第64話
電志はこれまで設計してきた中で、対人兵器など装備させたことがない。
ミサイルであれば追尾性能の無いものしか知らない。
だが七星の画面上には高性能追尾ミサイルが表示されている。
爆弾など引力に任せて攻撃する兵器と教わっただけで、見たこともない。
だが七星の画面上にはそれが表示されている。
小型無人機は警備用なら知っているが、対〈コズミックモンスター〉で出番は無かった。
だが七星の画面上にはそれも搭載されている。
【黒炎】の外観に大した変化は無い。
それなのに、電志の目にはこれが見たことのない異様な怪物に映った。
「いったい、何に……」
使う気なんだ、と電志は寒気を覚える。
――七星さんが地球侵攻を計画している……
噂が脳裏をかすめる。
まさか。そんなはず……
だが目の前に映っているこれはなんだ?
緊張で体が強張っていく。
七星が目を覚ました。
机で寝ていて節々が痛くなったのか、その場で首を捻ったり伸びをしたりし始める。
その途中で電志の姿に気付いたようだった。
「よお電志、どうしたんだ怖い顔して」
何でもないことのように話しかけてくる。
そこにたまらない違和感を抱き、電志は画面を指差した。
「あの、それ……」
「ん、これ?」
「そう、それです」
「あー、これね。電志は見たことないか」
「はい」
「気になるか?」
「はい、凄く……それ、いったい何に使うんですか?」
「何って……用途は一つなんだけどな」
「用途は一つ……?」
電志は顔を引きつらせた。
ミサイルが人の乗っている敵機を爆散させ、爆弾が人の生活している建造物を粉砕し、小型無人機が群集に飛び込み殺戮していく……そんな想像が駆け巡る。ちょっと待て、ちょっと待てよ……
俺はいったい、何を設計しているんだ……?
七星は電志の様子から何を考えているか察したようだった。
画面を切り替えて、あるものを表示させる。
それは〈DRS〉のカタログだった。
普段設計する時に【光翼】やエンジンなどはこのカタログの中からチョイスしていくのである。
「このカタログは十年前のだ」
十年前。
それが意味するところは、電志はすぐに分かった。
カタログのラインナップに、【光翼】が無い。
ということは、これは〈コズミックモンスター〉の襲撃が始まる前のもの、もしくは襲撃から【光翼】が完成するまでの。
まるで歴史の書物を見ている気分になった。十年前はこんなラインナップだったのか。
七星は説明を続ける。
「十年前は、こうだったんだよ。ミサイルだけで数十種類、使うかどうか不明な爆弾。お前ならこう言えば分かるだろう……戦う相手は〈コズミックモンスター〉じゃなかったんだよ」
それは深く突き刺さる言葉だった。
電志は無意識に唇を噛んでしまう。
戦う相手が、違ったのだ。
なぜこう言われるまで気付かなかったのか。
いや、薄々気付いていたのかもしれない。でも分かりたくなかったというか。
「……人間と戦うんですか」
「勘違いするな、『の想定で設計する』だけだ。地球で運用するってことは、そういうことなんだよ。そもそもこれらも人に向けて使われたことは無い。地球じゃいまだに紛争が絶えないが、それが【アイギス】まで飛び火するには遠過ぎたってこった」
「ああ、そうだったんですか」
ようやく安心できる材料が手に入った。
人に向けて使われたことはない。
あくまで『の想定で設計する』だけ。
やはり地球侵攻なんて、噂だ。
愛佳はぶらぶら通路を歩きながら言った。
「エリシアさんは何でボクについてくるのかな?」
すると隣を歩くエリシアがニコニコして返す。
「あなたのストーカーだからよ」
「うわあ、エリシアさんが言うと生々しいね。将来本当にストーカーになりそうだし」
「あら、あなただって電志をストーキングしてるじゃないの」
「ボクはストーカーじゃなくて電志の……あの、アレだから」
カノジョだし、と言おうとして恥ずかしくなって濁した。
そんな愛佳にエリシアはくすくすと笑う。
「あなたって電志のいないところでは本当に女の子なのね。そうした可愛らしいところを電志に見せてあげれば良いのに」
「うるさいなあもう。ボクの可愛さは一二〇%伝わっているよ。それよりボクはもう電志の行き先を嗅ぎ回るのをやめたんだ、エリシアさんがボクを見張る必要は無くなっただろう? いつまでもボクについてこないでほしいね」
愛佳はシッシッとエリシアを追い払う仕草をした。ここのところいっつもエリシアさんかシャバンにつきまとわれてうんざりだよ。そろそろ一人になりたい。
「まさかあなたが嗅ぎ回るのをやめるとはねえ。色仕掛けで電志に喋らせたの?」
「ボクは色気ムンムンだからね」
「あなたに色気ぇ?」
憐れむような目をエリシアが向けてきたので愛佳はムッとした。
「エリシアさんは早くも大人の色気ですか。ボクより早くババアになりそうだねっ」
「わたしがババアになる時はあなたはクソババアよ」
「あり得ないあり得ない。ボクはまるで聖母のようなババアになるよ。エリシアさんみたいに嫁いじめが趣味の姑にはならないね」
「まあ老後のことは置いておきましょう。それよりどこへ向かっているの?」
しばらく艦内の色々なところを回ってからは、一直線にどこかへ向かっている。
愛佳は行き先を思いついたのだ。
居住区の、とある扉の前で足を止める。
そこはエミリーの居室だった。
「言うなれば、不安の解消に、かな」
電志の秘密の任務には不安がある。噂を信じるなと電志は言うけど、やっぱり不安だ。七星さんがもし地球侵攻を考えているなら、電志がそれに加担するのは嫌だ。いや、七星さんを疑っているわけじゃないんだけどね。むしろ七星さんよりボクをかまってよ、という気持ちがあるのかもしれない。複雑だね。
とにかく噂といえばこの人だな、ということでエミリーに聞いてみることにした。
以前話した時から進展はあっただろうか。




