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天才設計士の恋愛事情  作者: 滝神淡
その目的は
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第63話

 木に背中を預け、休憩区画の静かな風景を眺める電志。

 その隣には愛佳。

 電志は片膝を立て愛佳は体育座りで並んでいた。

 二人の姿もまた風景の一部であるように周囲に溶け込んでいる。

 それだけ二人の並ぶ姿は自然だった。


「なあ」

 電志は遠くへ視線を投げながら問いかける。

「なに」

 応じる愛佳は体育座りしながらロッキングチェアみたいに前後に揺れていた。

「昨日愛佳に抱きつかれたのを〈DDCF〉のやつに見られてしまったんだが、今日だけで十人くらいにひやかされたぞ」

「へえ、それは……ミステリィだね。一人にしか見つかっていないのに十人にひやかされるなんて」

「どこもミステリーじゃないだろ。広まったんだよ、噂が。速攻で」

「ボクも聞いたよ。いつの間にか『そのまま朝まで過ごした』ことになってるらしい」

「噂に尾ヒレをつけるどころか翼をつけやがった奴がいるのか。話が飛躍しすぎだ」

「全く迷惑だよねぇ」

「の、割にはニコニコしてるじゃないか」

 電志はジト目で隣を睨んだ。

 そこには妙に嬉しそうな美少女の顔。

「えー? 別にニコニコなんてしてないよ? 噂が広まるなんて本当に迷惑だー」

 なんなんだ、と電志は肩を竦める。意味が分からない。噂されるなんて俺にとってはマイナスでしかないんだが。こいつにとっては不都合は無いのか?

「愛佳は恥ずかしくないのかよ」

「くふふ、電志は分かってないね。ひやかしを受けるのもまた優越感だったりするのだよ」

 愛佳は指を立てて人生訓みたいにそう言った。

「分からないな、恐らくこの先も」

 そこは決定的に価値観の違いかもしれない。

 電志はひやかしを受けると『放っておいてくれ』としか思えない。そこに優越感などどうやって感じるんだ?


「まあそれよりも、電志の秘密だよ」

 前後に揺れるのをやめて愛佳は周囲を気にしながら口を動かす。

「絶対、誰にも言うなよ」

 念を押すように電志は言った。

 そうした情報管理は彼女ならできるだろうと踏んではいるが、やはり念押ししておきたかった。

 声に出すことで自分が安心したい、という心理だったのかもしれない。

「そこら辺は任せておきたまえ。ボクほど口の固い女はいない」

「わざわざ不安になるような言い方するな」

「ボクが心配しているのは、秘密の内容だよ。電志……キミは七星さんに言われて、いったい何を設計しているんだい? まさか地球侵攻用の……」

「馬鹿言うな、そんなもん作るわけないだろ」

 電志は下らないとばかりに一蹴した。

「だと思うけど、噂がさ。電志、噂は知ってる? 七星さんが地球侵攻を計画してるって」

 それか、と電志は眉間にしわを寄せた。どいつもこいつも、そんな噂を。

「知ってるよ。でもあり得るわけないだろ。どれだけ地球と【アイギス】で戦力差があると思っているんだ」

「でも七星さんは地球に見捨てられたことで相当根に持ってるって噂だよ。恨みは戦力差に左右されない。復讐とは生き残ることを考えないものさ」

「知った風に言うな」

「七星さんを取材した人は確かに恨みがあるって本人から聞いたらしいよ」

「……なんかシゼリオもそんなようなことを言ってた気がするな」

「えっ……じゃあ電志の秘密の設計にシゼも参加してるの?」

 しまった、と電志は後悔した。つい口が滑った。

「あ、いや……そこら辺で会った時に」

「くふふ、動揺しながら言っても無駄だよ。そうかあ、シゼも参加しているのかあ。じゃあシゼが乗ることを想定した無茶な機体を作ってるってことだね」

 秘密がまた知れたことで愛佳は上機嫌になったようだった。

 電志の方は真逆である。くそ、気をつけないとな。あとどれくらいの日数乗り切れば良いんだ。

 カレンダーを見てみると、火星を出発してから既に一ヶ月が経とうとしていた。

【アイギス】に到着すれば情報が解禁となるなら、あと一ヶ月である。

 最初の一ヶ月でこの状態だと、残り一ヶ月で秘密を守り通せる気がしない。いっそ愛佳も仲間に引き入れてしまった方が楽なのではなかろうか。

 電志は頭を掻き、ぼやくように言った。

「とにかく、噂なんて信じるな」

「電志は七星さんを無条件に信じてるじゃあないか」

「……え?」

「いつもの論理思考じゃあないね。いつもなら根拠を重視するでしょ? それなら『取材によって本人から聞いた』という話があるんだから、噂も一定の価値を持つと判断できるハズ。それなのに電志ははなから否定しているね、それは『七星さんがそんなことするわけがない』という感情論じゃあないかい?」

 まるでディベートみたいに指摘をする愛佳。

 論戦であればかなり深いところまで攻め込まれてしまった形である。

 電志は人差し指と中指を額に当て、考え込んだ。俺が、論理思考じゃない……?

 確かにそうだった。これまで考えたこともなかった。七星さんであればこんなことをするはずが無い、と無条件に信じていた。それは何故か。


 まあ、ヒーローだから、だろうな……


 七星は電志にとって目指すべきヒーローなのだ。

 憧れなのだ。

 だから全てを良い風に捉えてしまう。

 愛佳の指摘はもっともなものだった。

 だが憧れを差っ引いても七星さんがそんなこと……などと思ってしまう。しかし憧れを正しく差っ引けるかも疑問だ。自分にとってのヒーローを客観視するなんて不可能に近い、と思う。そうすると俺の判断自体が頼りにならないことになってしまう。どうすりゃ良いんだ?

 急に足元がおぼつかない気持ちになってしまった。信じていたものが揺らぐ、そして定まらないというのは気持ち悪いな。不安定だ。

「その根拠が確かめられたら、考えないでもない」

 苦し紛れみたいにそう言った。地球侵攻のための機体を作っているわけじゃない。地球で運用できるようにはするが。

 でも、地球で【黒炎】を運用したら、何に使われるのだろうか?


 電志は憮然とした表情でその日も秘密の部屋に行った。

 愛佳の指摘はもやもやとなって腹の底でくすぶり続ける。

 噂は噂、信じる必要は無い。

 それで良いはずだ。

 だが無視できなくなってきている。

 今日は部屋に一番に到着した、と思いきや七星が既にいた。

 七星は机に突っ伏し、画面を表示したまま眠っている。

 徹夜でもしたのだろうか。

 画面を覗いてみると、電志が作った【黒炎】の設計書が映っていた。

 そこには幾つもの修正が加えられていた。

 電志には覚えが無い修正のため、七星が加えたものだろう。

 そして、それらを見た電志は思わず息を呑んだ。


 ミサイル、爆弾、小型無人機……

 対人兵器がずらりと装備されていた。


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