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第1話

「21xx年、人類は史上最悪の敵と会い見える事になりました。そう、ここにいる皆さん、誰もが知っている恐るべき侵略者MCです……」


 ()()は地下だというのに、疑似太陽光の灯りが小春日和の様な、午後の麗らかな日差しを演出していた。

 教師の淡々とした解説が催眠音波となって眠気を誘い、教室の最奥に座る大柄な青年は大きく口を開くと大あくびをした。

 いや、青年というには少々語弊があるかもしれない。

 学生服に身を包んでいるから青年という言葉に間違いはないのだが、件の青年は大の大人でさえお目に掛かれないほどの、巨大な肉体を誇示していたからだ。

 それも太っているというわけではない。

 学生服からはみ出ている鍛え上げられた手足や太い首、更には学生服自体を歪な形に盛り上げる恐ろしく発達した筋肉が、この青年が肥満とは対極の位置にいる事を教えてくれる。

 腕は成人男性の太腿よりも遥かに太く、足にいたっては下手な厚さの丸太でさえ太刀打ちできないほどだ。

 青年の体重を支えるために、机も椅子も他の学生とは異なる特注品だと一目でわかる。


 大きい。


 何もかもが規格外だと言わんばかりに、全てが太く、大き過ぎるのだ。

 巨大な身体に短く切られた髪。

 頑丈そうな首の上には、目鼻立ちのはっきりした男臭い顔が乗っている。

 一度見れば忘れられないであろう、インパクトのある青年である。


「……MCは恐るべき能力を持っています。固体別に固有の能力を備えているのはもちろんですが、共通しているのは転移出現能力が挙げられます。その転移能力の最たる脅威は、時と場所を選ばないという事です。ただし、出現場所は空気中に限り、土中や水中には転移してきません。加えて、人工物の中にも転移して来ない点が挙げられます。もしこの欠点が無かったとしたら、考えるだけも恐ろしいですが、人類の被害は更に惨憺たるものになっていたでしょう……」


 相変わらず教師の放つ子守唄の様な、抑揚の無い単調なリズムの説明が眠さを倍加させる。

 規格外の肉体を持つ青年、忍雄猛おしおたけるは再度あくびを漏らした。

 教師も殊更咎めはしない。説明している内容は、今時子供でも知っている内容であるし、義務教育の過程で何度も繰り返し教授している事項でもあるからだ。

 高等教育でも現代史の一環として教えてはいるが、実際に自分達の身に降り掛かった災厄であるし、知らないはずがないのだ。

 それに青年を初めとした、目の前の学生達の本分は勉学に励む事ではない。 

 彼等はこの()()()()を、力無き人々を守るために、日々凶悪な侵略者との戦いに身を投じているのだ。

 少々不真面目な態度を取ったからといって、それがどうだというのだ。

 日夜MCとの熾烈な戦いに明け暮れる苦労を想えば、殊更目くじらを立てる程ではない。

 初老の教師にはその程度の分別と、目の前の若者達に戦いを強いる事しかできない負い目があった。

 そう、負い目だ。

 一部の例外を除いて、MC(神話生物)と戦うのは20歳未満の若者にしかできないのだから……。


「……その他、共通する事項としてMCには兵器がほとんど効きせん。殊に火薬や銃といった銃火器、人間や動物相手なら非常に高い殺傷能力を持つ近代兵器であっても、さしたる痛手を与えられません。その事に気付くのが遅れたせいで、かつての世界大戦でさえ比べ物にならないほど、多くの尊い命が犠牲になってしまったのです。この日本もです。皆さんの生まれるちょっと前の話ですが、()()()()の事は全員が知っているでしょう?」


 白髪交じりの教師が沈痛な顔で語ったのは、日本で最大の犠牲者を出し、今なおその大事件の爪痕が深々と残っている大事件についてであった。

 それは、MCが初めて地球に現れた日に起きた悲惨な出来事であり、多大な犠牲と破壊の後にようやく討伐に成功した、人類と侵略者との何時果てるとも知れない、永い戦いの幕開けとなった事件である。

 30代以降、つまりこの事件を目の当たりにした者達の間では、口にする事さえ忌避する者がかなりの割合で存在する。

 それほど凄惨で惨たらしい被害を齎したのが、渋谷事件なのだ。


「渋谷駅前に突如出現したMCに対し、当初は警察、ついで自衛隊が緊急出動して尽力を尽くしてくれましたが、兵器が利かない事が解らなかったために被害は拡大の一途を辿りました。そんな凶悪な怪物を退治してくれたのが御影一族、皆さんと同じ固有能力エクストラセンスを持ち、遥か昔から日本を守護してきた能力者の一族なのです!」


 御影一族。

 MC出現以降に生まれた新人類と呼ばれる能力者(ミスティック)ではなく、遥か昔から日本を護ってきた能力者の一族。

 今では護国の盾と称され、優秀な能力者を数多く輩出している旧家と称される、旧き能力者達の一族の中でも名門中の名門である。

 そして何より畏れるべき事に、彼等極一部の者達はMCに対抗する様に近年固有能力を持って生まれた新人類とは異なり、千年以上もの遥か古代から科学では説明の付かない超常的な力を操り、表に出ることなく連綿と陰から人類を守護してきたのだ。

 本来なら人など簡単に殺せる異質の力を持った一族だ。

 今まで陰に留まっていたのも能力者の絶対数が少ないだけでなく、忌避され排斥されるのを恐れたが故であろう。

 まあMCの出現によって表舞台に出ざるを得なかったわけだが、化物という差し迫った脅威と日本政府の擁護、そして()()()()()()の声明もあって、今では頼もしい護り手として受け入れられているというわけだ。

 

 ただし能力者ミスティック達、殊に新人類の誕生によって悲劇が起きなかったわけではない。

 自分の子供が理解できない力を持って生まれてきた場合、全ての親が受け入れられるわけではない。

 MCの侵攻による被害も相俟り、ここ30年の間で孤児が激増したのもまた、偽らざる真実なのだ。

 この場に居合わせた生徒も孤児の割合が高い。

 何故ならここは、


「……私は皆さんを、能力者(ミスティック)を誇りに思っています。皆さんが戦ってくれているおかげで、日本は守られているのですから!」


 ここは、戦守学園。

 全生徒が能力者であり、MCと激戦を繰り広げる最前線に創設された学園だからだ。










「ふあ~……」

「ふふっ、大きなあくびだな」

「一応授業を聞いていたみたいだけど、ほとんど頭に入ってないんじゃないの?」


 眠たい授業をなんとか乗り切り、盛大に大口を開けている猛に声を掛けてきたのは2人。

 猛ほどにないにしても、長身の体に大人顔負けの筋肉を有する細マッチョ系の好青年と、160cmあるかないかという小柄な体躯にプリティフェイス有する、紅顔の美少年だ。

 ただし、小柄な少年はその顔に反して辛辣な言葉を吐くようだが……。


「聞き飽きた内容だからな。少しくらい寝ていたとしても、大目に見てくれるさ」


 もっとも猛自身がきつめの言葉に対して何も思ってないようで、ゆっくり伸びをしながら特注の椅子から立ち上った。


「ああっ、猛は相変わらず惚れ惚れする体をしてるな~。滾ってしまって、仕方ないぜ!」

和吾かずあも相変わらずだな……」


 ヒューと口笛を吹きながら傍に歩み寄り、熱の籠った、いや、あからさまに欲情した瞳を猛に向けるのは細マッチョの青年、高部和吾たかべかずあである。

 彼の言動も明らかな通り、彼は男が男に恋する青年であった。

 所謂ホモである。それも真性のガチホモだ。

 ただし紳士ジェントルマンでもあった。その気のない普通の嗜好の男でも、ほいほい構わず喰ってしまう様な分別の無い行動、自分の信念に反する行動は絶対にしない。

 加えて、非恋愛対象の女子や子供には親切で優しい、ある種理想的な紳士であった。

 その崇高なる思いと良識的な行動によって、性癖が周知の事実となっても周りが離れていかないのだ。

 その証拠に猛も美少年、墨谷厚一すみやこういちも呆れ顔になりはしても、忌避する様子は微塵も無い。


「たくっ、このガチホモは……。毎度毎度、よく同じセリフを言って飽きないね」

「良いものは良い。正当な評価をしているだけだから変わるはずがないさ。厚一、お前のプリティフェイスも、むしゃぶりつきたくなるほど可愛いぞ?」

「止めろよ!! 鳥肌が立ったじゃないか! 僕はノーマルなんだからなっ!!」

「はははっ、それはすまない。でも、気が変わったら教えてくれないか? 天国に連れて行ってやるからな?」

「うげー」


 少年の毒舌もなんのその。逆に、紳士ホモの和吾の攻勢に逆にやり込められてしまったようだ。

 そんな光景を見て、猛は快活な笑い声を上げた。

 この2人とは十年来の付き合いである。和吾の性癖が目覚めた後でも変わらない、いつものじゃれ合いが可笑しくて仕方なったのだ。

 そんな猛の様子に厚一も気付いたようで、咳払いすると本題に入った。


「ったく、和吾のせいで話が明後日の方にいっちゃったじゃないか! それで、本当にやる気なの?」

「もちろん! 今からターゲットの勧誘に行く」

重力姫グラビティプリンセス、御影の落ちこぼれね……」


 御影境子みかげきょうこ

 今では日本で知らない者が皆無なほど有名な能力者の一族の一人であり、本日猛が勧誘しようとている標的ターゲットであった。

 加えて、先日戦守学園の高等部に編入してきた1年生でもある。

 何のために勧誘しようかというと……、


「ランク27位。落ちこぼれと言われてるけど、二つ名が貰える上位には入っている。戦力の増強という観点から言えば、僕達第23部隊に勧誘するのは間違いじゃないけど……。猛、本当に必要なの?」


 固有能力を含めた強さ、戦闘能力を測る機器が開発され、その強さによってランク別けが為されている。ランク27位とは、日本にいる20歳未満の能力者の中で強さが上位27位に位置するという事であり、加えてランク100位までの上位者には二つ名が送られるのである。

 また、この戦守学園はMCと戦う事を目的としており、生徒に意欲的に戦ってもらうために部隊制度を導入している。部隊はこの学園の生徒なら誰でも創設でき、入隊や脱退も個人の自由とし、MCとの戦績や他部隊との戦う演習の成績等により、上位の部隊には多種多様の便宜を図り、生徒の自主性と勤労意欲を高めているのだ。

 学園創設初期の頃は軍隊式に部隊編成し、外部から招いた指揮官の命令の下、侵略者との戦いを行っていたのだが、思うように成果が上がらず現在の形に落ち着いた経緯がある。

 それもそうだろう。MCは毎日の様に世界中どこにでも現れるが、日本ではここ戦守学園、あるいはこの学園のある東京都神遊島(・・・・・・・・・・)にのみ出現するといっても過言ではないのだ。

 そんな所に、幼少の頃から戦う力があるからといって無理やりに入学させられ、命令の下に戦いを強制させられるのだ。

 自分達以外は命の危険もほとんど無く、何ら強いられる事無く自由に暮らしているというのに?

 更には、そんな状態で無能力者が上から頭ごなしに命令してくるのだ。

 自分達の心情や相性を一顧だにせず、ただ能力と戦闘力から判断し機械的と思える程事務的に、そして無慈悲に命を散らせと命令を下す。

 反発が起きるのは必然であった。

 最終的に国も能力者を使い潰す様な運営の瑕疵を認め、現行制度に変わったというわけだ。

 戦守学園は小中高一貫のエスカレーター式のマンモス校であるが、幼年の者の戦闘への参加を抑制しつつ生徒に部隊編成のある程度の自由裁量を認める事で、性格や能力の相性の不一致による実質的な戦力低下や不慮の事故が減少するという、能力者の生存率の向上という成果につながったのである。

 そういうわけで、自部隊の戦力向上は学園内での特権を得るために重要であり、有望な者の勧誘は望ましい事なのだが、猛の顔を見ればそんな事には全く興味が無いのが一目瞭然であった。


「戦力向上なんて、端から考えてないさ」

「だよね~。僕等は学園内の特権なんて必要じゃないし、元々部隊の成績も気にしてないしね」

「彼女は、俺が更に上に行くために必要なのさ。まあ、俺のトレーニングに付き合っていれば、結果的に戦力増強になるかもしれないけどな」


 仮にも二つ名持ちという、上位能力者相手を勧誘する理由が自分のためだけというのだから、我が道と行くというか唯我独尊と言えばいいのか……。

 しかも先程の猛の発言から、自分の方が遥かに上だというはっきり表明しているようなものだ。

 相手は総数1万人の能力者中で、27位に位置する上位者だというのにだ!

 だがこの傲岸不遜な猛の発言を、和吾も厚一も当然のものとして受け取めていた。


「ふっ、つまり彼女は、猛のトレーニングのサポーターに選ばれたというわけだ」

「護国の盾たる御影一族の一員も、猛にとってはただの補助員か……。その子、強くなる前に壊れちゃうんじゃない?」

「さあ、どうだろうな。ついてこれれば強くなれると思うが、結局は本人次第じゃないか?」

「おーこわっ。その子にとっては、うちの部隊に入らなない方が幸せじゃない?」

「しかし、今まで御影の落ちこぼれと蔑まれてきたんだろう? 本人と会っていないから絶対とは言えないが、おそらく今まで相当鬱屈とした生活を送ってきただろう。きっと心の何処かで見返してやりたいと思っているはずだ。俺達の部隊に入ればハード過ぎるだろうが、少なくとも上を目指せる機会は得られる。その子にとっては、十分メリットがあるんじゃないかな」

 

 言下に必要ないとシニカルな笑みを浮かべる厚一に対し、勧誘するのも彼女のためにもなるだろうと賛意を示す和吾。どちらの意見も一理ある。そんな二人の顔を見比べ2m近い巨体を軽く竦ませると、猛は大人顔負けの男臭い顔に、太い太い笑みを浮かべた。


「彼女の能力は修業が捗るから是非とも欲しい。まあ、俺に目を付けられたのが運の尽きと思って、あきらめてもらおう」

「ふっ、猛のその強引な所も嫌いじゃないぜ」

「ほんと猛は一度決めたら突っ走るんだから……。考えてみれば、彼女も可哀想だよね。勝手に未来を決められて、こんな筋肉ダルマに迫られるんだから」

「はっはっは。厚一~、俺の自慢の筋肉の素晴らしさを、改めて教えてやる必要がありそうだなっ!」

「止めてよ! 猛の馬鹿力だと、手加減されても僕が粉々になっちゃうじゃないか!!」

「ふふっ」


 猛が太い腕をゆっくり延ばすと、厚一は悲鳴を上げてさっと距離を取った。

 逃げた厚一を本気で捕まえる積りなど、猛には欠片も無かった。

 猛の力が強過ぎるのは本当の事だし、これはただの戯れなのだから。

 そんな2人に対し、和吾は同性でも惚れ惚れする様な顔で笑った。3人が出会ってから10年以上続く、他愛無いじゃれ合いである。


「猛、遊んでいると時間が無くなるぞ?」

「おっと、しょうがないが厚一と遊ぶのはまた今度だ。折角許可(・・・)も取ってあるんだし、この機会を逃すと面倒だからな。よし、行こうぜ!」

「はいはい、まったく猛は強引なんだから。僕らは見ているだけでいいんだよね?」

「ああ、全て俺がやる。2人は見ていてくれ」

「了解。それじゃあ、重力姫に会いに行くとしますか」

「まっ、期待はしないでおくよ」


 3人は仲良く連れ立って教室を出て行った。


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