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天才設計士の恋愛事情  作者: 滝神淡
その目的は
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第57話

 目の前の女性、ジェシカはおっとりした人物に見える。

 しかし話してみると割と押しは強いし、昔話を聞くとかなり強烈な性格だったようだ。

 人は見かけによらないのかもしれない、とセシオラは思った。


 会話を進めたことで緊張が解けてきたのか、セシオラはテーブルに置かれた軽食に手を伸ばす。

 簡単なサンドイッチだ。

 緊張が解けただけでなく、気が楽になったのもあるかもしれない。

 自己犠牲なんてする必要無い、あなたが犠牲になる必要は無いと言ってくれたから。

 無性に食べたくなった、というかここ一日は食事が喉を通っていなかった。

 思い出したように腹の虫が仕事を始める。

 その様子を見てジェシカはほんわかとした微笑を浮かべた。

「良かった、少し落ち着いたみたいね」

 セシオラは自分の食べる姿が見られているのが何だか恥ずかしくて、お礼を言おうと思ったが声にならなかった。

 黙々と食べて、最後の一つだけ残した状態で顔を上げる。

 最後の一つというのはどうも、手を出しづらい。

 他人に出してもらったものだとなおさらだ。

 だから話の続きをした。

「アイデアがあるって言いましたよね?」

「ええ、そうね」

「本当に良い方法なんて、あるんですか?」

 正直、まだセシオラも半信半疑だ。ちゃんとしたアイデアがこの人の中にあるのだろうか。勢いで言っただけだったりしないだろうか。

 だが安心させるように余裕の笑みでジェシカは言った。

「わたしに任せて。直接言えないならね、第三者を使えば良いのよ」

「でも、具体的なことは言えないんです」

 これから何が起こるのか、なんて知ってはいけないのだ。

 第三者を介してもネルハが知ってしまえば危険だ。そして、第三者も。

 そうしたら、ジェシカは意外なことを口にした。

「それなら、創作の話にしてしまえば良い」

「えっ……?」

 それは、嘘をつけということだろうか。

 セシオラは眉をひそめる。ネルハに嘘をつくなんて、嫌だ……

 するとジェシカは諭すように言った。

「あのね、例え大事な友達でも、何でもかんでも本当のことを言えば良いってものじゃないのよ? 大事なのは、相手が納得して距離を置いてくれることでしょう? 時間が経って本当のことを言えるようになったら、改めてちゃんと説明すれば良い。そうしたらきっと分かってくれるから。それが友達ってものよ」

 丁寧に一つ一つを話す彼女の言葉がゆっくりとセシオラの中にしみ込んで行く。

 セシオラは考えた。ネルハに嘘はつきたくない。でも、この人の言っていることも分かる。何でもかんでも本当のことを言うのが友達か? 違うと思う、それでは何だか息苦しい。友達同士だって秘密の一つや二つ、ある。

 だんだんジェシカの提案に魅力を感じてきた。この人に任せてしまえば、うまくいくのではないだろうか。ただ、この人に借りを作るのがなぁ……

 善意の手助けなど存在しない、というのがセシオラの信条だ。

 だから協力を頼みにくい。

「…………条件は何ですか? あなたに協力してもらうための、条件は」

 我ながら嫌な聞き方だ、とセシオラは思う。でも基本的に人は信用できないのだ。

 睨み付けるほどの真剣さで目を合わせる。

 ジェシカは唇に指を当てた。

「そうねえ……それなら、あなたの好きな人を教えてもらおうかな~?」

「えっ……?」

 セシオラは凍りついた。まさか、分かっていて(、、、、、、)敢えて訊いているんだろうか? いや、絶対そうだ、分かっていて訊いている。見抜かれている……

「ま、それはおいおい聞かせてくれれば良いから。またお話しましょうね」

 冷や汗をかくセシオラとは対照的に、ジェシカはニコニコ顔だった。



 艦隊の出発から二週間が経過しようとしている。

 メルグロイはぼんやりと鏡の前に立ち、服を着始めた。

 髪型だけは撫でつけて見るに耐えるレベルまでもっていく。

 だがそれだけで済まそうとすると、すぐに恋人が飛んできた。

「もう、服はちゃんと着なきゃ駄目じゃない!」

 こんな風に世話を焼いてくれるのはエミリーだ。

 ぱぱっと襟を直してくれる。

 メルグロイは鏡を見直し、満足した。俺一人ならくたくたなサラリーマン風だが、エミリーのお陰でパリッとしたね、エリート風だ。どうせならネクタイもあれば良かったな。ネクタイを直してもらうのは夢のシチュエーションだ。というか、今度ネクタイでもしてみるかね。

「君に直してもらうこの瞬間が好きなんだ」

「口が達者なんだから、もー。ハンカチはちゃんと持ったの?」

「オゥ忘れるところだったよ! エミリーは本当に気配りが上手だね」

「いちいちおべっか言わないの! こんな調子だと誰にでも言ってそう、浮気が心配ね」

 そう言いながらエミリーはハンカチを取ってきて、渡した。

 メルグロイはエミリーを軽く抱き寄せて優しく言い聞かせた。

「君にしか言わないさ」

 これは本当だ。エミリーのような娘は他にいない。だから必然的にこの娘にしか言っていない。

 おでこにキスをして離れた。

 自堕落な生活だ、とメルグロイは思う。

 だが、これといってすることも無い。

 噂は順調に流れていっているし、後は待つだけなのだ。

 心構えをして、来るべき日を。

 しかしそんな心構えも悟られないようにしなければならず、緊張を表に出してはならない。

 そうした意味では、こんな自堕落な生活も役に立っている、のかもしれない。まあ元来、こうした生活をしている方が性に合っているのだろう。ささやかな幸せを享受して、ダラダラと生きて。地球に帰ったら、ずっとこういう風に暮らしていたい。エミリーとの生活には終わりがあるが、今度はずっと一緒にいられる人と。

 エミリーは大仰に肩を竦めた。

「だと良いけど。じゃーこっちは〈DDCF〉に行くから。あなたはカジノで遊んでいるんだっけ?」

「荷物番さ。立派な仕事だよ」

「そういうことにしておいてあげる」

「手厳しいなあ」

「【アイギス】に戻ったらまともな仕事探しなよ」

「地球に戻るさ」

「ああそっか! 地球に戻るんだよね。わたしも一緒に行って良い?」

 無邪気な顔でエミリーが言う。

 そんな彼女を見てメルグロイは気の毒だな、と思った。

「もちろんだとも」

 それを聞いて上機嫌になりながらエミリーは支度を始めた。

 彼女の様子を見てメルグロイは残りの日数を思い浮かべる。あと一ヶ月ちょっとか……?


 エミリーとの生活には終わりがある。

 だが、地球へ行った後も彼女がずっといてくれた方が気が楽なんだけどな、と思った。

 これだけ相性が良い娘は、また出会えるとは限らないから。


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