迫っていたからだ。

 もしこの時、マッスルシャドーが眼前で止めてくれなかったら死んでいただろう。

 拳を止めた時に衝撃波突き抜け、聖也の顔を打った。


「あっ……」


 理解不能の恐怖が全身を駆け巡り、気付けば攻撃を止め両腕は力無く降ろしていた。

 寒気を催し、全身から夥しい汗が流れ出る。

 もはや抗う気すら起きない。


「降参のようでーすね」

「……」 


 聖也はただ顔を青くし、俯く事しかできなかった。

 もはや誰の目から見ても勝敗は明らかであった。


「決着! マッスルシャドーの勝利です!!」

「第1試合は予想通り、我らがチャンピオンの圧勝だよ!!」


 圧倒的、まさに圧倒的な実力差によって、マッスルシャドーは挑戦者を退け、勝利を手にしたのである。


 



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