第3話
タイミングを見計らって、狙ってやったとしたらかなりの策士だろう。
だが、大声を上げながら後方から駆け付けて来た人物は、策士とはかけ離れた外見をしていた。
「美華ちゃん!?」
驚く境子と猛の間に割って入り守る様に立ちはだかったのは、茶髪に日焼けした肌の、凡そ日本の存亡を懸けて日々戦っている戦守学園の生徒として似つかわしくない少女であった。
よく見れば制服も改造してあるのか、やけに胸元が開いていたり、スカートの丈が短かったたりと、肌が露出し過ぎている。
更にはマニュキュアや化粧、アクセサリを付けているなど、いかにも遊んでいる風の女の子である。
加えて身長は160前半ぐらいで、発育も良くメリハリもしっかりしている。顔も美少女といって差し支えないない。わざわざ肌を焼いたたり、濃いめのメイクをする必要もなかっただろう。
正直、そんなファッションをする事が理解できない。
編入したばかりの御影と知っているという事だから、おそらくはクラスメートなのだろう。
ただし守る様に前に立ちはだかっているものの、後ろから事態の変化に付いて行けず慌てふためいた様子の御影の顔が出てしまっているのは、何とも滑稽であったが……。
美華と呼ばれた少女はきつく睨みつけながら、猛相手に大声で非難した。
「境子に何するつもりが知らないけど、この燎原美華様が来たからには、そうはさせないわ! 筋肉ダルマはお呼びじゃないのよ! さっさと消えなさいっ!!」
「おいおい、随分な物言いだな。こっちは勧誘に来ただけなんだが」
「それこそお呼びじゃないわ! 境子は私と一緒に第1部隊に入る事になってるのよ!」
自信満々に開いた胸元から豊かな胸を誇示しながら少女は言い切った。
確かにちょっと前までその通りになったのだろう。
だが、今はそうではない。
庇護対象のはずの少女が、おずおずながら彼女の言葉を否定した。
「みっ、美華ちゃん、ごめんなさい。わっ、私、第1部隊には入らないわ!」
「境子っ!? 昨日までお兄さんの所に入隊するって言ってたじゃない!? ……さては、この筋肉男に何かされたんでしょう! この卑怯者!!」
自分の想像のまま猛を下種と断じ、見下し切った目を向けてくる。
その無礼に真っ先に反応したのは猛でも、近付いて来ていた厚一でも和吾でも無かった。
昨日まで下を向いてばかりで、あまり自己主張しない大人しいはずの友人であった。
「美華ちゃん、失礼な事言わないで! 猛さんはそんな事しないわ!!」
「きょ、境子!?」
「猛さんは自分の部隊に入るメリットとデメリットを説明してくれた上で、真摯に勧誘してくれたの。だから、誤解して失礼な事を言った美華ちゃんは謝って!」
「えっ、でっ、でも……」
「謝って!!」
「ごっ、ごめんなさい」
全く納得していないが友人の勢いに圧され、不承不承といった体で頭を下げた。
謝罪も不満であるが、それ以上に驚愕したのが自分の友人の態度である。
顔を伏せがちで大人しく話を聞くばかりで、こちらから質問しないとしゃべらなかった。
そんな少女が、今はどうだ?
大きく目を開き、ただの憶測から他人を非難した自分を怒っているのだ。
確かに、勝手な推測で罵倒したのは良くなかった。
しかし、目の前の巨漢が嘘は言ってないにしても必ずしも善良とは限らないし、よしんば善良であったとしても、男の部隊が境子にとって有益な環境とは限らないのだ。
自分が友を守らなくては!
その思いが彼女をつき動かしていた。
「でっ、でもお兄さんは能力者ランク1位だし、お兄さんの部隊も学内ランキング1位じゃない。そっちに入った方が境子の為になるんじゃないの?」
「「「……」」」
「なっ、何よ!? 文句でもあるっていうの!!」
「お前、境子が御影一族の中でどんな境遇だったか知ってるか? エスカレーター式のこの学園に、高校から入学して来た境子の噂を聞いた事は?」
「無いわよっ!! 友達になるのにそんな事知る必要ないでしょ!」
「美華ちゃん……」
「「「はあ~~」」」
男達は盛大に溜息を付き、境子はちょっと困った風に、それでいて好ましそうに自分の友人を見つめた。
御影一族の失敗作
境子の事は、学園の生徒ならば大抵の者が知っている話だ。
いや、知らない方が圧倒的に少ないだろう。
しかし、この遊び人風の少女には嘘を付いた様な所は微塵も感じられなかった。
本当に知らないのだ。
そこから導き出される結論は、 ーーーーーー この少女はぼっちなのだ。
他の学生から噂話を聞く事もできず、限られた知人しかいない、あるいは境子ぐらいしか友達がいないのだろう。
少女なりに友人を思っての発言だろうが、今回はその情報の無さが仇になっている。
何とも言えない顔になりながら猛が説明しだした。
「少しは周りの話に耳を傾けろ。境子は第1部隊に入るように強制されていただけだ。それと能力を上手く扱えないせいで、実家や兄からも差別されてきたんだ。そんな部隊に、誰が好き好んで入りたいと思う?」
「嘘っ!? ほっ、本当なの、境子?」
「うっ、うん」
「!? ごめん、境子、ごめんね!」
辛そうに頷く境子に対し、良かれと思ってしてきた提案が間違っていた事を悟り涙声になった美華は、全身で謝罪の思いを表す様に必死に抱き着いて何度も謝りだした。
他人から見ても暑苦しく、かつ非常にうっとうしい。
「燎原、そろそろ離れろ。やり過ぎると嫌われるぞ!」
「っ!? ごっ、ごめんね」
猛の発言が聞こえたのか、高速で離れつつもまた謝った。
よほど御影に嫌われたくないのだろう。
まあ少女は間違ってはいたが、友人のためを思ったからこその行動であるので、御影としても苦笑はしても疎ましくは思っていないようだ。
不安な表情を浮かべたままの美華を安心させるように、笑顔を浮かべて抱き着いた。
「だいじょうぶ。美華ちゃんが私の事を思ってしてくれた事はちゃんとわかっているから、嫌いになんてならないよ。あっ、ありがとう」
「境子~」
安心したからなのか感極まったのか分らないが、大声を上げ嬉し涙も流し始めている。
どうにも彼女が来てから、場が引っ掻き回されっぱなしである。
この、空気を読めない所もぼっちの原因に違いない。
また無為に時間が過ぎるのを防ごうと、さっさと猛が話を切り出した。
「もういいか? それで話は戻るが、境子は納得した上で、俺の部隊に入る事を了承してくれたんだ」
「……境子は、本当にそれでいいのね?」
「うん、私は猛さんを信じたの。それに、私が必要だって言ってくれたのがうれしかった。猛さんの部隊は大変みたいだけど、私、頑張るわ!」
美華が真剣な表情で見つめると、御影は花咲く様な顔で微笑んだ。
幸せそうな笑顔だ。
それにさっきからほとんど俯いていない。
余程うれしかったのだろう。
そこまで決意が固まっているのなら、彼女の好きなようにさせてやるのが友だろうと、美華もようやく頷いた。
頷きはしたが……
「よし、わかった! それなら私もあんた達の部隊に入るわっ!」
「「「ええっ!?」」」
友人と一緒にいたいからなのか知らないが、破天荒極まりない申し出である。
猛が厚一と和吾を見ると、2人共首を横に振っている。却下、お断りという事だ。猛としても初めから御影にしか興味が無かったので、その提案を受け入れるつもりは微塵も無かった。
「お前はいらん」
「何でよっ!? 私はこれでも情熱爆弾の二つ名を持つランク8位よ! 1年のトップは私なのよ?」
ぼっちやその派手な外見に反して、どうやらこの少女は非常に優秀なようだ。
まあ優秀であっても、猛達は意見を翻すつもりは無かったが……。
「知っていたか?」
「情熱爆弾の名前自体は知っていたよ。彼女がそうだとは知らなかったけどね」
「まあ、興味無いけどね。猛もそうでしょ?」
「そうだな。俺は境子を勧誘しに来ただけだからな」
「どうしてよ!? 貴重なランク1桁なのよ! おかしいでしょ!?」
「いやいや、ランク1桁が余ってるのが逆におかしいでしょ? どうせそのKYっぷりや命令無視かなんかで、部隊をクビになったんじゃないの?」
「うっ!?」
厚一の指摘に思い当たる所があるのか、途端に美華は押し黙った。
当たらぬとも遠からずといった所か。優秀なのだが、短慮な所や空気の読めなさが致命的であった、そんな所が真相だろう。
おそらく勝手な判断で動き部隊に迷惑を掛け続け、それが積もり積もって除隊させられた……。
つまりは自業自得である。
「いくら優秀でも、そんな人いらないよねー」
「まあ、元から勧誘する気も無かったしな」
「そんな~。今度こそしっかりやるから! 命令だってしっかり聞くし、足手まといにはならないから。お願い! お願いします~」
今度は必死になって猛に纏わり付いてくる。面倒な事この上ない。
この性格も嫌われる要因であったに違いない。
境子はおろおろするばかりで、厚一や和吾にいたっては処置なしといった風に首を横に振っている。猛にしても、入れても良いという気持ちが沸いてこなかった。
口では命令を聞くとは言っているものの、どこまで本気かわからない。
その辺りを指摘したとしても、本人は改める気があるのだから引き下がらないだろう……。
これ以上付き合うのも面倒になった猛は、足元でぎゃーぎゃー喚いている煩いのを引き剥がすと、本人が一番自信があるであろう、実力の部分で諦めてもらう事にした。
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