第74話
地球への回答まで残り八日。
腹が減っては戦ができぬ。
そんな言葉が地球にはあったそうだ。
だが電志たちは戦を止めるために食堂へやってきていた。
【グローリー】は戦艦だけあって乗組員が多く、全員の胃袋を満たすには食堂も広くなければならない。
食堂も一つではないので、ある程度の人の分散はなされるのだが、それでも混むものは混む。
食事は基本的欲求を満たすものであり、みんなの気持ちも自然と高揚する。
そして高揚した者が大人数集まると熱気が生まれる。
厨房から放たれる調理の熱気と待ち行列から放たれる熱気がぶつかり、熱風となって部屋を包んでいた。
見渡す限りのテーブルの列は九割以上が埋まっており、その中に電志たちがいた。
電志は定食、愛佳はうどんに小鉢、エリシアは丼ものにサラダをテーブルに並べている。
電志は残り二人の食事を見てみたが、小鉢をつけたりサラダをつけたりしてバランスを考えているんだな、と思った。俺は何も考えずに目に留まったものを注文してしまう。愛佳が弁当作ってくれた時はそれでバランスも考えられているんだろうが、そうでない時は自分の選び方では心配だな。食べたいものを食べたい時に食べる、を実践しているわけだが、単に無頓着なだけとも言える。一週間カレーが続いたって、別に俺は文句は言わない。
エリシアはスプーンを丼に突っ込み、話しかけてきた。
「今日は愛佳は作っていないの? 愛妻弁当」
それに対し愛佳は肩を竦めて割り箸を割る。
「作る時と作らない時がある。それに、良かったじゃあないか。目の前で『はい、あ~ん』とかやられたらエリシアさんは憤慨するだろう?」
「別に、構わないわよ? そんなことする勇気が無いのも分かっているし」
「むぐぐ……やはりエリシアさんは意地悪ばあさんになるね」
そんな言葉を余裕で受け流し、エリシアは声のトーンを真面目なものに切り替えた。
「で、本題なんだけど。わたし達にできることって、何かしらね」
そう、このことを話し合わなければならない。
七星の日記を見たのは四人。
だがミリーは戦いを望んでいる。
残りの三人でアイデアを出すしかない。
電志が次々に箸を進めながら意見する。
「俺はやっぱり七星さんに話してやめさせるしかないと思うけどな」
そうしたら愛佳から待ったがかかった。
「前にも言ったけど、正面からでは駄目だ。相手は大人なんだ、きっと相手にされない」
「でも、日記という証拠もある。それを見せればさすがに……」
「甘いよ。これだけ大それたことをやろうとしているんだ、詰め寄られた時の言い訳だってきっと用意している。いや、もっと最悪なパターンだと、追い詰められた時に何をしでかすか分からない」
これは二人の意見が全く合わない部分だった。
電志は後頭部を掻いて言葉を詰まらせる。七星さんは話せば分かると思うんだけどな。
今まで七星は設計の師匠というだけでなく、設計士としての振舞い方も示してきた。
だからこそ電志は〈DRS〉や〈DDS〉との付き合いを大切にしている。
そんな人としての道も示してくれた七星だ、話して分からないという姿が想像できない。
憮然としていると、エリシアも愛佳を支持した。
「わたしも正面から行くのはオススメしないわ。何か他の手を考えましょう」
電志はもやもやしながら周囲に視線を巡らせる。
するとガヤガヤした中から気になる発言が聴こえてきた。
『地球からのメッセージ見たか?』『ああ、酷いよな』『あいつら何様のつもりなんだっつーの』『ほんとムカツクよなあ』
男子二人が二つほど離れたテーブルで不満を漏らしているようだ。
地球からのメッセージは、簡単に言えば最悪の一言に尽きる。
あれを見て苛立ちを覚えない者はいないだろう。
この男子二人はまだ控えめな方で、他のテーブルではもっと過激な発言が飛び出していた。
『おい、こうなったら地球にガツンと一発かましてやろうぜ!』『七星さんが地球侵攻を考えてるんだろ? やってやろうじゃないか!』『地球絶対許さない!』『【アイギス】に戻ったらそのまま攻め込もうよ!』
男女四名のグループがかなりエキサイトしているようだった。
こうした地球侵攻支持者が急速に増えている。
そこかしこで地球憎しの火が点いてしまっているのだ。
愛佳はそれを耳に入れながら複雑な声を発した。
「地球は確かに酷いと思う……けど、手を出せばボクらは今度こそ生き残れないだろう。まったく理不尽な話だけどね」
それは電志も同じ思いだった。せっかく〈コズミックモンスター〉との戦いで生き残れたんだ、ここへ来て更に戦いなどしたくない。地球とやりあえば、下手したら全滅だってあり得る。それに……
地球への旅行もなくなってしまう。
それが何よりも悲しいことに思えた。
もしかしたら戦いを止めたいという根源はそこなのかと思うくらいに、それは大切だった。
エリシアもやるせない声音で愛佳に続いた。
「本当に、理不尽よね。わたしだって、【黒炎】がもっと沢山あるなら『やってやろうじゃない』って言いたいところよ」
「【黒炎】か……」
電志は口を引き結ぶ。【黒炎】だけは未確定要素だ。いま、地球の大国の首都を急襲するシナリオでシゼリオが訓練している。それがうまくいった場合、地球軍はそもそも宇宙に出てこられなくなるのではないか?
だが、待てよ……地球からのメッセージでは、武装解除して【アイギス】に戻ってこい、さもなくば地球艦隊が罰する、と言っていなかったか?
まさか、地球艦隊は既に宇宙に出てきている……?
そうだとしたら余計に地球侵攻など止めるべきだ。
【黒炎】で地球を急襲するつもりなら、既に計画が狂ってしまっているのだから。
本当に苦い思いだ。
一瞬でも勝てると思ってしまったことが悔やまれる。いくら【黒炎】の性能が良くたって、元々の計画が破綻していては駄目だ。切り札一枚で戦局が決するなら苦労しない。
何とかやめさせなければ。
数十秒か数分か、電志は石のようになって考え込んだ。
設計士としてはもう手が出せない。
設計が終わってしまっているからだ。
別の角度から攻めるしかない。
そして極秘任務に関わっている人間に焦点を当てた。
例えば実行者を説得することができたら……?
妙案に思えた。
「……シゼリオをあたってみるか?」
「それ、良いかもね……!」
愛佳が賛同を示す。
エリシアはちょっと考えるような仕草をした。
「悪くないと思うわ。でも……彼は真面目だからね、それがどっちに出るか……」
「『どっち』っていうのは?」
愛佳が尋ねるとエリシアははきはきと答えた。
「一方は『本当に戦うならお断りだ』という真面目さ。こっちの場合わたし達に耳を傾けてくれるわ。でももう一方は『命令には従うべきだ』という真面目さ。こっちの場合はもう無理ね。何を言っても無駄でしょう」
ふーむなるほど、と愛佳は頷く。
電志はそうだな、と思いつつも自分の案を推した。
「まあ、どっちに転ぶかは分からないが、とにかく話してみよう」
「そうね」「そうだね」
エリシアと愛佳が同意を示す。
シゼリオを説得できてしまえば、地球侵攻は頓挫する。
希望が見えてきた。




