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第5話

 戦守学園が建立された神遊島は、人の手によって造られた人工島である。

 房総半島の南東、太平洋上に浮かぶ孤島であり、東京都と埼玉県を合わせた程度の面積だ。

 こちらも戦守学園と同じく、地上部はMCによる被害を考慮して見せ掛けだけのものであり、地中深くに無数の工場や商店街、あるいは居住区が設けられた、日本で最も人口密度の高い密集地帯でもある。

 何故侵略者と日夜戦闘を繰り広げている最前線にそれほどの人が集まっているのかというと、超能力者以外にも防衛を担う者達や対MC用の研究者達が詰めている事も挙げられるが、それ以外にも敵の厄介の性質に起因しているのだ。

 MCは人を殺す事を好む。

 いや、殺さずにはいられないといった方が正確だろう。他の動物や昆虫類、あるいは魚介類、はては植物等には見向きもしないというのに、人類に対してだけ異常な残虐性をみせるのだ。

 それも多ければ多いほど、そちらに引き寄せられるといっても過言ではない。

 詰る所、MCは最も人口が密集している場所に出現し易いのだ。もちろん例外もあり、極稀に人っ子一人いない野山に出現したりもするので、神遊島に日本皇国のおよそ9割近い戦力を終結させつつも、各都道府県には人口密度に応じて能力者を振り分けられているのである。

 さて、それではどうやって神遊島に人を集めたかであるかであるが、日本政府は2つの政策を発布する事で解決してみせたのだ。

 1つは超経済特区への指定である。神遊島に進出した企業には輸出入の関税の緩和措置だけでなく、この地域の工場から生産された商品に対する税の恒久的な大幅減免、さらにはこの島に滞在、ないしは居住者に対する援助金制度まで設けているのだ。

 加えて金融や商業に関しても様々な優遇施策を講じる事により、日本だけでなく世界各国から企業を呼び込む事に成功したのである。更には日本で唯一賭博を行う事も認められており、刺激を求めた観光客の獲得も上手くいった事が大きい。

 そして第2として仮移民受け入れ政策である。

 神遊島に限り、外国人の受け入れ申請をほぼ無条件に認めたのである。それに加えて、婚姻出産に関する補助金と生まれた子供への義務教育を受ける権利、そして15年以上居住した者に対する日本国籍の取得できる権利の授受まで行ったのである。

 もちろん国の趨勢を決めるともいえる政策の制定には、国会は荒れに荒れた。

 だがしかし、差し迫った人類共通の敵への対処と度重なるMCの侵攻による大幅な人口減少、そして何よりもいつ何時襲われるか分からない恐怖が、この施策の成立を後押ししたのである。

 その結果、多くの日本人が未知の敵に襲われる確率を大幅に減少させる代償として、神遊島の維持と運営に関する負担を受け入れたのである。

 戦争地帯から逃れる代価として。

 そして、年端もいかぬ少年少女達を戦わせつつも、安穏とした生活を送る事への贖罪として……。

 そういった経緯を経て神遊島は創られたのであるが、実際に暮らしている人にとっては快適そのものであった。地上に意図的に造設された多量の人工物によって、MCの出現は戦守学園にほぼ集約され、偶に別の個所に現れたとしても地下に被害が到達する前に、迅速に討伐されるからである。

 MCに対処できる事が前提に立った薄氷の上の平和であるが、補助金のおかげで生活自体はそこまで苦しくなく、進出した多数の企業のおかげで食は満足に取れるし、嗜好品や娯楽も豊富だ。

 更にはこの地でだけ賭博類も許されている。戦渦に飲まれる可能性もあるというのに世界中から多くの人が集まっており、人の欲が限りないという事をまざまざと見せつけられる場所になっている。

 神遊島は夢と欲望が渦巻く、混沌という言葉を形容するためにあるかの様な場所なのだ。











「何なのよここはっ!?」

「ただのVIPルームだろ。一々大声を出すなよ」


 理解できないという風に大声を上げ困惑の表情を隠せない美華に、うんざりした様を隠そうともしない厚一が毒を吐いた。

 だが言葉の刃に反応する暇もないぐらい、驚きと興奮が勝っていた。


「VIPルームもそうだけど、この場所に驚いてるよ! 猛もどっかいっちゃうし!」

「煩いな! ただの地下闘技場だろ。まっ、秘密の会員制だけどね」


 境子と美華が案内されたのは、何階もある巨大な地下ギャンブル施設のそのまた下、地下数百mに存在する秘密の闘技場であったのだ。

 神遊島ではギャンブルは国から公認されており、賭博試合も申請すれば認められる。

 では、何故ここが秘密の会員制かというと ――――


「ここは、能力者達が闘う事を前提に造られた闘技場なのさ」

「嘘っ!?」


 一般人の賭け試合は認められるが、MCへの唯一の対抗手段である能力者ミスティックが遊戯で傷付く事は認められない。国家として当然の措置であるが、完全に許可しないのもまた弊害があった。

 超能力が世に出て約30年、科学的アプローチによって解明も進んできたが、初歩的な領域に留まっているのが現状である。もし超能力を解き明かし利用できたなら、その価値は計り知れない。各国での技術開発競争は日を追う毎に熱を帯びており、日本としても後れをとるわけにはいかなかったのである。

 この闘技場も技術開発の役割の一端を担っており、政府から秘密裏に認可された実験場を兼ねているのだ。


「それで猛だけど、闘いの準備をしに行ったんだよ。闘う相手は……」

「闘う相手は御影聖也。境子さん、きみのお兄さんだよ」

「「「!?」」」


 いつの間にかVIPルームに入って来ていた人物から声を掛けられた。

 闖入者は2人。

 1人はシルバーを基調としたオーダーメイドのスーツに身を包んだ、50歳前後と思しき壮年の男である。柔和な笑顔が印象的で、先程声を発したのはおそらくこの男であろう。

 もう1人は現代に生きる武士然とした、まるで体の一部であるかの様に和服を着こなし、鋭い眼光が特徴的な男だ。黒髪の間にちらほらと白髪が混じったそろそろ老齢に達するかといった風であるが、全身から静かに発せられる覇気が年を忘れさせ、あたかも抜身の刀と相対したのかと錯覚させられる人物だ。


「おっ、御父様……」

「……」


 何を隠そうこの黙して語らぬ和装の男こそ、境子の父御影剣護みかげけんごその人であり、名にし負う御影一族の長である。

 境子が怯えた眼差しを実父に向け気まずい静寂が訪れたが、高価なスーツを着た男が何もなかったとばかりに優し気な口調で沈黙を破った。


「境子さん、はじめまして。私は忍雄剛毅おしおよしたか義息子(・・・)が世話になったね」

「えっ!? それじゃあ、あなたは、猛さんの?」

「父さ。まあ義理の関係だけどね。猛は強引だから大変だっただろう?」

「そっ、そんなことありません! わっ、私は、すごくうれしかったです!!」


 突然の紹介にびっくりした境子は無我夢中で頭を下げ、剛毅はまさに大人の対応といった風に如才無い笑顔と言葉を掛けた。

 その一方で名前を聞いて頭を捻っていた美華が、突如大声を発した。


「わかった! どこかで聞いた事のある名前だと思ったら、あなた、不忍しのばずコーポレーションのCEOでしょ?」

「その通り、よく知っているね。私が不忍コーポレーションのCEOだよ。ここも書類上は別名義の会社が運営しているけど、実質は私の持ち物なんだよ」

「やっぱり!」


 喜色満面にして得意気になる美華に対し、言い当てられた剛毅の方は自由奔放な見た目に反して優れた洞察力を有する少女の評価を上方修正した。

 不忍コーポレーション

 日本以外ではSINOBAZUの名前や忍刀や手裏剣のロゴで有名な企業である。

 それもここ30年の間に急速に成長し、新興でありながらも能力者関連の新技術や商品を扱う会社として不動の地位を確立した、日本に本社を持つ国際企業である。


「ところで、きみは誰かな?」

「はじめまして! 私は燎原美華、今日から第23部隊に入隊させてもらいました!」

「ふぅん……、私は聞いてないよ?」


 元気溌剌な挨拶に対して、今まで友好的な態度そのものだった剛毅の目が刺す様に細まり、発言も凍てつく冷気を孕んでいた。急速に気まずげな雰囲気になった所、美華をかばう様に進み出た境子が、必死に頭を下げて懇願した。


「すっ、すいません。私が猛さんにお願いしたんです。美華ちゃんは悪い子じゃないし実力もあるので、必ず迷惑を掛けないようにするので入隊させて欲しいと頼んだんです」

「和吾? 厚一?」

「大筋はその子の言う通りです」

「僕は反対したんだけどね。テストして、最終的に猛が入隊を許した感じかな」

「ははっ、うちの義息子は本当に予想外の事をしてくれるねえ……」


 突如、剛毅からの無形の圧力が消失すると、笑声が発せられた。

 その様子から現状を好ましく思っている様子が窺える。

 破天荒、常識に囚われない、我が道を行く。

 それが自分の義息子であり、いつも自分の予想を裏切ってくれる。

 今回も予定外の増員であったが、ものになれば良しといった所だろう。

 もし裏切ったり不利益を齎したのなら、それ()()()()()をするだけなのだ。

 剛毅は笑顔に戻ると美華に向き直った。


「美華ちゃんだったかな? 猛が決めたのなら構わないけど、私も息子も秘密が多いんだ。君がもし私達に不利益をもたらすなら、()()()()になるだろう。だから、気を付けてね?」

「大丈夫! 猛にも境子にも迷惑掛けないわ! むしろ入れて良かったって思えるほど、大活躍してみせるんだからっ!」

「わっ、私も、美華ちゃんと一緒に頑張ります!」

「よろしく頼むよ。さて、立ち話もなんだし座りましょうか。そろそろ始まる頃でしょう」


 剣護を大きなモニターの前のソファーに誘導すると、剛毅も対面のソファーに腰掛けた。

 厚一や境子達も促され、剛毅側のソファーに並んで座らされると、剛毅の合図で軽食や飲み物が次々と運び込まれ、その豪華さに美華は驚嘆の声を上げた。



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