第61話
極秘任務の設計は進んでいた。
デブリ、大気圏突入、地球環境下での運用が日に日に具体化されていった。
「なあ、超高速で大気圏に突入するから高熱にさらされるならさ、逆噴射で速度を一気に殺してしまえば良いんじゃないか?」
電志が【黒炎】の設計書を眺めながら疑問を口にする。
「速度を殺しても地球の引力で引っ張られる。逆噴射も高熱の状態になると開いた口がウィークポイントになるだろう、危険だ」
カイゼルが何かの計算をする資料を作りながらそう返す。
シゼリオはそうした会話には入らず、シミュレーターマシンで訓練を開始していた。
マシンの傍らにはゲンナが付き、微調整を繰り返している。
七星は腕組しながら地球の地図を眺めていた。
電志はやはり七星の噂が気になっていた。七星さんが地球侵攻なんて考えるわけがない。噂というのもおかしい。総司令が地球侵攻を考えているという話からいつの間に変わった? 誰がそんな噂を流しているんだ?
噂などしばらくすれば静まっていくと思っていた。
一過性のものだと。
基本的には娯楽なのだ。飽きられた噂は鼻をかんだティッシュと同じ、ゴミ箱へポイされる。だがゴミ箱へ行かずに見た目を変えて復活した……しかもタイミング良く。ちょうど総司令の噂が賞味期限を迎えつつあるタイミングだった。
意図を疑いたくなる。確証は無いが。悪意か? 七星さんが何者かに恨まれている? あり得ない。いや、その断定は危険か。どんなに良い人でも、その『人の良さ』が逆に恨まれる要因になったりする。どんな生き方をしていたって、通常考えられないような意味不明な理由で恨まれてしまう可能性がゼロにはならないのだ。
机を人差し指でトントン叩きながら思考していると七星が話しかけてきた。
「どうした電志、倉朋のことでも考えてるのか?」
そういう風に見えたのか、と電志は意外に思う。七星さんの噂のことを考えてました、なんて言えないな。案外、考え事をしている時って他人に誤解されやすいのだろうか。他人の見ている世界と自分の見ている世界は違う、なんてよく聞くしな。
「いえ、そういうわけじゃないですけど」
「うまく撒けているか?」
「まあ、かなり際どいですけどね」
そう言って電志は苦笑した。
愛佳をうまく撒くのは『尾行を撒く』ようなものだ。
実際に愛佳は変装して電志の後をつけようとしたり、最近は友人まで使って電志の行き先を割り出そうとしている。
エリシアやシャバンが手を尽くしてくれているが、下手をすればこの部屋が見つかってしまう可能性もある。
仮にそうなっても手前の水質・空調管理の部屋で警備員が部外者を叩き出してくれるし、更にそこを突破されても〈プレーン〉は強固なロックをかけることができる……のだが、部屋に鎮座するシミュレーターマシンの怪しさだけは消しきれない。
ここで何かが行われていることくらいは誰でも容易に想像できてしまうだろう。
極秘性がどこまで守れるか。
そこが徐々に難しくなってきていた。
カイゼルが椅子の向きを変えて会話に入ってくる。
「そんなこと言って、七星さんもジェシカさんをうまく撒けているんですか~?」
「バカ言え、何でジェシカが」
七星は大仰に肩を竦めて見せた。
「オーゥ二人はあんなにアツアツなのに! きっと愛佳みたいにジェシカさんも気にしていると思うんですけどねえ」
「大人は公私混同しないんだよ」
「またまたぁ、早く付き合っちゃえばいいのにって、みんな言ってますよ? 見てるこっちが面白……もどかしいのですよ!」
カイゼルは本音をやや漏らしながらニヤニヤと追い詰めていく。
それに対し七星は困ったように頭を掻いた。
机に肘をつき、ぼやくように話し始める。
「あのなぁ、あいつは地球に旦那を残してきているんだぞ?」
『ええっ?!』
カイゼルも電志も仰天して大声をあげてしまった。
シミュレーターマシンの方から変な音がする。
シゼリオの集中を削いでしまい、墜落させてしまったのかもしれない。
「やむにやまれぬ事情があってジェシカは宇宙に上がってきたんだよ。〈コズミックモンスター〉の襲撃があって初期の頃、一度だけ地球から増援があった。その時の便でやってきたんだ。まあなんか……死ぬ覚悟があって来たんだろうな、鬼気迫るというか、切羽詰まったような戦い方をする奴だった」
ジェシカは〈DPCF〉に入ってから瞬く間にエースパイロットに上り詰めた。
敵の群れに率先して突撃していき、いつ撃墜されてもおかしくなかった。
『危ない奴だなあ』
それが七星の最初の感想。
せっかく新型機を設計してもすぐ壊す。
そして毎度のように怒鳴り込んでくる。
『あんたがこんなヘボな設計してるから敵の攻撃を避けられないんじゃない! 他の人も何機も撃墜されたわ、どうしてくれるのよ!』
そんなこと言われたって、こっちにも限界があるんだよ。無理なもんは無理だ。だいたいお前は機体を乱暴に扱い過ぎなんだよ。
『もっと機体を丁重に扱ってくれよ』
思わずそう言ってしまった。
今となっては設計士として反省しなければならない言葉だと思っている。
その時のジェシカの怒りは忘れられない。
『あんたはっ……人が死んで機体だけ帰ってくれば満足なの?!』
その場ではなんて無茶苦茶な言い分だ、とイラついたものだった。
だが何時間経っても言われたことが頭にこびりついて離れない。
二四時間以上経過するとだんだん考え込んでしまった。
四八時間が経つ頃には自戒の念が生まれていた。
『俺は、人より物を大切にしていたのか……?』
自分の設計した機体の性能に満足して。
どうだ凄いだろうって。
後はパイロットがうまく乗ってくれりゃいいって。
それは、【設計】か……?
【設計】ってなんだ……?
「ジェシカはそんな気付きを俺に与えてくれた人物だった。その後色々あって、なんかまぁ何となく和解したというか、そんな感じになってからだな、指輪を見せてくれたんだ。旦那がいるけど、もう指輪をはめることはできないって」
七星は懐かしむような顔をした。
電志はそんな過去があったのが、と思った。今の二人の関係と初期の頃でずいぶんなギャップがあるようだが……というか、ジェシカさんが怒鳴っている姿というのが想像できない。〈DUS〉で見かける時はいつもおっとりしている感じなのだが。
二人の間に信頼関係があるのは気付いていたが、その始まりを聞けたことは大変貴重だと思った。




