第56話
トレーニング後の者達が主に立ち寄る休憩所は独特の気だるい雰囲気がある。
イヤホンを耳にはめたままテーブルに突っ伏している者がいたり、椅子の背に深くもたれて天井に視線を投げている者がいたり、回復に努めている者が多い。
だから誰かが相談をしていてもそれに聞き耳を立てられるようなことは無い。
それでいてピアノの癒し系の音楽も流れているので、声が響くほどの静けさでもなかった。
セシオラはネルハとのことを相談した。
七星にした相談と変わらない。
とても良い友達がいるのに、嫌われなければならない。
七星に相談した時は、割とすんなりといったと記憶している。彼は一緒になって辛さを共有してくれるような聞き手だった。
だがジェシカは全然タイプが違った。
「何であなたが嫌われないといけないの?」
「それは……友達が、危険な目に遭うかもしれないから」
「でも、嫌われるのなんて辛いじゃない」
何を当たり前な、とセシオラは思った。『辛い』なんていう単語だけでは表せないほど、とんでもないことなのだ。
「辛いです」
「わたしはあなたが嫌われる必要なんて無いと思う」
何を勝手なことを言っているのだろう。こちらの話をちゃんと聞いているのだろうか?
セシオラは相談したことを後悔し始めた。七星さんはちゃんと聞いてくれたのに、この人は聞いてくれない。
「わたしだって嫌われたくなんてないです。でも」
「アイデアならあるわ」
ふわふわした微笑でジェシカは言った。
「えっ……?」
セシオラは思わず聞き返す。
何を勝手なことを、と思っていたが、確たる何かがあってのことだったのか。
話をちゃんと聞いていなかったわけではなかったのか。
「それよりも、まずあなたが大事。『あなたがどうしたいか』が。自己犠牲は駄目よ」
ジェシカは急に真剣な表情になり、指を立てて言った。
自己犠牲……セシオラはその単語を聞いただけで不快になった。自己犠牲なんて嫌いだ。そんな綺麗な言葉は大嫌いだ。そんなことができるのは余裕がある人だけだ。わたしみたいな人間は自分が幸せになるのだっておぼつかないのに。
得体のしれない何かに向かって吐き捨てる。あえて言えば綺麗事を言う人や社会とか、そんなところへ向かって。
「自己犠牲なんて嫌いです」
「わたしも自己犠牲なんて嫌い。だからあなたが犠牲になる必要なんて無いのよ」
そうだ、その通りだ、とセシオラは思う。
そして、冷静になって気付いた。
その自己犠牲をやってしまったのは誰だ?
わたしじゃないか!
セシオラは思わずテーブルに突っ伏してしまった。わたしはバカだ、大バカだ。もうネルハには酷いことをさんざん言ってしまった。自分が犠牲になれば良いなんて思って、悲劇のヒロイン気取りで! わたしはぜんぜん余裕のある人間ではないのに。綺麗事なんて、と普段はふてくされているのに。そんなわたしが何故やってしまったんだ。
顔から火が出るほどの恥ずかしさと、取り返しがつかないんじゃないかという恐れとがかき混ぜられて頭の中がぐちゃぐちゃになった。
「わたし、既に嫌われるようなことしちゃいました……」
もしかして自分が不運なのはバカだからなのだろうか、と自嘲してしまう。お利口だったら良かったのに。色々と恨めしい。
そんなセシオラの手をジェシカはきゅっと包み込んだ。
「そうだったのね……分かった、わたしが何とかしてあげる。わたしはホントにね、自己犠牲なんてする必要無いと思うの。だって誰も得しないもの」
そうしてジェシカは眉尻を落とし、語り始めた。
十年前の、しかもまだ【光翼】ができる前のこと。
その頃はまだミサイルに頼った〈コズミックモンスター〉の撃退方法を模索していた。
ロックオンできない敵にどうやってミサイルを命中させるのか?
敵を熱源として追尾しようとして失敗。
敵の画像を機械に記憶させてそれを追尾しようとして失敗。
敵にコンマ1秒毎に光を当ててその反射から位置を割り出し追尾、なども考えられたが全て失敗に終わった。
ジェシカは成果の上がらない〈DDCF〉に腹を立て、出撃して帰還すると決まって七星の所へ怒鳴りこみに行っていた。
『あなた達は自分で戦いもしないでいったい何をしているの? 今日も〈DPCF〉では118人が死んだわ! どうせ成果も上がらないのならあなた達のところから補充人員を出してよ!』
ミサイルの研究をしているのは〈DRS〉だったのだが、当時はそんなことよく分かっていなかった。
〈DDCF〉が全ての元凶だと思っていた。
だが七星は自分達の力不足だ、と謝罪を繰り返していた。
そんなある日、事故が起こった。
ミサイルの試行錯誤のせいで味方機を追尾して撃墜などという惨事が発生してしまったのだ。
『ミサイルが敵を画像として認識する時、厳しく審査して判定していた。その審査をもっと粗く設定すれば敵を認識し続けられるのではないかと思った。そうしたらミサイルが敵と味方の区別もできなくなってしまった』
事故の報告会が会議室で行われ、そんな説明を知らない者達がし始めた。
ジェシカは机を叩いて立ち上がり、同席していた七星に詰め寄って胸倉を掴み上げた。
『あなたのせいでしょ! 何であなたが説明しないの、この卑怯者!』
そうしたら、それまで説明していた者達から教えられたのだ。
『あ、いえ、それは〈DRS〉の持ち分なんで〈DDCF〉は関係ないですよ……?』
ジェシカは固まった。
〈DDCF〉のせいではない……?
今までさんざん罵倒してきた相手なのに。
七星の胸倉を掴んでいるこの手はいったいどうすれば良いのか。
途端にジェシカは真っ赤になり、やり場のない恥ずかしさから七星を蹴った。
『それならそうと早く言ってよ、バカ!』
わざわざ〈DRS〉の失態をこれまでずっとこの男は肩代わりしてきたのか。代わりに頭を下げてきたのか。そんな自己犠牲は迷惑だ、現にわたしが恥ずかしい思いをしている。
だが会議が終わってから、七星を待ち伏せて棒菓子を渡した。
恥ずかしかったのでツンと横を向きながら、押し付けるように渡したのだ。
『今までさんざん罵倒してしまったから、その迷惑料よ』
「それからね、わたし達コンビが噛み合うようになっていったのは」
ジェシカは懐かしむようにそう結んだ。
そんなことがあったのか、とセシオラは納得する。やはり自己犠牲は駄目だ。勘違いしたままではうまくいかない。
だがジェシカの話は最後の方がのろけになっていなかったか?
のろけを所望した覚えはないのだが、と微妙にイラッとした。




